白銀の風 アーク

第十三章

                     
第七話 与えられし役目



剣士の修練所、挑みかかってくる大男に向けて、ルィランは流れるような動きで細身の剣を斜めに振った。

ルィランの剣の切っ先を、大男は必死に避け、足をもつれさせた。そして、どおっという音とともに、床に転がった。

ルィランは剣の先を、大男の首元に突きつける。

「……まっ、負けました」

大男は息を切らせて喘ぎながら、悔しそうに負けを宣言した。

剣を収めたルィランは、大男から一歩退く。

この大男は、魔剣士になって三年の者だ。
鍛錬の相手を望まれて相手をしたが、力で攻めるタイプで迫力はあるが、剣の腕はなかなか上がらないようだ。

どうも、自分の腕に過信があるようだな。

力で勝っているのだから、ルィランに勝てないはずはないと、安易に考えているようだ。

「腕力は認めるが、君はもっと剣技を磨いた方がいい」

そう指導したら、不満な顔で渋々頷く。

どうやらまだ納得できないようだ。

負けたのは、自分が運悪く足をもつらせたせいだとでも思っているのかもしれない。

聞く耳を持たぬものを指導しても意味はないな。

ルィランは大男の魔剣士にさっと背を向けた。

「あ、ありがとうございました。ルィラン副隊長殿」

背中に礼の言葉をかけられ、ルィランは一度彼を振り返り、手を上げてその場を去った。

性格は決して悪くないようだ。
自分の力を過信しているところだけが問題だな。

それを認めて修正できるかどうかが、これからの彼の成長の鍵だな。

真面目に思案しつつ修練場を後にし、更衣室に続く通路を歩いていたら、ズボンのポケットのあたりが熱を持ってきた。

これは、通信の玉か?

ポケットに手を入れて通信の玉を取り出す。

「ルィラン殿」

うん? 玉から聞こえたこの声は?

「大賢者ポンテルス様ですか?」

まさか大賢者ポンテルスから直々に連絡が入るとは思っていなかったので、正直仰天してしまった。

ルィランは、聖なるひとであるアークと懇意にしているため、高位の人物らと目通りする機会は、他の者よりはるかに多いのは事実なのだが……

「聖なる塔まで、足を運んでもらえぬかの」

「はっ。わかりました。すぐに参ります」

緊張してしまい、即座に答えたルィランは、そのまま駆け出そうとしてハタと足を止めた。

しまった!
鍛錬を終えたばかりで、修練用のユニフォームを着ていたんだった。

大賢者のもとにはせ参じるのに、礼儀としてこのまま行くわけにはいかないのだが……

すぐ行くと言ってしまったしな……

聖騎士用の服に着替えていたら、最短でも二十分は遅くなってしまう。

迷いは一瞬、ルィランはそのまま聖なる塔に向かう選択をして駆け出した。

聖なる塔に到着し、入り口の両側で見張りをしている賢者たちに頭を下げる。

服装が服装なので、少々気後れする。

このまま通してもらえるだろうか?

門前払いされたら、もう一度着替えてくるしかないだろう。

「あの、通っても?」

「聖騎士、ルィラン殿ですね? どうぞ、お入り下さい」

服装に文句を言いたそうな顔付きながら、中に入らせてくれるようだ。

ポンテルス様から、前もって知らせが届いていたのかもしれないな。

塔の中に一歩入ったら、どこからともなくひとりの賢者が現れて、ルィランの前に立った。

「聖騎士、ルィラン殿。お待ちしておりました。どうぞこちらです」

丁重に迎えられ、そのまま塔の中に導かれる。

これまで、ルィランが賢者の塔に入ったことは数回しかない。そして、いつでもアークやジェライドが一緒だった。

連れられて行った先は、まったく初めての場所だった。

真っ白すぎて落ち着かない気持ちにさせる通路を歩んでいくと、賢者が立ち止まり、ドアを開けた。

「大賢者ポンテルス様、聖騎士ルィラン殿をお連れ致しました」

「おお、早かったの。どうぞ、入ってくれ」

歓待するようなポンテルスの声に多少緊張しつつ、ルィランは部屋の中に踏み込んだ。

部屋の中には、ポンテルスとルィランの知らぬ者がひとりいた。

ここは? ポンテルス様の部屋なのだろうか? それとも、もう一人の方の?

この方も大賢者のようだが……

ああ、そういえば……バッシラ族の領土で儀式を執り行った時、この方の姿を見たような気もする。

スパート隊の副隊長とはいえど、たかが聖騎士の身分では、大賢者と親しく顔を合わせるような機会などない。遠目に拝見するくらいのもの。

「失礼します。あの、このような身なりでお伺いし、申し訳ありません」

「ああ、構わぬ。おぬしが鍛錬のあとなのはわかっておるよ」

ポンテルスはやさしい語りでそう言ってくれる。

ルィランはほっとし、改めてお辞儀をした。

だが、もうひとりの背の低い大賢者は苦々しい表情で、その目付きも睨まれているような気がする。

「ルィラン殿、紹介しよう。こちらは、大賢者キラタ殿じゃ」

ポンテルスが紹介してくれると、キラタは無愛想な顔で頷き、手近なソファに座り込んだ。

ルィランも座るように促され、大賢者ふたりを前にして腰かけた。

きっ、緊張するな。

大賢者様がふたりもお揃いになって、この私になんの用なのだろうな?

「ルィラン、おぬし、国のために死ぬ覚悟はあるか?」

キラタが強い口調で問いかけてきた。

ルィランは、すっと背筋を伸ばした。

「もちろんです。私は、カーリアン国の聖騎士です」

迷いなくきっぱりと答えたら、キラタはポンテルスに向く。

「どうやら、このこわっぱ、使えそうだな」

「この者なら、間違いはない」

ポンテルスが口にし、ルィランは喜びで胸が膨らんだ。

認めてもらえているというのは、嬉しいものだ。

しかも、相手は大賢者なのだ。

だが……いったい何をするために呼び出されたのだろうな?

それが気になってならないが、こちらから催促もできない。

死ぬ覚悟はあるかと問われたことからして、かなり危険な任務なのだろう。

実は、このような日が来るような気がしていたから、さほど驚かなかった。

ジェライドに、聖なる地に連れて行かれ、聖なるシャラの木の根元でこの身に受けた秘技のようなもの。

……そういえば、アークはどうしているんだろうな?

ジェライドとは数日前に会ったが。

あの時のジェライドは幼き子の姿で、ひどく驚かされたが、ずいぶん面白かった。

それに幼いジェライドは、とても可愛かったしな。

マリアナ様が、まったく気づいていなかったのも愉快だった。

「戦乱の世に起こったことは、おぬしも多少なりと知っておろう?」

キラタから唐突にそんな問いを貰い、一瞬戸惑ったルィランだったが、すぐに「はい」と答えた。

するとキラタは目を細め、ルィランの内面を見透かそうとするかのような視線を向けてきた。

どうにも居心地が悪い。

そわそわしそうになるのを堪え、キラタを見返していたら、視線を外さぬまま「敵については知っているか?」と聞かれた。

「世間に広まっている話は耳にしておりますが」

戦乱の世であったのは、ルィランが生まれる前のこと。

敵については色々な話が広まっているものの、どれが真実かはわからない。あるいは、どれも真実ではないのかもしれない。

騎士団に入隊してからも、戦乱の世に起こったことについて、ルィランが耳にすることはなかった。

「奴は、ゼノンが確実に仕留めた。だが、復活が予知された」

苦々しいキラタの言葉に、ルィランはぎょっとした。思わずキラタをマジマジと見てしまう。

「ほ……」

本当ですか? と聞き返しそうになったが、ルィランはすぐに口を閉じた。

大賢者相手に、そんな風に聞き返すのは愚かだ。

大賢者が、復活が予知されたと言うのであれば、それは真実。しかし……

キラタの言葉を受け入れた瞬間、ルィランの全身に震えが走った。

つまりそれは、再び戦乱の世が訪れることを意味するのだ。

バッシラ族などの野蛮民族を相手にするのではない、ルィランが生まれる前に起こった、多くの犠牲を出した最悪の戦が、再び起ころうとしているだ。

「そう青くなるな」

呆れたようにキラタから指摘され、ルィランは気まずくなり、「申し訳ありません」と頭を下げた。

聖騎士という立場でありながら、恐れを露わにしてしまうとは……

「恐れて当然じゃ。奴は邪なうえにしぶといからの」

ポンテルスが笑みを浮かべて、ルィランの肩を持ってくれる。

「それで……いつ復活するのですか?」

ルィランはポンテルスに問いかけた。
当たりのきついキラタよりも話しかけやすかったのだ。

するとポンテルスは、「それがわかれば苦労はないのぉ」と鷹揚に笑う。

「だが、奴が狙うものはわかっておる」

「狙うもの……それは?」

ルィランは思わずキラタに問いかけた。

「考えることもない。アークか、アークの選んだおなごだろう」

ルィランはキラタの発言にドキリとした。やにわに動悸が速まる。

ふたりが狙われるなんて、最悪じゃないか。

「ならば、おふたりを守らねば。アーク様は、いま聖なる館においでなのですよね?」

「おふたりにはジェライドがついている。それより、おぬしだ」

キラタの鋭い目が、改めてルィランに向けられる。

「私?」

「おぬしにやってもらいたいことがあって、ここに呼び出したに決まっておろう」

そうか、そうだよな。確かにその通りだ。

「私は何をすればいいんですか?」

「おぬしには、おとりになってもらう」

「おとりに?」

「近いうちに、奴は動く。そのタイミングで奴を捕らえる」

重々しく口にされたキラタの言葉に、ルィランは背筋を伸ばし気を引き締めた。

この身に代えても、その役割を全うするとしよう。





つづく



   
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