クリスマス特別編
2018
7 いまが一番しあわせ



あー、ついにパーティーだ。

よく耳にするクリスマスソングが、どこからか流れてくる。

澪の隣を歩く苺は、その曲に乗ってリズムよく足を進めてて、その表情も期待に胸を膨らませている感じ。

なのに、こっちはだんだん緊張が膨らんできて、どんどん萎縮しちゃって……

頼みの道隆はというと、数メートル後ろを、藤原さんと会話しながらついてきてる。

いまさらフカミッチーの後ろに隠れたりしたら、みんなに笑われるよね。

そうしたいけど……

仕方なく、澪は苺に小声で話しかけた。

「あの、苺は緊張しないの?」

そう問うと、苺はきょとんとする。

「緊張? なんで?」

わかってくれない苺に胸がもやもやする。

「だ、だからね。ほら、こんな大きなお屋敷で開かれるクリスマスパーティーなんだよ。招待されてるひとたち、みんなお金持ちのひとばっかりなんじゃないの?」

「お金持ちばっかりじゃないよ。だって苺の家族がいるんだもん」

い、いや、それは知ってるけど、そうじゃなくて。

「上流階級の人たちって、礼儀にうるさかったりしそうだし……わたし、こういう場のマナーとか、まったくわかってないからさ……」

「そんな心配しなくても大丈夫だよ。だいたい、わたしは澪以上にマナーなんて知らないよぉ」

苺ときたら、そこでなぜか胸を張る。

「何か失敗しても恥ずかしくないの?」

「失敗したっていいじゃん。ひとは失敗から学ぶものなんだよ。学びなんだから、恥じることはないのだよ」

苺らしくない。あまりにまともなことを言われて、戸惑う。

「苺、それ誰の教えなの?」

「え?」

苺はそこでハタと考え込む。

「誰だったかな? 忘れちゃった」

そこで両開きのドアの前に到着した。

ドアの両側に控えていたお屋敷のスタッフの人たちが、丁寧にお辞儀し、ドアをゆっくりと開けてくれる。

一歩中に踏み込んだら、部屋の中にいたひとたちから盛大な歓迎を受けた。

澪と道隆はこの場の主役のように、囲われる。

羽歌乃おばあちゃんに、初対面の男女、そして鈴木家のみんなだ。

初対面の女性は、幼い子どもを抱っこしている。

あれっ? 真美さん、まこちゃんを抱いてないけど……鈴木家全員ここにいるんだし、連れてきてないはずは……

そこまで考えて、初対面の女性が抱っこしている子が、まこちゃんに似てることに気づいた。

まさか、この子がまこちゃんなの?

この間会ったのは……二ヶ月くらい前か?

こんなに大きくなるものなの?

数秒の思案で、あれこれ考えていたら、初対面の男の人が澪と道隆の前に立った。そして、その人は道隆の手をぎゅっと掴み、大きく振って握手する。

「フカミッチー君、初めまして」

フ、フカミッチー君?

どひょーっと、ひっくり返りそうなる。

なんでこのひとが、道隆のことをフカミッチーって呼ぶの?

目を丸くして道隆を見ると、彼は苦笑いしながら「どうも、初めまして」と、普通に挨拶に答えた。

この男の人に、フカミッチーの名を教えたのは、やはり苺なのだろうか?

ああ、どんどん傷口が大きくなっていくようで怖いよぉ。

ところで、この人はいったい誰なのだ?

澪の内心の疑問に答えるように、その人は「私は爽の父親の有栖川瞬です」と名乗った。

ええっ! この人、藤原さんの父親なの?

若いんですけど!

えっと……それじゃ、まこちゃんを抱っこしているこちらの女の人は……もしや?

「そして私は、爽の母親の一花ですわ。おふたりともよろしくね」

うわーっ、若い、若すぎるご両親だ。

「まったくもおっ、あなたがたふたりときたら、この私を差し置いて……ちょっとそこをおどきなさい。あっ、それと、一花、あなたいい加減まこちゃんをよこしなさい」

「まあ。お母様は、さっきからずっと抱いていたじゃありませんか」

羽歌乃おばあちゃんと藤原さんのお母さんが、まこちゃんの取り合いをはじめると、すすっと苺が間に入った。

「まあまあ、親子喧嘩しないで。まこちゃんが泣いちゃいますよ」

そんなことを言いながら、苺はまこちゃんをあっさりさらう。

そして次の瞬間、まこちゃんは澪の腕の中にいた。

「わっ、苺」

「まこちゃん、ほら、澪おばちゃんですよぉ。ひさしぶりだもんねぇ。僕、もうすぐ一歳ですよぉ。こんなに大きくなりましたよぉ」

苺ってば。

だが、もうすぐ一歳になろうというまこちゃんは、とんでもなく可愛い。

人見知りもせず、澪の顔を見つめ、そしてにこっと笑ってくれる。

「うわわっ、まこちゃん、笑った。かわいすぎるんですけどぉ」

思わず、まこちゃんの母親である真美さんを見てしまう。

「澪さん、ありがとう」

苺の兄の健太さんは、妻の真美さんに寄り添うように立っていて、苺の両親も微笑んでいる。

この場にいる参加者はこれで全員のようだった。あとは黒服を着たスタッフのひとばかり……

ええっ? パーティーの参加者は、ほんとにこれだけなの?

苺の言葉が脳裏によみがえる。

『うちの家族と、爽の家族と……あとは別に聞いてないから、きっとそんくらいだよ』

マジで、あの言葉通りだったらしい。

緊張を強いられるような人はいないとわかり、緊張はほぐれてくれ、澪はすぐにその場に馴染んだのだった。


美味しいお料理をいただきながらパーティーを楽しんでいると、それまで室内に静かに流れていた曲が変わった。

すると羽歌乃おばあちゃんが、軽く手を叩いてみんなの注目を集めた。

何か始めるみたいだけど……いったいなんだろう?

「では皆様、ここで爽さんと苺さんにダンスを披露していただきましょう」

えっ、ダンス?

「さあ、あなた方、早くなさい」

羽歌乃おばあちゃんはふたりをせかす。

びっくりしたが、当の苺もびっくりしているようだ。

「お、おばあちゃん、急に踊れなんて」

苺は不平交じり言い、困ったように周りを見回す。けれど、藤原さんの方は違った。

彼は苺の手を取ると、空いている部屋の中央へと導こうとする。

「そ、爽? マジで踊るつもりなの?」

「嫌ですか?」

藤原さんは余裕の笑みで、苺に問いかける。

藤原さんが社交ダンスを踊るのは想像できるけど……相手は、こういってはなんだけど、苺なわけで……

ポップなダンスならいざ知らず、社交ダンスと苺は結びつかないんですけど。

戸惑っている澪を他所に、藤原は苺の身体に手を添え、それはスマートにポージングを決めた。

苺、だ、大丈夫なの?

ハラハラしていたら、ふたりは曲に乗って軽快にステップを踏む。

それは見事なダンスだった。

澪は、あんぐり口を開けたのだった。





その夜、澪はパーティーの余韻に浸りつつベッドに入った。

先にベッドに入っていた道隆に、くっつくようにして横になる。

もう楽しさいっぱいのパーティーだったなぁ。

それにしても、まさか苺があんなにダンスが上手だなんて、もう驚いたのなんのって……

わたしときたら、馬鹿みたいにぽかんと口を開けちゃって……

フカミッチーに、あんな間抜けな顔を見せちゃったわけで……思い出すと、めちゃくちゃ恥ずかしい。

あのあと、ダンスを教えてあげるから、踊りませんかって勧められたんだけど……道隆が強固に辞退して、その夢は叶わなかった。

わたしとしては、苺と藤原さんみたいに、社交ダンス踊ってみたかったんだけど。

やっぱり、フカミッチーには無理だよね。

そこだけが残念なところだったな。

「澪」

道隆が呼びかけながら腕枕してくれ、澪の髪をそっと撫でてくれる。

ふふっ。いまが一番しあわせだぁ。

「その……ダンス、踊ってみたかったか?」

えっ?

「でも、フカミッチー嫌だったんでしょう?」

「まあ、それは……な」

言葉を濁すように答えた道隆は、なぜかため息をつく。

「人前で踊るとか……さすがに」

そうか。道隆は、わたしに申し訳ながってるんだ。

「わたし、フカミッチーと踊れたら嬉しかったけど……でも、フカミッチーに無理してほしくない。だから、いいの」

「……うん」

道隆は他に言う言葉がないようで、返事をしたきり黙り込んでしまう。

「あっ、そうだ。なら、ふたりだけで踊るのなら、どう?」

「うん? あ、ああ……そうだな、それなら」

約束してもらえ、心にあった残念も霧散、もう嬉しいなんてものじゃない。泣きそうだ。

瞳を潤ませた澪は、少し身を起こし、枕に頭を付けている道隆を見つめた。

「澪」

優しく名を呼ばれ、胸がいっぱいになる。

道隆が愛しくてしょうがない。

「道隆、ありがと。愛してる」

声を震わせて囁いた澪は、彼の唇にそっと口づけた。





おしまい






あとがき
2018年クリスマス特別編、これにておしまいです。

羽歌乃さんのクリスマスパーティーまででした。
大学のクリスマスパーティーに出かけるふたりも、いずれ。
ともかく、完結できてよかったですぅ(*^-^*)

道隆から見て、澪はダンスが踊れず、かなり残念そうだったんでしょうね。
さりとて、人前で踊るなんて道隆にはどうしてもできず。笑
でも、ふたりきりでダンスが踊れることになったし、澪も満足かな。

お読みくださりありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけていたら嬉しいです♪

帆風環(2018/12/28)


  
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