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7 いまが一番しあわせ
あー、ついにパーティーだ。
よく耳にするクリスマスソングが、どこからか流れてくる。
澪の隣を歩く苺は、その曲に乗ってリズムよく足を進めてて、その表情も期待に胸を膨らませている感じ。
なのに、こっちはだんだん緊張が膨らんできて、どんどん萎縮しちゃって……
頼みの道隆はというと、数メートル後ろを、藤原さんと会話しながらついてきてる。
いまさらフカミッチーの後ろに隠れたりしたら、みんなに笑われるよね。
そうしたいけど……
仕方なく、澪は苺に小声で話しかけた。
「あの、苺は緊張しないの?」
そう問うと、苺はきょとんとする。
「緊張? なんで?」
わかってくれない苺に胸がもやもやする。
「だ、だからね。ほら、こんな大きなお屋敷で開かれるクリスマスパーティーなんだよ。招待されてるひとたち、みんなお金持ちのひとばっかりなんじゃないの?」
「お金持ちばっかりじゃないよ。だって苺の家族がいるんだもん」
い、いや、それは知ってるけど、そうじゃなくて。
「上流階級の人たちって、礼儀にうるさかったりしそうだし……わたし、こういう場のマナーとか、まったくわかってないからさ……」
「そんな心配しなくても大丈夫だよ。だいたい、わたしは澪以上にマナーなんて知らないよぉ」
苺ときたら、そこでなぜか胸を張る。
「何か失敗しても恥ずかしくないの?」
「失敗したっていいじゃん。ひとは失敗から学ぶものなんだよ。学びなんだから、恥じることはないのだよ」
苺らしくない。あまりにまともなことを言われて、戸惑う。
「苺、それ誰の教えなの?」
「え?」
苺はそこでハタと考え込む。
「誰だったかな? 忘れちゃった」
そこで両開きのドアの前に到着した。
ドアの両側に控えていたお屋敷のスタッフの人たちが、丁寧にお辞儀し、ドアをゆっくりと開けてくれる。
一歩中に踏み込んだら、部屋の中にいたひとたちから盛大な歓迎を受けた。
澪と道隆はこの場の主役のように、囲われる。
羽歌乃おばあちゃんに、初対面の男女、そして鈴木家のみんなだ。
初対面の女性は、幼い子どもを抱っこしている。
あれっ? 真美さん、まこちゃんを抱いてないけど……鈴木家全員ここにいるんだし、連れてきてないはずは……
そこまで考えて、初対面の女性が抱っこしている子が、まこちゃんに似てることに気づいた。
まさか、この子がまこちゃんなの?
この間会ったのは……二ヶ月くらい前か?
こんなに大きくなるものなの?
数秒の思案で、あれこれ考えていたら、初対面の男の人が澪と道隆の前に立った。そして、その人は道隆の手をぎゅっと掴み、大きく振って握手する。
「フカミッチー君、初めまして」
フ、フカミッチー君?
どひょーっと、ひっくり返りそうなる。
なんでこのひとが、道隆のことをフカミッチーって呼ぶの?
目を丸くして道隆を見ると、彼は苦笑いしながら「どうも、初めまして」と、普通に挨拶に答えた。
この男の人に、フカミッチーの名を教えたのは、やはり苺なのだろうか?
ああ、どんどん傷口が大きくなっていくようで怖いよぉ。
ところで、この人はいったい誰なのだ?
澪の内心の疑問に答えるように、その人は「私は爽の父親の有栖川瞬です」と名乗った。
ええっ! この人、藤原さんの父親なの?
若いんですけど!
えっと……それじゃ、まこちゃんを抱っこしているこちらの女の人は……もしや?
「そして私は、爽の母親の一花ですわ。おふたりともよろしくね」
うわーっ、若い、若すぎるご両親だ。
「まったくもおっ、あなたがたふたりときたら、この私を差し置いて……ちょっとそこをおどきなさい。あっ、それと、一花、あなたいい加減まこちゃんをよこしなさい」
「まあ。お母様は、さっきからずっと抱いていたじゃありませんか」
羽歌乃おばあちゃんと藤原さんのお母さんが、まこちゃんの取り合いをはじめると、すすっと苺が間に入った。
「まあまあ、親子喧嘩しないで。まこちゃんが泣いちゃいますよ」
そんなことを言いながら、苺はまこちゃんをあっさりさらう。
そして次の瞬間、まこちゃんは澪の腕の中にいた。
「わっ、苺」
「まこちゃん、ほら、澪おばちゃんですよぉ。ひさしぶりだもんねぇ。僕、もうすぐ一歳ですよぉ。こんなに大きくなりましたよぉ」
苺ってば。
だが、もうすぐ一歳になろうというまこちゃんは、とんでもなく可愛い。
人見知りもせず、澪の顔を見つめ、そしてにこっと笑ってくれる。
「うわわっ、まこちゃん、笑った。かわいすぎるんですけどぉ」
思わず、まこちゃんの母親である真美さんを見てしまう。
「澪さん、ありがとう」
苺の兄の健太さんは、妻の真美さんに寄り添うように立っていて、苺の両親も微笑んでいる。
この場にいる参加者はこれで全員のようだった。あとは黒服を着たスタッフのひとばかり……
ええっ? パーティーの参加者は、ほんとにこれだけなの?
苺の言葉が脳裏によみがえる。
『うちの家族と、爽の家族と……あとは別に聞いてないから、きっとそんくらいだよ』
マジで、あの言葉通りだったらしい。
緊張を強いられるような人はいないとわかり、緊張はほぐれてくれ、澪はすぐにその場に馴染んだのだった。
美味しいお料理をいただきながらパーティーを楽しんでいると、それまで室内に静かに流れていた曲が変わった。
すると羽歌乃おばあちゃんが、軽く手を叩いてみんなの注目を集めた。
何か始めるみたいだけど……いったいなんだろう?
「では皆様、ここで爽さんと苺さんにダンスを披露していただきましょう」
えっ、ダンス?
「さあ、あなた方、早くなさい」
羽歌乃おばあちゃんはふたりをせかす。
びっくりしたが、当の苺もびっくりしているようだ。
「お、おばあちゃん、急に踊れなんて」
苺は不平交じり言い、困ったように周りを見回す。けれど、藤原さんの方は違った。
彼は苺の手を取ると、空いている部屋の中央へと導こうとする。
「そ、爽? マジで踊るつもりなの?」
「嫌ですか?」
藤原さんは余裕の笑みで、苺に問いかける。
藤原さんが社交ダンスを踊るのは想像できるけど……相手は、こういってはなんだけど、苺なわけで……
ポップなダンスならいざ知らず、社交ダンスと苺は結びつかないんですけど。
戸惑っている澪を他所に、藤原は苺の身体に手を添え、それはスマートにポージングを決めた。
苺、だ、大丈夫なの?
ハラハラしていたら、ふたりは曲に乗って軽快にステップを踏む。
それは見事なダンスだった。
澪は、あんぐり口を開けたのだった。
その夜、澪はパーティーの余韻に浸りつつベッドに入った。
先にベッドに入っていた道隆に、くっつくようにして横になる。
もう楽しさいっぱいのパーティーだったなぁ。
それにしても、まさか苺があんなにダンスが上手だなんて、もう驚いたのなんのって……
わたしときたら、馬鹿みたいにぽかんと口を開けちゃって……
フカミッチーに、あんな間抜けな顔を見せちゃったわけで……思い出すと、めちゃくちゃ恥ずかしい。
あのあと、ダンスを教えてあげるから、踊りませんかって勧められたんだけど……道隆が強固に辞退して、その夢は叶わなかった。
わたしとしては、苺と藤原さんみたいに、社交ダンス踊ってみたかったんだけど。
やっぱり、フカミッチーには無理だよね。
そこだけが残念なところだったな。
「澪」
道隆が呼びかけながら腕枕してくれ、澪の髪をそっと撫でてくれる。
ふふっ。いまが一番しあわせだぁ。
「その……ダンス、踊ってみたかったか?」
えっ?
「でも、フカミッチー嫌だったんでしょう?」
「まあ、それは……な」
言葉を濁すように答えた道隆は、なぜかため息をつく。
「人前で踊るとか……さすがに」
そうか。道隆は、わたしに申し訳ながってるんだ。
「わたし、フカミッチーと踊れたら嬉しかったけど……でも、フカミッチーに無理してほしくない。だから、いいの」
「……うん」
道隆は他に言う言葉がないようで、返事をしたきり黙り込んでしまう。
「あっ、そうだ。なら、ふたりだけで踊るのなら、どう?」
「うん? あ、ああ……そうだな、それなら」
約束してもらえ、心にあった残念も霧散、もう嬉しいなんてものじゃない。泣きそうだ。
瞳を潤ませた澪は、少し身を起こし、枕に頭を付けている道隆を見つめた。
「澪」
優しく名を呼ばれ、胸がいっぱいになる。
道隆が愛しくてしょうがない。
「道隆、ありがと。愛してる」
声を震わせて囁いた澪は、彼の唇にそっと口づけた。
おしまい
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