クリスマス特別編
2018
6 気後れを捨てて


まさか、こんな風に衝撃を食らわされるとは……

澪の友人である鈴木は、淡い桃色のドレッシーなドレスに手触りのよさそうな白いショールを肩にかけている。
髪もきれいにセットされ、完璧な化粧。

今日はパーティーのため、着飾っているにしても、写真で見ていた印象とはまるで違った。

澪から聞いていた鈴木とは、あまりにかけ離れているなと思っていたら……

まさか、俺のことをフカミッチーと呼んでくるとは……

ショックの波がようやく引きかけたその時、澪が鈴木に飛びついた。

「あわわわわ、い、い、苺、そ、それはそれは、ダメダメダメ!」

澪は慌てふためき、鈴木の耳元に小声で注意するが、しっかり聞こえているわけで……

そこで道隆は、自分を見つめている藤原爽に気づいた。

緯線を向けると、目が合う。

すると藤原爽は、口元に少し笑みを浮かべ、小さく頷く。

自分の婚約者の言葉が、道隆に衝撃を与えたことを理解しているようだ。

『やれやれ、すみません』という声が聞こえてくるような表情……

すまなそうでありながらも、面白がっているようだ。

不思議な印象の人物だよな。
写真で見た通り、庶民の色はまるでなく、普通なら壁を感じるはずなのに……

「うん? 澪、何がダメなの?」

戸惑ったように鈴木は聞き返す。

「だ、だからね」

道隆と藤原爽のことを気にして、澪は説明に苦慮している。

これはもう仕方がない。

「澪、いいよ」

道隆は澪の肩に触れて言った。

「で、でも……」

おずおずと見上げてくる澪。

その瞳には、申し訳なさと気まずさがある。

道隆は澪に頷いて見せ、鈴木と藤原に向き合った。

「今日はお招きいただきまして、ありがとうございます」

「よく来てくださいました」

品よく返事をした藤原爽は、一歩道隆のほうへと踏み出し、「悪気はないので」と囁いてきた。

どうにも笑いが込み上げてきて苦笑したら、藤原爽も同じように苦笑する。

「ふたり、気が合ったみたいだね」

鈴木が澪に向けて嬉しそうに言っているのが聞こえて、道隆は鈴木と澪に視線を向けた。

澪は、確認するように道隆と目を合わせ、それからに向き「うん」と頷く。

このふたりの仲の良い理由がわかるような気がした。

容姿とかでなく、似ている。

さっき鈴木が口にしたように、このふたりも気が合うのだろう。

しかし、この俺と、藤原が気が合う……のか?

悪い人物ではないと思うが……庶民と資産家はどうしたって育ちが違うし、気心の知れた関係にはなれそうもない。

そう思ったところで、鈴木が「ほら、みんな待ってるから行こう」と促してきた。

鈴木は、今の見た目がどうあれ、やはり庶民で、ふたりは庶民と資産家のカップル。

彼女は藤原と結婚することに、ためらいなどはないんだろうか?

そして藤原の方も……

「そうだな。ではおふたりとも」

道隆と澪を促した藤原は、鈴木の背に軽く手を当て、ゆっくりと歩き出す。

なんともスマートな仕草で、そんな風なエスコートなどできそうもない道隆はどうにも面映ゆかった。

「道隆?」

澪が見上げてきた。

一瞬、藤原の真似をしようとして、やめる。

くそ。何やってるんだ俺は?

らしくないことを真似しようとするとは。

道隆は自分に呆れ、澪の肩を軽く叩くと、歩き出した。

屋敷の玄関ホールに入ると、気難しい顔をした紳士に出迎えられた。この紳士が真柴なのだろう。

確かに、この雰囲気だと、澪は苦手そうだな。

藤原と鈴木がいるので、慇懃な挨拶をもらっただけで、その場を去る。

鈴木と澪がおしゃべりをしながら前を歩く。
当然道隆は、藤原と肩を並べることになった。

何か会話をするべきだろうか?

だが、何も浮かばない。

「深沢さん、お会いできて嬉しいですよ」

「あ、ああ、私も……」

嬉しいと続けるべきだったかもしれないが、素直に出てこない。

「澪さんは才能がおありですね」

澪のことを話題にしてくれ、ほっとする。

「ええ。彼女はとてもいい絵を描くんですよ。この最近は頓に成長が目覚ましくて」

「そうですか。よかった」

まるで澪が自分の身内のように言われ、違和感を覚える。

「よかった?」

「ああ……まあ、彼女が窮地に陥っていた時を知っているので……活躍しているいま、よかったと思うのですよ。苺もとても喜んでいます」

そうか、そうだった。

彼は俺よりも先に、澪と出会っているんだった。

「その節は……」

彼女がお世話になりましたと礼を言おうとして、自分の言葉があまり適切ではない気がして、道隆は言葉を詰まらせた。

気を取り直し、改めて口を開く。

「仕事先を紹介してくださったと彼女から聞きました。藤原さん、ありがとうございました」

なにより、俺のところの仕事を紹介してもらったことに感謝しないと。

「感謝するとすれば、運命の女神でしょう」

運命の女神?

戸惑いの表情を向けたら、藤原は道隆に向けてウインクしてみせた。

正直言葉がなかった。

こんな風に、ウインクする様が見事に決まる男など見たことがない。
そしてまったく嫌味がない。

道隆には、絶対にできない芸当だ。

女性ふたりが、ひとつのドアの前で足を止めた。

パーティー会場はここなのか?

「それじゃ、コートを置いといでよ」

鈴木の言葉に澪は「うん」と答え、ドアノブに手をかけると道隆に視線を向けてきた。

コートを置く?
戸惑いつつも澪に歩み寄ると、彼女は先に部屋に入り、道隆もそれに続いて入った。

シングルのベッドがひとつある。

寝室……だよな?

「道隆、コート脱がないと」

地味に困惑していると、澪はクローゼットを開けコートをぶら下げたようだ。

困惑は続いていたが、道隆はコートを脱ぎ、受け取ろうと手を差し出している澪に手渡した。

彼女は、道隆のコートもクローゼットにしまってくれる。

ずいぶんと慣れた手つきだ。

「あの、澪、この部屋って?」

「ここは客間なの。わたしがこのお屋敷に泊まらせてもらう時は、いつもここを使わせてもらっているの」

そういうことか。

そうだったと、今更思い出す。

澪はこの屋敷に何度か泊まっているんだ。

「そうか……」

思わず呟いたら、澪は問うように見上げてくる。

「いや……頭ではわかっていたんだが……君は藤原さんたちと、俺に会うより前から面識があって、ずっと交流していたんだよな」

「う、うん」

道隆の思いがわからないらしく、澪は困っている様子だ。

「俺は、育ちの違いというか……気後れしていたらしい」

「あっ、私もそうだった」

澪は仲間を得たとばかりに、嬉しそうに言う。

「私も最初はすっごい緊張しちゃって……けど、苺は最初からぜんぜん平気っぽくて……やっぱり苺は違うなぁって感心しちゃった」

ふたりは似ていると思ったのだが……澪には違って見えるらしい。

「あんな藤原さんみたいな人と結婚するんだものね。将来の不安とかないのって聞いたら、きょとんとするんだもん。面白いでしょ?」

そう言った澪は、道隆の背中に回り込み、両手で押すようにする。

「もう行かないと。苺たち待ってるし」

「ああ」

さて、もう気後れなどしていられない。

せっかくやってきたのだ。
どんなパーティーなのかわからないが、楽しもうじゃないか。

澪とともに。





つづく






ぷちあとがき

クリスマス終わってしまった。
けど、まだクリスマス特別編は完結できてないとは。

一気にパーティーにと思っていたのに……こうなってしまった。

ので、まだ続きます。

読んでくださってありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです(^.^)

帆風環(2018/12/26)


   
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