苺パニック


注:こちらのお話は、書籍になるにあたって削除されたものです。
  サイト掲載時のものを、改稿してあります。

  書籍になるにあたって、大きく改稿したために、書籍の内容とは異なっています。
  そのことを踏まえた上で、お楽しみいただけたら幸いです。


                        
その5 来てのお楽しみ


まったく、ぷりっぷりだよ!

くっそー! 店長さんめ!

パソコンを禁止されて、あんな仕返ししてくるとは。

元通り、イチゴ柄の服に着替え終えた苺だが、どうにも腹立ちが収まらぬ。

苺はほっぺたを膨らませて浴室を出た。

すると、何やら話し声がする。

店長さんの声だけど、何か指示をしているような語り口だ。

善ちゃんに何か言ってるのかな?

そう思いつつ、ベッドのほうに歩いて行ったら、善ちゃんが苺に振り返った。

うん、なんだ?

いったいどうしたというのか、善ちゃんが物凄く苦い顔している。

これって……店長さんに困らされてる?

あっ、わかったぞ!

ピンときた苺は、善ちゃんの脇をすり抜け、店長さんの前で仁王立ちになった。

「店長さん、また善ちゃんにパソコンを出してくれって言ったんでしょう? もうやらないって言ったのに!」

「何を言っているんです。勝手に思い込んで怒鳴るのはやめていただけませんか」

「えっ、でも……」

苺は店長さんから善ちゃんに視線を移した。

「そのようなことはありませんよ」

善ちゃんの表情から、嘘偽りは感じられない。

「なんだ……善ちゃんがひどく顔をしかめてたから……てっきり」

店長さんは、苺のいない間にベッドの頭のほうを起こしてもらったようで、そこに背中を預けるような姿勢でいる。

なんか、疑わしいんだけど……その姿勢とか……パソコンを操作しやすい姿勢なんだよね。

けど、善ちゃんが違うと言うんだから、違うんだろう。

「鈴木様、お座りになられたら、いかがですか」

立ったままの苺に、善ちゃんが椅子を勧めてくれる。

「善ちゃんこそ、座るといいですよ。ソファと椅子とどっちがいいですか?」

「私はこのままで構いません」

「駄目ですよ。同じ場所に立ったままじゃ、疲れちゃいますよ。ずっとこの部屋にいなきゃならないんですから、寛いだほうがいいですって」

「慣れておりますから」

全然平気という表情で言われて、苺は首を傾げた。

「執事さんっていうのは、そういうものなんですか?」

「皆が皆同じではないと。ですが、私は慣れておりますので」

善ちゃんらしい実直な答えで、苺は思わず笑ってしまった。

確かに、慣れてるみたいだ。

立ちっぱなしでも、善ちゃんは疲れないってことなんだろう。

あっ、そうだ。

「ねぇねぇ、善ちゃん」

「なんでございましょう?」

「今夜は、善ちゃんもここに泊まることになるんですよね?」

「それについては、いま解決しましたよ」

それまで黙っていた店長さんが、愉快そうに横から口を挟んできた。

解決?

「善ちゃん、ここに泊まらなくてもよくなったってことですか?」

「ええ」

けど、いま解決したって……どういうことだろう?

首を捻りつつ、善ちゃんを見ると、先ほどのように苦い顔になっていた。

うん?

「貴女のおかげで、いいアイデアを思いついたのですよ」

店長さんが苺に向けて言う。

「苺のおかげって……どういうことなんですか? アイデアって?」

「そうだ。苺」

苺の問いに答えず、店長さんは呼びかけてくる。

苺のおかげってのがどういうことなのか、アイデアというのもどんなものなのか気になったが、一応「なんですか?」と返事をする。

「売店で何を買うつもりだったんですか?」

「ああ……折り紙とかおはじきですよ。病室で遊べるものが何かあるかもしれないなと思って」

「折り紙におはじき? そんなものは売っていないでしょう」

「わかりませんよ。さっき見たところでは、こんなものまでって驚くほど、いろんなものを売ってましたよ」

「ふーむ」

店長さんの目は、興味の色を帯びている。

「店長さん、売店に行ってみたくなったんじゃないですか?」

「まあ……行ってみたいといえば……ですが、いまはやめておきましょう」

思案の末に、諦め口調になる。

結局、店長さんもこの部屋に閉じこもっているのはつまらないんだろう。

パソコンかぁ……色々遊べるって言ってたけど……

いやいや、ダメダメ!

一度出したら、なんやかんや言って、店長さんは仕事をするに決まってる。

「それにしても……苺」

「なんですか?」

「貴女は、本当にあの姿で売店にいくつもりだったんですか?」

「そのつもりだったですけど……」

「あんな格好で、外に出てゆこうとするのは、貴女くらいのものでしょう」

店長さんは、馬鹿にしたように首を横に振りながら言う。

どうやら、退屈まぎれに、苺をからかって楽しんでいるようだが……

「だって、どうしても売店にゆきたかったんですよ。折り紙やおはじきはなくても、紐はあったかもしれないし……」

「紐?」

苺は頷いた。

「紐があれば、いくらでも楽しめますよ」

「紐で何をして遊ぶんですか?」

「もしや鈴木様、手品がおできになるとか?」

善ちゃんは、ずいぶんと期待を込めた声で尋ねてくる。

苺は笑いながら首を横に振った。

「あやとりですよ。苺、あやとりは大得意なんです。折り紙も得意だけど」

「ほう。それは見せていただきたいですね」

店長さんが言うと、善ちゃんも同意を見せてうんうんと頷く。

「あやとりはひとりでもできますけど、何人でもやれるから。善ちゃんも一緒に、三人で楽しめるですよ」

「ふむ。そう言われると、紐がないのが残念ですね」

結局はそうなのだ。

いまは残念ながら、紐一本手に入れられない状況。

「……まあいい、ともかく待つとしましょうか」

「待つ? 店長さん、何を待つんですか?」

「来てのお楽しみですよ」

来てのお楽しみ?

「いったい何が来るんですか?」

「ですから、来てのお楽しみですよ。さて、私は少し横になるとしましょうか」

店長さんがそう口にしたら、善ちゃんはさっと動き、頭の方だけ起こしていたベッドをあっという間に平らにする。

「吉田、ありがとう」

善ちゃんにお礼を言い、横になった店長さんは、すぐに目を瞑ってしまった。

店長さんが入院患者の見本のようになってくれたのは、嬉しいのだが……

座っているだけの苺は、時を刻むごとに退屈に蝕まれそうになったのだった。





   
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