苺パニック


注:こちらのお話は、書籍になるにあたって削除されたものです。
  サイト掲載時のものを、改稿してあります。

  書籍になるにあたって、大きく改稿したために、書籍の内容とは異なっています。
  そのことを踏まえた上で、お楽しみいただけたら幸いです。


                        
その8 つまりはそういうことなのだ



「あ、あがりました」

物凄く申し訳なさそうに善ちゃんが言い、トランプの山の上に数字の揃ったトランプを置いた。

「ええっ! 今度は善ちゃんですか?」

手に何も持っていない善ちゃんを見て、苺は唇を尖らせた。

このトランプは、岡島さんが持ってきてくれたものだ。

店長さんは、お仕事のファイルのほかにも、色々と岡島さんに持ってきてくれるように頼んだらしい。

一時間ほどファイルのチェックをしていた店長さんだが、夕食を終えたところで、このトランプ取り出したのだ。

そして始まったババ抜き。

これで店長さんと善ちゃんが五勝で並んだ。

なのに苺は……

「苺、ほら、私が引く番ですよ」

苺は唇を尖らせたまま、手を伸ばしてきた店長さんに向いた。

「わ、わかってるですよぉ」

トランプを引かれないように遠ざけながら、苺はぶつぶつと言った。

苺は持ち札二枚、店長さんは一枚。

店長さんが、このジョーカーを引いてくれなきゃ、苺はまた最下位。

なんとか一勝するために、ここはなんとしてもこのやっかいもののジョーカーを、店長さんに引いてもらわなきゃならない。

苺は、自分を観察するように見つめている店長さんをチラ見しつつ、ジョーカーの位置を何度も入れ替える。

さっきは、右に置いといて、負けた。その前は左に置いといて負けた。

今度は……

うぬぬぬ……

そ、そうだ。苺にもわからないようにしてみよう。

よ、よしっ!

苺は二枚のカードを目を瞑って何度も切り、最後に両手で挟み込んだ。そして店長さんの前にぐっと突き出す。

「はい、店長さん。上か下かで、勝負ですよっ!」

「ふむ。ならば……。そうですね、上にしましょうか」

「う、上ですね? 上でいいんですね?」

「ええ。上で」

店長さんは勝負に執着する様子もみせず、あっさりと言う。

その表情、自信満々に見えるけど……

まさか、ジョーカーが透けて見えてるわけないよね?

それとも、一度くらい負けてもいいと思っての、余裕だろうか?

苺は手のひらを開き、二枚重なっているトランプを見つめた。

ド、ドキドキするなぁ。

ドクンドクンと高鳴る鼓動に、ごくりと唾を飲み込み、苺は上のトランプをめくった。

「ああっ!」

「おやおや、またしても苺の負けですね」

店長さんときたら、嘲笑するように言う。

く、くっそーお!

店長さんってば、かわいくないっ!!

善ちゃんは、勝っても奥ゆかしいのに。

しかし、なんで勝てないんだろう?

「勝てない理由を知りたいですか?」

「えっ?」

したり顔の店長さんに、苺は眉をひそめて目を向けた。

「理由って? ババ抜きに負ける理由なんてあるはずないですよ。トランプを順番に引き合って、数字が揃ったら捨ててくっていう、単純なゲームなのに」

「そんな風に考えていては、一生、ババ抜きで勝てませんよ」

眉を寄せている苺を、なぜか店長さんは興味深そうに見る。

「な、なんですか?」

「これまで、勝てたことがあるんですか?」

し、失礼なっ!

「ありますよっ」

「ほお、いったいどなたに勝ったことが?」

「両親とか、友達の澪とか……ですよ」

「に……」

店長さんは何か言いかけて言葉を止め、「お兄さんの健太さんには?」と改めて言う。

「お兄ちゃんは、本人も言ってるけど、勝負運が強いんです。あっ、でも真美さんにはよく負けてるですよ。勝負って、きっと相性ってのがあるですね」

苺の言葉を聞いていた店長さんは、さもおかしなことを聞いたとでもいうように噴き出し、愉快そうに声を出して笑う。

「店長さん、何がおかしいですか?」

「いえ、なんでも」

「なんでもないなら、なんで笑うんですか?」

「健太さんは、真美さんをとても愛しておいでなのですね」

「そ、そりゃあ、確かにその通りですけど……さあ、次の勝負ですよ。苺、今度こそは……」

「いえ、もう十回やりましたからね。これで終わりにしましょう。それに、そろそろ吉田を屋敷に帰らせようと思います」

店長さんは、ふたりの前にかしこまって座っている善ちゃんに視線を向けながら言う。

「えっ、善ちゃん帰るんですか?」

善ちゃんに向いて聞くと、善ちゃんは、「はい」と答える。

「で、でも、羽歌乃おばあちゃんが……」

「怜に持って来させたのですよ。変装するためのアイテムをね」

「ええっ」

思わず声を上げてしまった苺だが……

そっか、考えてみたら、岡島さんのように変装をすれば、ここから出て……

「あっ、わかった!」

苺はピンとひらめき、大声で叫んだ。

「苺と店長さんも、明日退院できることになったら、変身するんですね?」

店長さんが肯定して頷く。

そっか、そっか。納得だよ。

岡島さん、ずいぶんたくさん荷物を持って来たなと思ったら、そういうことだったんだ。

「それでは」

善ちゃんの声に、苺は顔を善ちゃんに向けた。

返事がずいぶんと冴えないなと思ったら、表情も暗い。

ああそうか。善ちゃん、帰れることになったのはいいけど、やっぱり残していく店長さんが心配なんだね。

「善ちゃん、苺がちゃんとお世話するから、店長さんのことは心配しなくても大丈夫ですよ」

「あ……は、はい」

ありょっ。

なんか善ちゃんの反応、いまいちなような……?

「あの。爽様……やはり、あの……あれを? もうこの時間ですし、私も素早く帰りますし……」

うん? あれって?

「吉田。私が頷くと、思ってはいないだろう?」

店長さんが淡々と言うと、善ちゃんは肩を落とした。

そこでようやく気付いた。

ああ、そうか。

善ちゃんだとわからないくらい、変装しなきゃならないんだよね。

岡島さんは女装だったし……ま、まさか、善ちゃんも?

女装の善ちゃんが頭に思い浮かんでしまい、善ちゃんには悪かったが、苺は危うく噴き出しそうになってしまった。

けど、まさか、女装はないんじゃないかな。

岡島さんはすっごく似合ってたからいいけど、善ちゃんはさすがにないよ。

善ちゃんは、岡島さんが持ってきた紙袋のひとつを取り上げ、洗面所に向かう。

パタンとドアが閉じた音を聞き、苺は店長さんに尋ねた。

「まさか、善ちゃんも女装するんですか?」

そう言ったら、なぜか店長さんは嫌そうに顔をしかめてから、「違いますよ」と否定する。

なんでいま、嫌そうな顔をしたんだ?

いや、それよりも……

「でも変身するんですよね?」

「私も知らないんですよ。要に用意させたんです。いったいどんな変身をしてみせてくれるのか楽しみですね」

あやや……店長さんときたら、善ちゃんの不幸を楽しみにするなんて……

店長さんを心の中で責めた苺だが、本音、自分も楽しみだったりする。

「ねぇ、店長さん、苺たちの変装アイテムもあるんですよね。見ても」

「ダメですよ」

「えーっ、どうしてですか?」

「明日の楽しみに取っておきましょう」

「そうですかぁ?」

でも気になるなぁ。

店長さんもだけど、苺はいったいどんな変装をすることになるんだろう?

あー、気になる、気になる。

そわそわしていたら、もう善ちゃんが出てきた。

善ちゃんの姿を見て、苺は驚きに目を見開いた。

うひょーーーっ!

かっ、かっこいいじゃん!

藍原さん、ナイスだよ!

真っ赤なジャンパーに、黒いジーンズ。

鎖がジャラジャラついていて、ロックミュージシャンっぽい。

問題は、その頭だ。

善ちゃんの渋い顔はいいんだけど、髪型がなぁ。

ロックミュージシャンにしてはまとまり過ぎてる。

あれっ?

いま、善ちゃんのお尻の後ろのほうに、ちらっと何やら金色のものが見えたけど。

何を持ってるんだろう?

「吉田。それを被らないと、変装にはならないだろう。羽歌乃さんに顔を見られたら、服装がいくら派手でも、すぐにバレてしまうぞ」

「は、はい」

善ちゃんは、渋々手にしたものを前に出した。

「わーっ、金髪のカツラだ」

「そうだ、苺、ちょっと貴女も被って見なさい」

「えっ、苺が?」

「ええ。見てみたい」

そう言われちゃねぇ。かぶらないわけにはいかないね。

苺は善ちゃんからカツラをお借りし、頭に被ってみた。

「どうですか?」

「おや、似合いますよ」

「えっ、そうですか? 善ちゃん、善ちゃん、どうですか?」

善ちゃんに感想を聞くと、善ちゃんも「雰囲気が変わられて、またお可愛らしいですよ」なんて、嬉しい感想をくれた。

気をよくした苺は、浴室に駆けていき、鏡で金髪苺を確認してみた。

肩くらいまでの金髪のカツラは、そんなに自分に似合っているとは思えなかった。

けど……

「あははは」

苺は金髪の自分を指をさして笑い、ふたりのもとに戻った。

「面白いです。苺じゃなくなる感じ。それじゃ、はい、善ちゃん」

苺は、善ちゃんの頭にカツラを被せてあげた。

善ちゃんは驚いたが、すぐに諦めた顔になった。

「吉田、完璧だ。お前には見えない」

店長さんは、にっこりと感想を告げた。

「ほんと、最高に完璧ですよ。善ちゃんには絶対見えません」

記念に写真でも撮っときたいくらいだよ。

そうそう、岡島さんの女装も……

「よかったな、吉田」

善ちゃんは、店長さんを恨めしげに見たが、ピンと背筋を伸ばした。

「それでは、爽様。明日は、検査結果がわかり次第、ご連絡を」

「ああ、わかっている」

「失礼いたします」

善ちゃんは頭を下げると、いくつか荷物を持ち、すぐに病室を出て行った。

「善ちゃん、病室から出るの、もっと嫌がって渋るかと思ったのに……」

善ちゃんが消えたドアを見つめて、苺は独り言のように言った。

「ためらいが強いときほど、覚悟と決断は早いほうがよいとわかっているんですよ、吉田は」

店長さんの言葉に、苺は大きく頷いた。

確かに店長さんの言う通りかも。

苺は、ためらっちゃうと、ついぐずぐずしちゃうもんなぁ。

ぐずぐずしていたって、問題を先延ばしするばかりで、意味はないし、解決しないと、苺だってわかっているのだが……

「苺、善ちゃんを見習ったほうがよさそうですよ」

店長さんの方にくるりと振り向きながら、苺は言った。

「覚悟と決断の速い苺ですか?」

首を傾げながら、店長さんが聞いてきた。

苺は店長さんの隣に腰かけた。

「はい。かっこよくないですか?」

店長さんを見上げて問いかけたら、店長さんは、じっと苺を見つめてくる。

「店長さん?」

何か言いたそうな店長さんが気になり、苺は話を促すように呼びかけた。

「いまのままの苺が好きだと言ったら?」

「えっ? かっこいい苺は好きじゃないですか?」

「好きじゃないですね。いまのままがいい」

「そ、それって……かっこよくなったら、苺は店長さんに嫌われちゃうですか?」

「かっこよくなる予定でも、おありになるんですか?」

「そんな予定ないけど……。店長さん、そんなの予定として考えるのっておかしいですよ」

「それはよかった」

「店長さん、言ってることがおかしいですよ」

「おかしいかもしれませんね。ですが、私はいまの貴女がとても好きなのですよ」

店長さんは、そう言いながら立ち上がり、「お風呂に入ってきます」と言い置いて浴室に消えた。

ひとりになった苺は、腕を組んで考え込んだ。

店長さんは、いまのままの苺がいいらしい。

そっか。考えてみたら、苺も、いまのままの店長さんがいい。

うん。

苺は、ポンと手を打った。

つまりはそういうことなのだ。





   
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