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その4 寝起きの仰天
「へーっ、けっこう色々あるところなんですねぇ」
「温泉地ですから。……ですが、私たちの泊まる予定の宿からは、どこも距離があるようですね」
「そうなんですか」
店長さんとくっつくようにして椅子に座り、パソコンの画面を眺めているところ。
いま店長さんが言ったように、今度行く温泉宿の近辺にある、観光施設を物色中だ。
「ここなど、お土産売り場がたくさん集まっている施設ですね。どうですか、苺、行ってみたいですか?」
苺はわくわくしつつ、「それはもお」と頷いた。
「ここって、どんなお土産売り場があるんでしょうね?」
「民芸品に加工品……抹茶を使っての加工品が多いですね。抹茶のお菓子などもあるようですよ」
「へーっ。お父さんもお母さんも喜びますよ。抹茶とか好きですもん」
「そうですか。ならば、ここには必ず寄ることにしましょう」
「賛成です! あっ、プリンもあるんですね」
オーソドックスなものから、色々トッピングされたのとかあり、どれもとっても美味しそうだ。
これは期待できそうだなぁ。
顔を寄せるようにして施設のサイトを閲覧していたら、なにやら店長さんが眉を寄せる。
「どうしたんですか?」
「いえ……ヨーグルトはないのかと」
「ヨーグルト?」
「ええ。お好きでしょう?」
「苺の好きなのは、イチゴヨーグルトですよ」
「おや、ヨーグルト自体は好きではないんですか?」
「好きじゃないことはないですけど……イチゴ味のヨーグルトが好きなんですよ」
「イチゴにこだわりますね。苺だからって、イチゴにこだわらない、というようなことを前に言いませんでしたか?」
「フルーツのイチゴが好きなんですよ。イチゴジャムとかジャムパンも好きだし。イチゴミルクのキャンディとか……」
「そうでしたか。貴女の好物は、イチゴヨーグルトばかりじゃなかったんですね」
苺は「そうじゃないですよ」と首を横に振る。
「どれもイチゴヨーグルトほど好物じゃないですよ」
「面白い人ですね」
「えーっ! 店長さんにそんなこと言われたくないですよ」
「どうしてですか?」
「だって、おにぎり、大好物でしょう?」
「ああ。そういえばそうですね」
店長さんときたら、自分の事なのに他人事のように感心している。
「変な店長さんですよ」
くすくす笑ったら、店長さんまで笑う。
そのあと、温泉地以外のサイトも検索したりして、あそこに行ってみたいだのここもいいだのと盛り上がっていたら、あっという間に時間が過ぎてしまっていた。
「苺、そろそろお風呂に入った方がいいですね。吉田は寝ずに待っているはずですから」
「おおっと、それはいけない。それじゃ、店長さん、お先にどうぞ」
「浴室はひとつではありませんよ」
ああ、そうだった。
「店長さんのこの部屋にもあるんでしたね」
「ええ。それで、貴女はジャグジーに入りますか?」
ジャグジーの言葉に、テンションが上がる。
「ぜ、ぜひ、それでお願いしますっ!」
全力で頷いたら、店長さんに笑われた。
「泡風呂はいいんですか? 私が入っているのを見て、入りたがっていたでしょう?」
「あっ、そうでした。泡風呂♪」
「どちらにします?」
う、うーむ。これは究極の選択!
「そ、それじゃ、泡風呂にします」
――というわけで、三十分後、苺は人生初の泡風呂を堪能していた。
「むっふふふふふふ……」
満足の笑いが、口から零れ出てしまう。
「いいねぇ。リッチな気分だ。最高だよっ♪」
苺は両手で泡すくい取り、手を動かして、ぷよぷよんな泡で遊ぶ。さらに唇をすぼめ、「ふっ!」と息で泡を飛ばす。
飛び散った泡のでかいのが自分の鼻の先っちょにくっついたり、あまりに面白くて、ついつい長風呂してしまった。
さて、そろそろ上がるかな。
「むひひひひ……」
嬉しさのあまり、ついつい変な笑いが出てしまう。
お風呂から上がったら、あの素敵なネグリジェが待っているのだ。
苺はルンルン気分で、タオルで身体を拭き、バスタオルを巻いて浴室から出た。
さきほど見せてもらったカゴには、例の超可愛いネグリジェ。苺は飛びつくようにして取り上げた。
「ひゃーっ! やっぱ、すっごい可愛いよ♪」
しかも、ブラとパンツもお揃いだ。
それらを身に着けた苺は、店長さんのところにすっ飛んで行った。
店長さんはジャグジーのお風呂に入りに行ったはずだが、すでにあがっていて部屋で待ってくれていた。
「店長さーん、見て見て」
苺は大はしゃぎで、店長さんの前でくるくると三回まわった。
「良く似合いますよ」
「苺は、こんなのが好きなんですよ」
今後のために、店長さんに力説しておく。
「充分わかりましたよ。では、寝ましょうか?」
「ええーっ、もう寝るんですか?」
「寝るためにお風呂に入って、それに着替えたんでしょう?」
「だって、せっかくこんな可愛いネグリジェを着たのに……寝ちゃったらすぐに朝になっちゃいますよ。そしたらこれを脱がなきゃならないじゃないですか」
「毎晩でも着ればいいじゃありませんか」
「えっ、も、もしかして、これワンルームに持って帰っちゃっていいんですか?」
「いいに決まっていますよ。貴女のために用意したんですから」
そ、そうなのか?
なんとなく、ホテルに用意されている寝間着の意識だった。
「まあ、それなら寝るですか?」
ちょっと物足りなかったが、苺は素直に店長さんの寝室に入った。そして店長さんの無駄に広いベッドの端っこに潜り込んだ。
店長さんもやってきて、このベッドの主らしく、ベッドの真ん中に横になる。そして電灯が消されて部屋は薄闇になった。
「店長さん、おやすみですよ」
「ええ。おやすみなさい、苺」
寝心地の良いベッドの効能か、すぐに眠気が襲ってくる。
苺は欠伸をひとつ漏らした途端、夢の国に飛んでいた。
朝になり、苺はなにやら楽しげな音に起こされた。
うん? もう朝?
ぴこぴこ、ぽんぽん、ぴこぴこ、ぽん……♪
なんだろ、この音楽?
苺は目をこすり、音の発生源を探して辺りを見回した。
はいっ?
苺は口をぽかんと開けた。
な、なんなのこの部屋?
驚いた苺は、がばっと身を起こす。
いま苺がいるのは、店長さんの寝室ではない。
なんと、ピンクのフリルとリボンでいっぱいの、苺が着ているネグリジェにぴったりな、ゴージャスなお姫様の部屋だったのだ。
でも苺、店長さんの寝室のベッドの端っこに潜りこんで寝たはずで……
「こいつは、どーいうことなのぉ?」
お姫様なネグリジェを着た苺は、お姫様なベッドに座り、仰天の叫びをあげたのだった。
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