苺パニック


注:こちらのお話は、書籍になるにあたって削除されたものです。
  サイト掲載時のものを、改稿してあります。

  書籍になるにあたって、大きく改稿したために、書籍の内容とは異なっています。
  そのことを踏まえた上で、お楽しみいただけたら幸いです。

  
(こちらのお話は、書籍ではP134、25『恋しいぬくもり』の前のお話になります。書籍とは流れが違います)


その4 寝起きの仰天



「へーっ、けっこう色々あるところなんですねぇ」

「温泉地ですから。……ですが、私たちの泊まる予定の宿からは、どこも距離があるようですね」

「そうなんですか」

店長さんとくっつくようにして椅子に座り、パソコンの画面を眺めているところ。

いま店長さんが言ったように、今度行く温泉宿の近辺にある、観光施設を物色中だ。

「ここなど、お土産売り場がたくさん集まっている施設ですね。どうですか、苺、行ってみたいですか?」

苺はわくわくしつつ、「それはもお」と頷いた。

「ここって、どんなお土産売り場があるんでしょうね?」

「民芸品に加工品……抹茶を使っての加工品が多いですね。抹茶のお菓子などもあるようですよ」

「へーっ。お父さんもお母さんも喜びますよ。抹茶とか好きですもん」

「そうですか。ならば、ここには必ず寄ることにしましょう」

「賛成です! あっ、プリンもあるんですね」

オーソドックスなものから、色々トッピングされたのとかあり、どれもとっても美味しそうだ。

これは期待できそうだなぁ。

顔を寄せるようにして施設のサイトを閲覧していたら、なにやら店長さんが眉を寄せる。

「どうしたんですか?」

「いえ……ヨーグルトはないのかと」

「ヨーグルト?」

「ええ。お好きでしょう?」

「苺の好きなのは、イチゴヨーグルトですよ」

「おや、ヨーグルト自体は好きではないんですか?」

「好きじゃないことはないですけど……イチゴ味のヨーグルトが好きなんですよ」

「イチゴにこだわりますね。苺だからって、イチゴにこだわらない、というようなことを前に言いませんでしたか?」

「フルーツのイチゴが好きなんですよ。イチゴジャムとかジャムパンも好きだし。イチゴミルクのキャンディとか……」

「そうでしたか。貴女の好物は、イチゴヨーグルトばかりじゃなかったんですね」

苺は「そうじゃないですよ」と首を横に振る。

「どれもイチゴヨーグルトほど好物じゃないですよ」

「面白い人ですね」

「えーっ! 店長さんにそんなこと言われたくないですよ」

「どうしてですか?」

「だって、おにぎり、大好物でしょう?」

「ああ。そういえばそうですね」

店長さんときたら、自分の事なのに他人事のように感心している。

「変な店長さんですよ」

くすくす笑ったら、店長さんまで笑う。

そのあと、温泉地以外のサイトも検索したりして、あそこに行ってみたいだのここもいいだのと盛り上がっていたら、あっという間に時間が過ぎてしまっていた。

「苺、そろそろお風呂に入った方がいいですね。吉田は寝ずに待っているはずですから」

「おおっと、それはいけない。それじゃ、店長さん、お先にどうぞ」

「浴室はひとつではありませんよ」

ああ、そうだった。

「店長さんのこの部屋にもあるんでしたね」

「ええ。それで、貴女はジャグジーに入りますか?」

ジャグジーの言葉に、テンションが上がる。

「ぜ、ぜひ、それでお願いしますっ!」

全力で頷いたら、店長さんに笑われた。

「泡風呂はいいんですか? 私が入っているのを見て、入りたがっていたでしょう?」

「あっ、そうでした。泡風呂♪」

「どちらにします?」

う、うーむ。これは究極の選択!

「そ、それじゃ、泡風呂にします」

――というわけで、三十分後、苺は人生初の泡風呂を堪能していた。

「むっふふふふふふ……」

満足の笑いが、口から零れ出てしまう。

「いいねぇ。リッチな気分だ。最高だよっ♪」

苺は両手で泡すくい取り、手を動かして、ぷよぷよんな泡で遊ぶ。さらに唇をすぼめ、「ふっ!」と息で泡を飛ばす。

飛び散った泡のでかいのが自分の鼻の先っちょにくっついたり、あまりに面白くて、ついつい長風呂してしまった。

さて、そろそろ上がるかな。

「むひひひひ……」

嬉しさのあまり、ついつい変な笑いが出てしまう。

お風呂から上がったら、あの素敵なネグリジェが待っているのだ。

苺はルンルン気分で、タオルで身体を拭き、バスタオルを巻いて浴室から出た。

さきほど見せてもらったカゴには、例の超可愛いネグリジェ。苺は飛びつくようにして取り上げた。

「ひゃーっ! やっぱ、すっごい可愛いよ♪」

しかも、ブラとパンツもお揃いだ。

それらを身に着けた苺は、店長さんのところにすっ飛んで行った。

店長さんはジャグジーのお風呂に入りに行ったはずだが、すでにあがっていて部屋で待ってくれていた。

「店長さーん、見て見て」

苺は大はしゃぎで、店長さんの前でくるくると三回まわった。

「良く似合いますよ」

「苺は、こんなのが好きなんですよ」

今後のために、店長さんに力説しておく。

「充分わかりましたよ。では、寝ましょうか?」

「ええーっ、もう寝るんですか?」

「寝るためにお風呂に入って、それに着替えたんでしょう?」

「だって、せっかくこんな可愛いネグリジェを着たのに……寝ちゃったらすぐに朝になっちゃいますよ。そしたらこれを脱がなきゃならないじゃないですか」

「毎晩でも着ればいいじゃありませんか」

「えっ、も、もしかして、これワンルームに持って帰っちゃっていいんですか?」

「いいに決まっていますよ。貴女のために用意したんですから」

そ、そうなのか?

なんとなく、ホテルに用意されている寝間着の意識だった。

「まあ、それなら寝るですか?」

ちょっと物足りなかったが、苺は素直に店長さんの寝室に入った。そして店長さんの無駄に広いベッドの端っこに潜り込んだ。

店長さんもやってきて、このベッドの主らしく、ベッドの真ん中に横になる。そして電灯が消されて部屋は薄闇になった。

「店長さん、おやすみですよ」

「ええ。おやすみなさい、苺」

寝心地の良いベッドの効能か、すぐに眠気が襲ってくる。

苺は欠伸をひとつ漏らした途端、夢の国に飛んでいた。



朝になり、苺はなにやら楽しげな音に起こされた。

うん? もう朝?

ぴこぴこ、ぽんぽん、ぴこぴこ、ぽん……♪

なんだろ、この音楽?

苺は目をこすり、音の発生源を探して辺りを見回した。

はいっ?

苺は口をぽかんと開けた。

な、なんなのこの部屋?

驚いた苺は、がばっと身を起こす。

いま苺がいるのは、店長さんの寝室ではない。

なんと、ピンクのフリルとリボンでいっぱいの、苺が着ているネグリジェにぴったりな、ゴージャスなお姫様の部屋だったのだ。

でも苺、店長さんの寝室のベッドの端っこに潜りこんで寝たはずで……

「こいつは、どーいうことなのぉ?」

お姫様なネグリジェを着た苺は、お姫様なベッドに座り、仰天の叫びをあげたのだった。





   
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