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2 出発はごたごたから
「この車ではダメとはどういうことです?」
どうにも腑に落ちないという顔で、爽が言う。
昨日、藍原さんと約束したフキノトウをゲットするために、これからおじいちゃんの家に行くんだけど……
もう、ごちゃごちゃやってないで、さっさと出発したいってのにさ。
けっこう遠いし、フキノトウを探す時間も必要なのだ。
十個見つけられないうちに、日が暮れてしまったら困る。
「爽の車じゃ通れない道があるんですよ。だから、いつもお母さんの車を使わせてもらうんです」
「そんな狭い道があるのか……」
考え考え口にした爽は、納得したような顔になり、ほっとしたのだが……なぜか右手を苺に向けて差し出してくる。
その手がなんのために差し出されたのかわからず、苺は「なんですか?」と尋ねた。
「車の鍵ですよ」
さも当然という顔でいらっしゃるが……苺は首を横に振った。
「苺が運転してくですよ」
そう断言したら、爽は口を閉じて物凄く眉を寄せる。
「あなたの運転で行く?」
まるで、とんでもないことを聞いたとでもいうように、丁寧に聞き返された。
以前、爽を苺の運転する車に乗せたことがあるのだが、彼はもう二度と乘りたくないと思ったようだった。
苺、運転するの、それなりにうまいのにさぁ。
確かに、爽の方が運転は上手いと苺も思う。けど、今回に限ってはダメなのだ。
「別に私が運転しても構わないでしょう?」
「それが構うんですよ。爽が運転したんじゃ、おじいちゃんのところに辿り着けなくなるですよ」
「なぜ?」
「苺が道が分からなくなるからです」
「は?」
ぽかんとした表情を見て、ちょいと笑いそうになる。
だが、ここで笑っては事が複雑になるのは間違いないので、苺はなんとか笑いを押し殺して言葉を続けた。
「運転してるときと、助手席に乗ってるときとでは違うんですよ」
「何が違うというんです?」
「だからですね……つまり……自分で運転してると、『あっ、ここで曲がるんだ』ってのがピンときて分かるんだけど、助手席に乗ってると、そのピンがぼやけてしまうっていうか……とにかく分からないんですよ」
「意味が、分かりませんが」
解せないという眼差しを向けられる。
説明がへたっぴ過ぎたか。
けど、わかりやすくどう説明するかを思案する暇はないのだ。
「とにかくですよ。そういうことなんで、爽はおとなしく助手席に乗ってください。ほら、行きますよ」
強引に話を終えて車に駆け寄ろうとしたら、爽に捕まった。
「待ちなさい。話は終わっていませんよ」
苺はやれやれと肩を竦めた。
どんだけ話をしたところで、結果は変わらないってのに……
「節子さんの車には、カーナビがついていないのですか?」
「ついてるですよ」
「ならば、迷うことなどあるはずがない」
爽は高らかに宣言する。
いや、宣言されてもなぁ。
「あのね爽、お母さんの車のカーナビは、爽のみたいに最新じゃないんです。かなり古いんですよ」
爽は「古い?」と、まるきりピンとこない表情だ。
「そうですよ。古いやつは案内も曖昧なんですよ。新しい道は知らなかったりするですし」
「カーナビに古いとか新しいとかあるわけが……あれは常にバージョンアップしていくもので……」
まったく爽は、と笑ってしまう。
「誰もがバージョンアップさせてくとは限らないんですよ」
笑を含みつつ、ついつい教え諭すように言ったら、爽は苦い顔になる。
と、そこで玄関が開き、母の節子が出てきた。
苺と爽を見て、節子は戸惑ったようだ。
「まだ出かけてなかったの?」
「爽がなかなか納得してくれなくてさ」
「納得? あ、ああ、わたしの車で行くこと?」
「まあ、そんな感じ。お母さんからも、爽に言ってやってよ。苺の運転で行かないとダメなんだって」
困り顔で頼んだら、母は小さく噴き出した。そしてくすくす笑い、それから爽に話しかける。
「藤原さん。苺の運転する車に乗りたくない気持ちはわからないでもないけど、今日の所は乗っていくしかないと思いますよ」
苦笑しつつ節子に言われ、爽は困惑顔になる。
そんな爽を見て節子はさらに笑いを膨らませ、そして苺に向き直ってきた。ずいぶんと怖い顔を向けてくる。
「苺、藤原さんを乗せていくんだから、じゅうぶん気を付けて運転するのよ」
諭すように言われずとも……
「わかってるよ」
「おしゃべりせずに、運転に集中するのよ」
「運転には集中するよ。けど、おしゃべりくらいさせてよ。道中二時間もかかるってのにさ、苺が黙ったまんまじゃ、爽がつまんないよ」
「あんた、遠回りしていく気満々ね」
呆れたような節子の言葉を聞き、爽が「遠回り?」と割り込んでくる。
「ええ。この子、大きな道ができたってのに、その道を走らずに旧道を行くんですよ」
「ああ、そういうことでしたか」
納得したという顔になった爽は、苺の手を掴んできた。
「さあ、私の車で行きますよ」
えっ?
「な、なんでですか? だから、爽の車じゃ無理なんですって」
「それは貴女が、わざわざ旧道を走ろうとするからでしょう?」
「違いますよっ」
苺が言い返そうとしたら、節子が笑いながらふたりの間に割り込んできた。
「藤原さん、そういう理由じゃないんですよ。車はわたしの軽で行かないと、本当に辿り着けないんですよ」
節子の言葉だからか、納得したかどうかは別にして、爽は黙り込んだ。
これ幸いと、苺は爽の背中を押す。
「そういうことですよ。ほら、もうさっさと乗ってくださいよ。出発地点でこんな風に延々と揉めていたら、おじいちゃんのところには辿り着けやしませんよ」
今日中に、なんとしてもフキノトウを十個採集せねばならぬのだ。
爽はなんとか助手席に乗ってくれ、運転席に飛び乗った苺は、何はさておき出発したのだった。
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