恋をしよう
その10 ハメラレて



詩歩が駅に着いたのは、海斗との待ち合わせの約束の時刻より、三十分も前だった。

詩歩の周りにも、同じように待ち合わせしている者達がいっぱいいて、詩歩が待っている間にも相手がやってきて、連れ立って改札口へと歩んでゆく。

そんなカップルたちの背を、見るともなく詩歩は見つめていた。

デートだと思い込んでしまっている真理は、はりきって詩歩の服を見立ててくれ、どれも地味だといった挙句、夕方遅くなっているというのに、一番近い大型スーパーに連れて行かれた。

詩歩は自分の服を見下ろして、ため息をついた。

クリーム色のフリルつきのブラウス、可愛らしいリボンまでついている。
グリーンと赤のチェックのミニスカート、短い丈の上着は淡いグリーンだ。

自分の足元まで見つめてから顔を上げた詩歩は、ジャージの団体がやってくるのに気づいた。

どこかで見たようなジャージだと思ったら、一番背が高い人物が詩歩に向けて大きく手を振った瞬間、凄い勢いで駆け寄ってきた。

「詩歩。どこかに出かけるの?」

「あ、うん、山ちゃんは?」

「記録会」

「そうなんだ」

詩歩は落ち着かずに、きょろきょろと周囲に視線を走らせた。
海斗が来る前に、由香里達が行ってくれるといいのだが。

そんな詩歩の様子を、由香里がじっとみつめているのに気づいて、詩歩は意味もなく自分の持っているバッグに視線を落とした。

「山口先輩、森下さんと連絡取れました。あと十分くらいで来るそうですけど、どうします?」

ひとつの集団の中からひとりの女の子が出てきて、由香里に言った。

「十分か、まあそれくらいなら待っても大丈夫だろうから。でもそれ過ぎたら、置いてくしかないわね。森下にそう連絡しといて」

「分かりました」

そのやりとりに詩歩は、心の中で頭を抱えた。

「ね、あのひとってさ…」「うん。保科先輩とうわさになってる…」「だよね」「なんか、それほどでも…ないね…」「だよねぇ」

潜められた囁きが、少し離れた後輩らしき群れから流れてきた。
詩歩は恥ずかのあまり逃げ出したかった。

由香里が群れに向けて、ダンと音を立てて一歩踏み出した。

「あんたら最悪」

途端に周囲がシーンとした。気まずい空気が流れた。

庇ってくれた由香里には悪かったが、詩歩はさらに居心地が悪くなった。

「あの、それじゃ、山ちゃん。記録会、頑張ってね」

振り返った由香里に小さく手を振ると、詩歩はその場から離れようとして、前を向いたまま片足を一歩後ろに引いた。

由香里が「詩歩」と不必要に大きな声で呼びかけてきた。

詩歩は仕方なく、「何?」と答えた。

「詩歩、その服、可愛いぞ」

いつもより低い声で愉快そうに由香里が言った。

「え、あ、ありがと」

詩歩は照れて笑った。

「かわいすぎ」

次の瞬間、詩歩は由香里にぎゅっと抱きしめられていた。

「え、山ちゃん…」

「詩歩!」

詩歩を呼ぶ鋭い声が飛んで来て、彼女は由香里に抱きしめられたまま後ろに振り返った。

「海」

海斗は鋭い視線を由香里に向けている。

「海、どうしたの?」

「彼は?」

由香里に強い視線を当てたまま、海斗が詩歩に聞いてきた。

「彼って? 山ちゃんは…」

苦笑しつつ、由香里は詩歩を離した。

「ごめん。保科。わたし、詩歩の友達の由香里だから」

それを聞いた海斗は狼狽し、その頬が真っ赤になった。
見たこともない彼の狼狽振りに、詩歩は呆気に取られた。

「あ…。す、すまない。君の事、男だと…」

「いや、謝られると、困るんだよね。そう見せかけたんだ。保科の本気知りたくてさ。ごめん」

「参ったな。詩歩はいい友達持ってるって言うべきなのかな、僕は?」

「そういうことにしといて」

苦笑いしながら海斗が頷き、由香里も頷いた。

詩歩の頭の中では、海斗と由香里のいまの会話が、ぐるぐるとひたすら回り続けている。

おかげで周囲の刺すような視線にも、詩歩は気づけなかった。

「もしかして、遊園地に行くの?」

混乱した顔をしている詩歩を見てから、由香里は保科に言った。

「遊園地?」

海斗が聞き返した。

「違うの?」

由香里が詩歩に向いて尋ねてきた。

詩歩は言葉に詰まった。頭がうまく機能してくれない。
彼女は頭の中でもう一度、由香里の質問を繰り返してから、口を開いた。

「えっと、絵を、観に行くだけ…」

「ふぅーん、美術館か?初デート…」

「山ちゃん!」

顔を真っ赤にした詩歩に睨まれて、由香里は笑いながら口を閉じた。

「それじゃ楽しんどいでよ」

詩歩から海斗に視線を移しながら、由香里は片手を上げた。

「ありがとう。それじゃ、行こう、詩歩」

由香里に片手を上げて応え、海斗は詩歩の背に手を当てると、詩歩を促しながら歩き出した。

必要以上にふたりの身体が密着している。

詩歩の頬はさらに赤く染まっていった。





   
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