恋をしよう 

ハロウィン特別編
マンネリに指摘



「ハロウィンパーティー?」

詩歩は眉をあげて、くるみの言葉を繰り返した。

くるみは楽しげな目で、うんと頷いた。

「いつやるんだ、それ」

瞳を熱く燃やした矢島が、ぐいっと顔を突き出してきた。

「来週の日曜日よ」

まるで邪魔者のように、くるみは矢島に向けてじゃけんな身振りで手を振りながら言った。

「なんだよー」

矢島は憐れっぽい目で、くるみに文句を言った。
くるみと矢島の日常…いつものじゃれあいだ。

「日曜日は駄目だ。俺、その日予定があるって言ったろ」

それだけ言うと、矢島はくるみに疑わしげな視線を向けた。

「くるみ、お前、俺がその日予定があるって言ったもんだから、その日にするって言い出したんじゃないのか?」

「あら?…予定があるって言ってたかしら?覚えがないわ。でも、いいじゃない。わたしたちはわたしたちで楽しむから。…ねっ、それで、私の家でいいかしら?」

「お、お前、お前らの大切な友であるこの俺様をなんだと…」

うるさく喚く矢島の額を、くるみは邪魔なハエのようにパシンと叩いた。

思ったよりも衝撃が強かったのか、矢島は大きく後ろにのけぞり、「あたた」と額に手を当てた。

身体を戻した矢島の額は、いくぶん赤くなっていた。
少し目が涙目になっている。

「日曜日は、僕らも予定があるんだ。残念だけど…」

矢島を不憫そうに見つめながら海斗が言った。

「えー、そっかぁ。それなら仕方ないわね。ふたり、いつなら空いてるの?」

「土曜日にしようぜ。俺、その日なら空いて…」

くるみは矢島の頬に手を当てると、ぐいっと反対方向に押した。

「うぎゃっ」

矢島が哀れな悲鳴を上げた。

「詩歩、いつならいい?」

詩歩は、ふたりの息の合ったやり取りに、くすくす笑いながら、相談するように海斗を見上げて目を合わせた。

「土曜日…?」

言葉を中途で止めて、伺うように見つめる詩歩に応えて、海斗が頷いた。

「…なら、いいみたい」

「それじゃ、土曜日で決まりね」

くるみは矢島をちらりとみて、ひどく残念そうに結論を下してみせた。
矢島はくるみのわざとらしい挑発に簡単に乗せられ、むっとした顔でくるみに凄んだ。

「君らのコントも、そろそろマンネリだな…」

海斗が冷ややかな声で言った。

冷め過ぎた海斗の言葉と表情に、くるみが憤慨して目を吊り上げた。

「言っておくけど、こういうアホらしいともいえるやり取りは、ともすれば退屈になりがちな日常のほのぼのとしたエッセンスなのよ。保科君には逆立ちしたって出来ない、価値ある芸当よ」

海斗が涼しい顔でふっと笑った。

くるみの顔がさらに険しくなったのを見て、詩歩はいささか慌てた。

「か、海…」

「論点がずれてるよ。僕は、マンネリを指摘したんだ」

くるみの顔が一瞬固まり、詩歩はハラハラしたが、間を置かずして、くるみは爆笑しはじめた。

「さすが保科君。でも、そうね、マンネリという意見は…くっくっ…熟考しなければならないわね」

笑い混じりにくるみが言った。ずいぶん楽しげだ。
詩歩はほっとして、いらぬ心配をした自分が可笑しくてならなかった。

「なんかさぁ…俺がおもちゃにされてるような気がするんだけど…それって気のせいなのかな?」

矢島は困惑した表情で、海斗の目を見返し、次にくるみに問いの答えを催促した視線を向けた。

くるみと海斗が同時にブッと吹いた。
詩歩は、ふたりにつられて吹き出しそうになるのをぐっと我慢して、くるみに問いかけた。

「あ、あの。パーティーの話は…?」

「そうそう。それじゃあ、準備の割りふりはね…」

「なんだ準備って?」矢島が戸惑いつつ尋ねた。

「ハロウィンなのよ。かぼちゃをくりぬいて飾り物作ったり、仮装の服や小物も作らなきゃならないでしょ?」

「へっ?」

眉を寄せて矢島が叫んだ。

「柏井さん、そんなことまでやる必要は…」

いくぶん呆れた顔で海斗が言った。

「ハロウィンなのよっ!」

くるみが怒鳴った。

勢いに押された3人は、同時に上半身を後ろにのけぞらせた。

くるみはその瞳に熱い闘魂を込め、その目はまるで、赤々と炎を上げているように見えた。





「ハロウィンパーティー?」

夕餉の食卓時、くるみ提案のパーティーのことを話した途端、真理がどでかい叫びを上げた。
叫びの勢いが過ぎて、中腰に立ち上がっている。

真理の隣に座っている詩歩の父である幸太も、真理の興奮した叫びにいささかぎょっとして、茶碗と箸を両手に身体を浮かせた。

「う、うん。なんか、これから準備とかするんだって、明日、学校の帰りに必要な材料買いに行って…」

「ハ、ハロウィンの準備って、何やるのっ?」

真理は、唾を飛ばす勢いで言葉を飛ばしてきた。
よほど興味を惹かれたらしい。

詩歩は三人との会話を思い出しながら、真理に詳しい説明をはじめた。

「大きなオレンジ色のかぼちゃあるでしょ?あれを買ってくりぬいて、飾りを作るとか…。あと、仮装の衣装も作るんだって…何の仮装をするのかは、明日までに決めなくちゃならないの」

真理の顔がみるみる紅潮してきたのをみて、詩歩は叔母の顔の変化の行く末をまじまじと見守った。

「ど、どこでやるの?そのパーティーだけど…」

真理の身体から、眩しいパワーが立ち上っているように見える。

詩歩はそんな真理に戸惑い、なんとなく助けを求めるように父に向いた。

幸太は、真理に愛しげな眼差しを向けていたが、詩歩の視線に気づくと、娘に向けてやさしい苦笑を浮かべて見せた。

「くるみちゃんの家だけど…」

「え…そ、そなの…?」

眩しいパワーが一瞬にして萎み、真理の肩がコトンと落ちた。
詩歩は叔母の様子に眉を潜めた。

「なんだぁ…それで、準備とかは?どこでやるの?」

「さあ、それはまだ聞いてないけど…」

真理がまた勢いづいた。

「我が家が、学校から一番近いんじゃない?」

なぜかやたら期待を込めて真理が尋ねてきた。

「うん?ううん。矢島君の家の方が近いみたい。…そうね、たぶん、矢島君の家で準備することになるのかしら?」

詩歩は考え考え答えた。
真理の勢いのパワーが、ジュッという音とともに消滅した気がして、詩歩はさらに眉を潜めた。

「あの、…真理さん?」

くっくっく、と小さな笑いが聞こえて、詩歩は父に向いた。

「詩歩、真理さんは、参加したいんだよ」

やさしさの溢れる声に笑いを滲ませて、幸太が言った。

「え?」

詩歩は目をぱちくりさせて父を見返し、それから叔母に向いた。

「そ、そんなんじゃ…」

「詩歩。パーティーを家でやれないか、みんなに聞いてみてくれないか?出来れば準備も…」

「そ、そんなわたし、そんなつもりとかじゃ…」

しどろもどろになっている真理を見つめて、詩歩は笑みを浮かべた。

「わかった。聞いてみる」

素直な性格の真理は、ひどく恥ずかしげだったが、その瞳には希望の光が浮かんだ。





結局、真理の希望はそのまま通った。
みんな真理が大好きなのだ。

真理を崇拝していると言ってもいいくるみは、特に喜び、真理にどんな仮装が似合うかを、一生懸命考えはじめた。

「真理さんは、やっぱり魔女かしら?どう思う詩歩?」

「うん。わたしもぴったりだと思う」

「よし。それじゃ、真理さんは魔女で決まりね。真理さんが魔女なら、詩歩のお父さんはなにがいいかしら?」

「父…も、仮装するの?」

「当然でしょう。参加者全員よ。詩歩のお父さんの場合、わたしたちが無理にでも勧めないと、ひとりだけ私服で参加しちゃうわよ」

あの父が、仮装などするだろうか?と考えた詩歩だったが、くるみの言う通りかもしれない。
みんなで無理やり着せてしまえば良いのだ。

きっと、恥ずかしがりながらも、父は楽しんでくれるかもしれない。

「真理さんが魔女なら、魔法使いだろう?」

海斗の言葉に、くるみはふんふんと納得して頷いた。

詩歩は魔法使いに変装した父を思い描いて、くすくす笑い出した。
案外似合いそうだ。

「私はハロウィンの定番、おばけよ。矢島君は狼男かしらね、やっぱり。…普段から理性が欠けてるからぴったりでしょう?」

「お前な、俺は理性の固まりだぞ」

「お、驚きだわ!」

くるみは、言葉どおりに驚きを顔に貼り付けて叫んだ。

「驚きって、何がだよ?」

眉をしかめて矢島は問いただした。

「理性の意味すら知らないなんて…」

「ナイス」

さりげなく親指を突き出した海斗が、くるみに向けてぽつりと言った。

「保科、お前なー」

矢島が突然乗り出してきて海斗の首を締め上げようとした。
だが、海斗はひらりと身をかわし、矢島の両手は宙を泳いだだけだった。




   
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