《シンデレラになれなくて》 番外編
 百代視点


第20話 手帳の秘密



ピラフを口に頬張り、百代はその味に満足の笑みを浮かべた。

サラダに濃厚スープまでついて三百五十円の、お徳セットだ。

月のうち、半分は母の手作り弁当だけど、残りの半分は五百円もらって学食を食べてる。

一日置きってのが、ママらしいってか…
母によると、毎日じゃないから、楽しんで作れるんだそうだ。

お弁当も美味しいけど、五百円もらえるのもありがたいんだよね。
お小遣いとは別だし、節約すれば、残ったお金はお小遣いに回せる。

ピラフを半分くらい食べたところで、百代はそれぞれお昼ご飯を食べている蘭子と愛美に目を向けてみた。

蘭子は、学食だけど、リッチなスペシャルランチセット。
かたや愛美は、自分で作ってきたお弁当。

こいつが美味しそうなんだよね。
特に、玉子焼き♪

つやつやと照り輝き、百代を誘う。

百代は本能が導くまま、すーっと手を伸ばし、金色に輝いている玉子焼きを掴んだ。

玉子焼きの持ち主は気づくべきだが、ぽわんとした顔でなにやら考え込んでいるため、百代の本能による暴挙に気づくことはなかった。

つまらなそうな顔をして、スペシャルランチをつついている蘭子も同様に気づかずだ。

なんの障害もなく口に入れ、美味なる玉子焼きを味わいながら、百代は愛美をじーっと見つめた。

どうやら、パーティで運命の出会いをした王子様と、うまくいってるようだ。

夢見るお姫様のように瞳がキラキラと輝いてる。

愛美を見つめていても、なんの気掛かりも感じないし、彼女は安心してていいらしい。
愛美の王子様は、愛美を傷つけたり泣かせたりしないだろう。

いったいどんな男性なのか、気にならないといったら嘘になるけど、いずれ紹介してくれるはずだから、彼女はそのときを楽しみに待てばいい。

そういえば…
今月は愛美の誕生日なんだよねぇ。あいにく平日だけど…

愛美、誕生日は王子様と過ごせるんだろうか?
誕生日前後の休日に祝うのかな?

彼氏と会わない日に、わたしもお誕生日会してあげたいけど…

百代は、もうひとりの友、蘭子に視線を向けてみた。

蘭子が率先して誕生日会やりそうなんだけど…いまのとこ、相談も受けていないし…

やるつもりはあるのかな?

この最近、蘭子はまったくふたりを誘ってこない。
それは、愛美もわたしも彼氏ができちゃったと思いこんでいるからだ。

もちろん、愛美には確かに彼氏ができたわけだけど…
相手が違うってこと、蘭子は知らない。
蘭子は、愛美の相手は保志宮氏だと信じ込んでる。

三次からは、お芝居からこっち、すでにかなり経ったけど、なんのコンタクトもないまま。

けど彼は、いらいらしてるんじゃないかと思う。
あのひとは、謎を謎のままにしておけるひとじゃないし…

いますぐにでも、謎の解明をしたいはずだが、彼は自分から行動を起こしたくないのだ。

素直じゃないよね。まあ、そういうとこ、魅力にも感じるけど…

三次の事を頭から消し、百代はポケットから黒い表紙の手帳を取り出した。

愛美も蘭子も、こいつは謎の本だと思い込んでいる。

まあ、わたしがそう思い込ませたんだけど…

書いてある文字が、百代と慶介で作ったものだから、当然、この文字は作ったふたりしか読めない。

表紙を開き、すでにぎっしりと書き込まれているページを見つめる。

予感とか想像で書き込んだものだ。
月が終わった時、どのくらいその予感が当たったか、確認して楽しむのが百代の趣味なのだ。

えーと、愛美の誕生日が二十二日。

その前の週に、何かありそうな気がするんだよねぇ〜。

なんにしても、今週末、愛美のプレゼントを用意するとしよう。

「あら?」

驚いたような愛美の小さな叫びに、百代は手帳をパタンと閉じ、顔を向けた。

「愛美、どうしたん?」

戸惑った様子で、愛美は自分の弁当箱を見つめている。

「玉子焼き…入れてたんだけど…」

百代は愛美のお弁当箱に視線を当てた。

確かに、愛美の弁当箱には三切れもの光り輝く玉子焼きが入っていた。

そして、持ち主がぽけっとしている間に、百代の手につかまれてひとつは口に運ばれ…

そういやあ、食ったなぁ。残りの二個も…

頭を探ってみると、ちゃんと食べた記憶が残ってるようだ。

「愛美、入ってなくて当たり前だよ」

「えっ?」

驚いたように愛美が見つめてくる。

「無意識だったけど、美味しく味わって食べた記憶が、ここにあるよ」

百代は自分の頭を、指先でつつきながら白状した。

「ご馳走様でした。愛美ありがとう」

ぽかんとしてる愛美に、百代はお礼を言って、にっと笑ってみせた。

「あんたってば、馬鹿じゃないの!」

そう言ったのは、もちろん愛美ではない、気の強い蘭子だ。

「ひとのもの勝手に食べるなんて…」

「まあまあ、キラキラ光ってるものには、知らぬ間に手が伸びるんだよぉ。魂が誘われちゃうんだねぇ」

「百代、あんたねぇ」

「蘭ちゃん、い、いいの」

目を釣り上げている蘭子を、愛美が慌てて押しとどめる。

「美味しく食べてもらえて、玉子焼きも嬉しいだろうから…」

さすが、愛美はよくわかっている。
性格のよさも天下一品。

もうひとりの友は、ちょいと性格に難ありで手がかかるが…それもまた…

蘭子に話しかけようとした百代は、ビシッと音がしたように蘭子が固まったのを見て、口を閉じて眉を上げた。

ほんと、口は素直じゃないけど、魂は素直なんだから…

蘭子が座っているテーブルの横を、風のように通り過ぎていったのは、櫻井だった。





アンティークなドアを開け、中へと入った百代は、店内をゆっくりと見回した。

ここは、彼女が入り浸っている石ころショップだ。
いたるところ、石だらけ。

小皿に入れられた、小さくてカラフルな石たちが、ずらりと並び、目の高さには、石のついたペンダントたちがぶら下っている。

壁際には、ピアスや指輪にブレスレット…

小物ばかりじゃなくて、大きな石もあちこちに置いてある。
そういうのは、ケヘヘと笑っちゃうくらいの値段だったりするんだけど。

「桂崎さん、いらっしゃいませ」

ほんわかした呼び掛けをもらい、百代は顔を向けた。

「こんにちはぁ」

顔馴染みのこの店の経営者、兼、店長さん。

とても若く見えるけど、見た目よりもずっと年齢が上だとわかる。

石のことにとても詳しくて、そのときそのとき、お客様にぴったり合うものを選び出す能力のあるひと。

「今日は、どんなものをお探しですか?」

「誕生日プレゼントにするんだけど…」

「そうなのですか」

やさしい笑顔に心が和み、ついついこちらも笑み返してしまう。

この店長さんに、愛美にぴったりのもの、選んでもらっても良いのだが…

百代は、店内にある石を楽しみながら眺めて歩いた。

最後までピンとくるものがなかったら、店長さんに頼むとしよう。

水晶のクラスターとか、アポフィライトなんか…愛美が喜びそうだし…いいんだけど…

予算は限られてるしなぁ〜。

値段を確認しつつ、全部の石に意識を向けてみたが、これというのは見つけられなかった。

残念…

こうなったら、それなりに愛美らしさを感じるものにするしかないか。

「桂崎さん」

店長さんに呼ばれ、百代は振り返った。

「はい」

「昨日入荷したばかりのものがあるんですけれど、ご覧になります?」

「なります、なります。どんなのがあるんですか?」

百代はわくわくしつつ店長さんのところに駆け寄った。

「あんまり予算ないんですけど、クラスターか、アポフィライトがいいなって…」

開けられた段ボール箱にかざした手のひらを、ゆっくりと円を描くように動かしていた店長さんが、小さな包みを取り出す。

包みの中から出てきたものを、店長さんは手のひらに転がして百代に差し出してきた。

「桂崎さん、これなどはいかがですか?」

「わあっ、水晶の玉ですね」

シンプルな丸い玉。
だけど、透明でまん丸の玉って、この店ではあんまり見たことない。

クラックもなくて、澄み切っている。

クラックがあるものも、光に当てると虹色に輝いたりして、好きなんだけど…

この玉を見てると、とってもドキドキする。

店長さんから玉を受け取って握り締めてみたら、手のひらが笑いたくなるほどジンジンしてくすぐったかった。

なんか、この玉、喜んでるみたいに感じる。

「これにします」

「ありがとうございます」

店長さんはにっこり微笑んでそう言った後、さりげなく値段を教えてくれた。

予算ぴったりで、さすがの百代も、ちょっとどきりとする。

「この玉は、桂崎さんのご友人を守ってくれますよ。持ち歩くようにアドバイスなさると良いですね」

ラッピングされた玉を受け取る時、店長さんはそう言葉を添えた。

店から出て、駅に向かっててくてく歩いていた百代は、贈る相手が友達だとは口にしていない事実に、いまさら気づいた。

思わず空を見上げてしまった百代は、そんな自分にくすっと笑った。





   
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