《シンデレラになれなくて》 番外編
 魔女っ子百ちゃん編


Magical momo


第41話 安堵の吐息



ようやく到着した担架に愛美を乗せ、保健室に向かう。

ともかく意識が戻り、会話も普通にできたことでほっとしたが、しっかり検査してもらわないと、頭を打っているのだ安心はできない。

それにしても、櫻井はどこに行ってしまったのだろう?

女神像が倒れてくる瞬間を櫻井だって見ているのだ、事故後、率先して指揮を執ってしかるべきなのに……

まさか、女神像を倒した犯人を見て、追いかけていったんじゃ。

犯人は慶介も追っているはずなのだが……

捕まえられたのだろうか? それとも、まだ追っているところだろうか?

はやいところ、ふたりに確認して真相が知りたいが……

いまなにより優先すべきは、愛美の身体だ。

ここでの診断がどうあれ、どのみち病院に連れて行ってしっかりと検査してもらわねばならない。そのためには車が必要だ。藤堂家の車を使わせてもうとしよう。

勝手に手配してしまっても、蘭子が怒るはずもない。

百代は担架に着いてゆきながら、蘭子の送り迎えを担当している運転手に電話をかけ、迎えの手配をした。

携帯をポケットに戻し、愛美の様子を確認しようと目を向けたが、愛美ときたら、毛布を顔にまで被ってしまっている。

担架に乗せられて運ばれているこの状況が恥ずかしいんだろうけど、どのみち、本人とは分からぬくらい厚化粧しているのだから、知った奴に見られたところで愛美と気づかれる心配はないのだが……

顔が見えないと不安が湧く。また気を失ったりしてないよね?

百代が毛布に手を伸ばしかけたそのとき、「百代っ!」という蘭子の叫びが後方から聞こえた。

振り向くと、蘭子が必死の形相で駆けてくる。

「愛美が怪我をしたってほんとなのっ!」

どんなふうに愛美のことが蘭子の耳に伝わったのか、相当動揺しているようだ。

痛いほどの力で腕を掴まれ、揺さぶられる。

「蘭子。落ち着きなって」

「何があったのよ。愛美は大丈夫なの?」

「意識はしっかりしてるから」

「蘭ちゃん」

愛美の声がし、百代は顔を向けた。愛美は毛布をずらし目だけ出している。だが、まったく愛美に見えない。

「ま、……愛美?」

蘭子はぽかんとした顔で、愛美に問い返す。

蘭子のこの反応は当然のものだ。
この目だけを見て、愛美だとわかるはずもない。

「愛美だよ。見えないだろうけど……」

百代はくすくす笑いながら言った。

「け、化粧が凄すぎて……愛美に見えないじゃないの!」

やれやれ、蘭子ってば、いくら困惑させられたからって、怪我人に怒鳴りつけるとは……

「まあまあ。ほら、保健室に着いたよ」

愛美をベッドに寝かせ、あとは校医に任せる。

「……まあ大丈夫そうだけど……ともかく後頭部を打ってるし、病院でしっかり検査を受けたほうがいいわね」

「は、はい」

「それは当然よ。すぐに病院に行きましょう。……すぐに車を呼ぶわ」

携帯を取り出している蘭子に、もう手配したと言おうとしたが、愛美が慌てて蘭子を止める。

「学園祭はまだ終わらないんだし、わたしはここでおとなしく寝てるから、ふたりとも遊んでおいでよ」

「遊んでなんかいられるわけないでしょう!」

蘭子ときたら、怪我人の愛美を怒鳴りつける。怒鳴られた愛美はベッドの中で小さくなった。

「藤堂さん、大声を出さないで」

校医が蘭子を叱ったが、腰に手を当てた蘭子は、振り返りもしない。

百代は校医と目が合い、思わず互いに肩を竦めあってしまった。

「なんか……ごめんね」

申し訳なさそうに言う愛美に、百代は首を横に振った。

「愛美が謝るこっちゃないわ。なんの罪もない被害者なんだから」

百代が何気なく口にしてしまった言葉に、蘭子が激しく反応した。

「そうだわ。加害者は誰なの? 愛美に何が起こったのよ」

噛みつくように聞いてくる。

愛美がこんなことになった事態に、自分が大きく噛んでいるため、百代の中で罪の意識が膨らむ。

「女神像があってさ、そいつが愛美の上に倒れてきたんだよ」

「うんまあ! それじゃあ責任者の櫻井のせいってことじゃないの」

蘭子はそう言いながら、何かを探すように周囲を見回す。櫻井を探しているのだろう。

彼の姿がないことに、蘭子は不機嫌に顔を歪める。

「で、櫻井はどこにいるのよ?」

「それがおかしいんだよね。櫻井、あの場にいたのに。愛美が女神像の下敷きになってからこっち、ぜんぜん見当たらないんだよね」

「あの男。まさか責任被りたくなくて、逃げたんじゃないでしょうね」

「蘭子!」

百代は鋭く叫んだ。

「櫻井はそんなやつじゃないって、わかってるでしょ?」

蘭子は顔を赤らめて、百代から視線を逸らした。

「だ、だって……。なら、いま現在、自分の彼女の愛美が、こんなことになってるってのに、あいつはどこで何をやってるっていうのよ」

そいつは百代にだってわからない。

そのとき着信が入り、百代はポケットから携帯を取り出した。

「はい」

『桂崎様、学校のほうに到着しました』

「どうもです」

『あの、蘭子お嬢様も、ご一緒なのですよね?』

「ええ、もちろん蘭子も一緒です。すぐに行きますから、よろしく」

百代は携帯を閉じ、愛美に向いた。

「迎えが来てくれたわ。行こう。あっそうだ。ほい愛美、これ」

話しているとちゅで愛美の眼鏡のことを思い出し、取り出して愛美に手渡す。

「迎えって、誰が来たの? 迎えならわたしが頼むのに……」

百代は蘭子に笑顔を向けて口を開いた。

「うん。だから代わりに呼んどいたわ」

「はぁ?」

かなり戸惑っているふたりが愉快だ。

「愛美、歩ける?」

愛美が頷くのを見て、百代は書き物をしている校医のところに歩み寄った。

「先生、迎えの車が来たので、彼女、病院に連れてゆきます」

「ああ、そう。良かったわ。気をつけて。あまり激しく身体を動かすようなことはしないようにね。それと、怒鳴り合いは、患部に良くないわよ」

たしなめるように言われ、百代は笑って頷いた。

「先生、わたしたちの担任に、早退したこと伝えておいてもらえますか?」

「いいわよ」

「助かります。先生、ありがとうございました」

愛美と蘭子も校医に礼を言い、三人は保健室を後にした。

部屋から出たところで百代はふたりに向いた。

「わたし、教室に戻って荷物取ってくる。ふたりは先に行ってて」

「迎えはどこに来るの?」

「もち、いつものところだよ」

百代は駆け出しながら蘭子に答えた。

「いつものって?」

蘭子が叫び、百代は振り返った。

こんなことで呼び止められて、ちょっともどかしい。

いつものっていったらいつもの場所に決まってるってのに……

「蘭子のお迎えだよ。愛美が担架で運ばれているとき、迎え頼んだの」

説明を終えてからふたりに手を振り、踵を返して駆け出す。

教室までノンストップで走り、三人の鞄を手にして引き返す。

コスプレの準備室に、色々と荷物を置いてあるが、なくて困る様な私物はないし……

あっ、愛美の制服があるか……

そうだ、あそこの荷物は櫻井に頼むとしよう。

だが、三人分の鞄を手にしてでは、さすがに電話はできない。

走り続けで息も上がっているし、休憩を兼ねて足を止め、携帯を取り出した。

慶介の方が正直気になるのだが……ともかく、櫻井だ。

けれど、電源が切ってあるのか、繋がらない。

百代はフルスピードで、必要なことすべて盛り込んだメールを打った。

送信し、すぐさま慶介に電話をかける。

呼び出し音が鳴るが、いくら待っても出ない。

「うーん。おかしい……」

たとえサイレントに設定していても、電話がかかってきているのに気づかない慶介ではない。

つまり、いま電話に出られない状況と言うことになるわけで……

慶介のことだから、何か理由があって出られないだけで、困った状況に追い込まれているということはないと思うのだが……

慶介は愛美にけがを負わせた犯人を追って行ったのだし、まさか、危険な状況に陥ってたりするだろうか?

そのとき、メールが来た。慶介だ。

(こっちは心配いらない。事情は櫻井に聞け)

メールを読んで、思わず安堵の吐息を漏らす。

なにやらよくわからないが、櫻井は慶介と一緒にいたってことらしい。

百代は鞄を持ち上げ、愛美と蘭子の待つ場所に向かって駆け出した。





  
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