|
その24 いじめ発覚
電話の呼び出し音は鳴り続くばかりで、聡は待つ間イライラと机を指先で叩いていた。
「彼女に電話か?」
通りざま、ジェイが意味ありげに聡に言った。
職場にいた数人が、驚きを含めて聡に向いた。
もちろん、ジェイと並んで歩いていた美紅も、驚きを込めて彼を見つめている。
他のやつらはともかく、ジェイは亜衣莉に掛けているとでも思ったのだろうか?
仕事中に彼女に掛けるわけがない…
「もしもし、伊坂というものだが、久野更紗をお願いしたいんだが。…」
聡は顔を上げ、まだ聡を注視している目を、ひとつ残らず睨みつけた。
ほとんどが怯えて目を伏せたが、ジェイだけは楽しげに聡を見つめている。
聡は更紗が電話に出てくるまでの間に、久野更紗が彼の叔母であることを美紅に告げておけと、ジェイに視線で命じた。
憎たらしいジェイは、なんのことだとでも言うように小首を傾げてみせた。
「ジェイ、分かってるくせに…」
更紗叔母の声が聞こえ、聡はジェイを睨むと、気持ちを切り替えるように携帯を持ち替えた。
「どうも、聡です。お久しぶりです」
聡は更紗と久方ぶりの挨拶を交わし、本題に入った。
「頼みがあるんですよ。今夜逢えませんか?」
「よろしくてよ。うちにいらっしゃる?」
「出来れば、二人きりで話がしたいんですが」
「仕事が早く終われるのなら、店にいらっしゃる?新しい店を出店したこと、ご存知でしょ?いまそこにいるの」
「それなら、六時に伺います」
聡は携帯を切り、腕の時計で時間を確かめた。12時50分。
立ち上がって部屋を出ようとした聡の前に、ジェイが立ちはだかった。
「久野更紗って、服の販売店を経営している君の叔母だな。僕も何度かお会いしたことのある」
「ああ、そうだ」
聡は簡単に答えると、ジェイをかわして歩き出そうとしたが、また彼に阻まれた。
「彼女の店ってどこにあるんだ?」
「彼女のところで、服を買うのか?メンズの店は…」
「いや、ドレスだ」
ジェイが声を潜めて言った。
トイレにでも行ったのか、背後に美紅の姿はない。
どうやら、彼は美紅にプレゼントするつもりのようだ。
クリスマスプレゼントだろうか…
聡はジェイに新しい店の場所を教え、その場から歩き出そうとした。
その時、可愛らしいオルゴール調のメロディが聡のポケットから漏れ聞こえた。
音量を一番低くしていたのだが、思った以上に耳に響く音だ。
「ずいぶん可愛らしい着信音じゃないか。出なくて良いのか?」
まだ鳴り続けている携帯を持ったまま、部屋を出ようとする聡の肩を、ジェイが掴む。
こいつ、もしかして、すべて知っていて絡んできてるのか?
案の定、ジェイはこう言った。
「ああ。分かった。メールだな。君に、メルトモがいたとはね」
昼食からほとんどの社員が戻ってきていた。
メルトモを強調したジェイの言葉に、全員が反応して聡に振り返った。
ほんとうに、こいつをここに呼んだ自分の首を絞めてやりたい。
「この似非外人!」
「その言葉はもう知ってるよ」
聡はむっと口を引き伸ばし、職場を後にした。
階段の踊り場まで急ぎ、そこでメールを開く。
☆☆
伊坂さん、昼食は美味しかったですか?
わたしも伊坂さんとの約束を守って、お昼のお弁当、残さず食べました。もうお腹いっぱい。
5時限目、寝ちゃわないかとても心配です。
午後からも、お仕事頑張ってくださいね。亜衣莉
☆☆
文章のところどころに散りばめられた可愛らしいマーク。
思わずしまりなく口元が弛んでしまう。
聡は短い返信をして、携帯を閉じた。
「君の方は、着々と進んでいるようだな。羨ましいよ」
階段の一番下の段に足を掛けたジェイが、彼を見上げていた。
「お前、どこまで着いて来るんだ。ひとのことに構うな」
「ここは人影は少ないが、公共の場だ」
「お前たち、うまくいってないのか?」
ジェイが珍しく表情を曇らせた。
「言葉にしづらい微妙さでね。今夜、相談に乗ってくれないか?…いささか打つ手に困ってる」
「それなら、昨日話せばよかっただろう」
昨日はひさしぶりにふたりで飲んだのだ。
ジェイからしつこく誘ってきたから、何かあるのだろうと思ったのに、彼は特別何も言わなかった。
「…反応を見たんだ」
「反応?誰の?」
「決まってるだろ。今夜、また深夜の仕事場を襲撃するよ。ふたりで密会をしよう」
そういうと、ジェイは聡と並んで歩き出した。
彼らのすぐ前を歩いていた女子社員が、会議室に使う小さな部屋のドアを開けて中に入ろうとした。が、彼女はドアを大きく開けたまま立ち竦んだ。
彼女を避けて通り過ぎようとした聡は、開けられた部屋の中に視線を当て、ぴたりと足を止めた。
部屋の中には、七、八人の女子社員がいて、突然開いたドアに驚いたようにこちらに振り返っていた。
その中央にいて、彼女達に腕や髪をありえないほど乱暴に掴まれているのは…
聡が行動を起こす前に、ジェイが飛び込んだ。
唖然としたまま美紅を囲っている連中を突き飛ばすと、ジェイは美紅をぎゅっと抱き締めた。
「美紅、これが初めてじゃないだろ。どうして言わなかった」
ジェイの声が激しい怒りに震えている。
「わたし…ごめんなさい…」
「どうして君が謝る。謝らなきゃならないのは…こいつらだろ」
ジェイの激怒した表情に全員が震え上がった。
今度は聡が動く番だろう。
「全員、一緒に着いてきてもらおう。ここで逃げ出したやつは、今日付けで解雇する」
何人かが真っ青になり、数人が泣き出した。
こんなことをしておいて、泣いて懇願したくらいで許されると思うほど甘くないことを、彼女らには教えてやらなければなるまい。
部屋を一歩出たところに、ひとりの女子社員が佇んでいた。
この女子社員は知っていた。聡の部下と付き合っている子だ。
そして、聡とジェイが通るタイミングで、先ほどこの部屋を開けたのは…
聡はその子に、感謝を込めて小さく頷いた。
彼女はほっとした顔で微かに頷き返した。
|
|