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その3 贈り物を探して
デパートのエスカレーターの前にあった、店内の売り場案内板をふたりは眺めていた。
「まず、どこの売り場に行くか決めましょうか」
「それがいいな。めぼしい売り場をチェックして、下から上に順に行こうか?」
「そうだなぁ、貴金属、バッグ、財布、靴、服。そんなところかな?帽子なんてものもありだろうけど…帽子はひとによるから」
「帽子か…帽子は、あまり身につけないみたいだな」
思い出しながらそう言った遥輝は、あることを思い出してぶっと噴き出した。
「どうしたんですか?」
「いや。以前、彼女が意表をつく格好をしてきて…そのとき…被り物というか…それを思い出してね」
「意表をつくような格好って?どんなのですか?」
「いや」
遥輝は、笑いながら手を横に振った。
こんな話を、ひとにするわけにはゆかない。
あの日のことは、思い出すたびに笑いが止まらなくなる。
祥吾と莉緒のふたりは、チャンスがあるごとに、弥由をからかって楽しもうとする。
そしてあの時のあの姿も、祥吾と莉緒にそそのかされてのことだった。
ドアを開けたそこには、跳びすぎた女子高生がいた。
赤いリボンのついた夏服のセーラー。
超ミニのスカート、紺色のハイソックスにローファーの靴。そこまでは普通だった。
社会人の彼女がセーラー服を着ることが普通と言えればだが…
跳びすぎだったのは、セミロングのクルクル巻き毛の金髪のかつら…
制服姿より、あの派手すぎる金髪のかつらは、心底遥輝の意表をついた。
可愛らしいことは可愛らしかったのだ。
クルクル金髪巻き毛の弥由。
遥輝が最後まで笑いを堪えられていたら、彼女はあのかつらを取らなかったかもしれない。
後になるほど、あの時の弥由を写メで撮っておけばと思ったものだ。
遥輝が必死で笑いを堪えるのを見て、弥由はすぐに着替えた。
祥吾と莉緒にノセられつつも、これまでのことがあるから着替えを用意していたのだ。
彼女も少しずつ学んでいるらしく、祥吾と莉緒のからかいに用心しているのか、それきり、そこまで意表を突かれるような出来事は起こっていない。
驚かされるのが好きというわけではないが、あの騒ぎがかなり楽しかったことは否めない。
「俺。高校くらいの時、姉貴にかなり安物のネックレス、誕生日に贈ったことあったんですよ。そしたら姉貴、喜んでくれたのはいいんだけど、その日からずっとそのネックレスつけてて…壊れるまで…」
エスカレーターに乗ったところで、遥輝に振り向きながら彼が言った。
「素敵なお姉さんじゃないか」
「いくらなんでも、いまはそんなことはしないと思うんだけど、そうしそうな気がして、アクセサリーは、それ以来贈ってないんですよね」
「でも、いいんじゃないかな。つけてるのは、それだけ嬉しかったからってことだろうし」
「まあ、そうなんですけどね。それじゃ、まずバッグとか、見てみますか?」
ふたりは連れ立ってバッグの並んだ棚を見て回ったが、見れば見るほどわけがわからなくなるばかりだった。
「…バッグとか選ぶのは難しいな」
「ですね。ほんじゃ、次行きますか?」
ふたりは上の階にゆくために、またエスカレーターに乗った。
「で、彼女さんって、どんな人なんですか?」
彼が振り向いて聞いてきた。遥輝は、弥由を思い浮かべて微笑んだ。
「一言で言うと…そうだな。ちょっと変わってる。どうも人の気持ちを汲み取るのがへたみたいで、ずいぶん楽しませてくれるよ」
「変わってるから好きなんですか?」
「いや。なんていうか…彼女のこういうところが好きとかじゃないんだ。ただ、彼女だから…としか言えないな」
「惚れこんでるんですね」
「まあ…そうなのかな」
祥吾や知り合いが相手であれば、遥輝はけして口にしなかっただろう。
初対面でこれきりの付き合いだという安心感から、逆に気を許して話せるのかもしれない。
それに、相手のもつ誠実な雰囲気も関連していそうだった。
遥輝たちは、4階まであがり、いろんな店を素通りして行った。
品物はいくらでもあったし、これはと思うものもあるのだが、どうしてもピンと来ない。
5階にあがった目の前に貴金属の店があり、ふたりはまっすぐに歩き寄った。
ガラスケースの中には、ケースごとに宝石の種類わけをして、装飾品が飾ってあった。
「うわー。すげえな。この値段」
「確かに。でも、それなりのものもあるよ。ほらこのあたりとか」
そのケースには、数万円程度のネックレスやらブレスレットが入っていた。
こういう時のお約束で、黒のスーツを着た女性が、音も立てずに滑るように近付いて来た。
「お客様。どういうものをお探しですか?贈り物ですか?これなんかいかがですか。こんなに大きなルビーがついていてこの値段というのは…」
「悪いけど、あっち行っててくれないか。店頭で、長々とセールス聞くの好きじゃないんだ。俺」
そう言ったのは、遥輝ではない。連れの男性だ。
言われた店員は、むっとしたものの、客に文句も言えず離れて行った。
「君、凄いな」
「正直なもんで…すんません」
「僕に謝ることないさ。おかげで助かったよ」
「それでどうですか?何かめぼしいものありました?」
「それが…やっぱりピンと来なくて…君の方は?」
「俺は…そうだな。姉貴、可愛い置物とか案外喜ぶんで、そういう店に行ってみようかな」
「置物?」
「行ってみますか?」
「ああ。ここにいても見つけられそうにないから」
「指輪は?まだ考えてないんですか?女性なら誰でも喜ぶんじゃないかな」
「まだ早いかな。付き合いだして二ヶ月なんだ。クリスマスも来るし、指輪はまたにするよ」
言いながらどんどん頬が熱くなって来る。
相手がそんな遥輝を目にして苦笑しているのを見て、遥輝は頭をかいた。
「とにかく、その置物とかある店、行ってみようか?」
彼が連れて行ってくれた店は、女性の喜びそうなものが山ほどあった。
キッチン用品、バス用品、部屋の飾りに可愛らしい置物。そのすべてが洒落たデザインになっている。
店内は、若い女性ばかりでいささか照れくさかったが、ここならば弥由にぴったりのものが見つけられるかも知れない。
「それじゃ、俺も何か探してきます」
彼はそういうと、さっそく離れて行った。
遥輝は右に左に視線を向けながら店内の品物を眺めて行った。
どれを買っても、弥由を驚かせ喜ばせることが出来そうだったが、ピンとは来ない。
祥吾の言うとおり、適当なところで手を打つしかないのだろうか?
そう諦めかけたとき、遥輝の目にあるものが飛び込んできた。
キラキラと輝くクリスタル。
ワンコーナーに、クリスタルで作られた置物が飾られ、店内の一番奥まった場所なのに、そこだけが圧倒的な存在感を持っているように遥輝には感じられた。
値段は、手の込んだものとそうでないものとの違いなのか、かなりの開きがあった。
安いものは、ためらいなく買える金額だ。
デザインの種類は驚くほどさまざまだった。そして大きさも。
クマや子犬子猫、馬などの動物もの。
薔薇などの花や、花カゴ。可愛らしい天使。
そんな中、遥輝の視線は、ひとつのクリスタルガラスのオーナメントに止まった。
まるこい魚が、大きな目でこちらを見つめている。
一週間前に、水族館に行った。
前にも一度、土砂降りの中行ったことのある水族館だった。
彼女が行きたいと言うので行ったのだ。
その時、弥由が、この魚のいる水槽の前で話してくれた。
前に来た時の、彼女の思いを…
「どうですか?何かいいものありましたか?」
その声に、遥輝は物思いから覚めた。
「ああ。うん。これにしようかなと思ってる」
「へーっ、クリスタルの魚ですか?彼女さん、魚が好きなんですか?」
その言葉に、意外性と心配を混ぜたようなニュアンスを聞き取って、遥輝は苦笑した。
たしかに、これだけたくさんの可愛らしいものが並んでいる中から魚を選んだことは、彼から見れば意外なことだろう。
「うん。まあ、色々あってね。買ってくるよ。そうだ、君の方は…?」
「ええ。見つけてもう買ってきました」
彼は片手を上げて、遥輝に紙袋を見せた。
「君は何にしたんだい?」
「写真立てです。可愛いのがあったんで。彼氏の写真でも入れて飾ってくれそうだから…」
「それもいいな。それで…彼氏は、君の眼鏡に適った男かい?」
「うーん。まだ面識ないんでなんともいえませんが、良い人だと思いますよ。姉が選んだひとなんだから」
「僕も彼女の家族にそう言ってもらえるといいんだが。まだ彼女の妹としか逢ってないんだ」
「あなたなら大丈夫ですよ」
遥輝はクスクス笑い出した。
彼が大きく頷きながら言ってくれた言葉は、心に妙に温かかった。
ふたりともに、無事買い物を終え、ふたりはデパートの入り口まで来ると、どちらからともなく軽く手を振って別れた。
「遥兄、どこ行ってたんだよ。もう。ちっとも来ないんだもんな。こっちはこんな荷物抱えてるってのに」
その言葉どおり、祥吾のぶら下げている荷物は凄かった。
仏頂面で左手の袋を差し出してきた祥吾から、遥輝は荷物を受け取った。
「なんだこの量は?いったい何をこんなに買ったんだ」
「サプライズにかかせないものばっかりさ。へへっ。ところで、買ったの?」
疑わしげな目を向けられ、遥輝は紙袋を小さく振って見せた。
「この通り、買ったよ。それじゃ車に戻ってこの荷物入れて…あとは食材だな」
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