ナチュラルキス
natural kiss

2011 Christmas特別編
 心に贈り物



「ならば、叶えてあげようか」

ひどく現実味のない声が聞こえ、啓史は眉を寄せながら、目を開いた。

えっ?

周囲を見回し、どきりとする。

真っ白だ。どこもかしこも。

ここは……いったい?

そのとき、ようやく気付いた。

夢……なんだよな。

俺、もう眠ったのか?

それにしても、夢の中らしくない。

夢なら、もっとこう……なんてのか、こんな風に現実っぽく考えないよな?

「私が見えないのかね?」

また声がした。

啓史は眉をひそめて、周りを見回した。

なぜなのか、声が聞こえてくる方向を特定できない。

夢だからか?

「夢ではある」

また声がし、啓史は笑いが込み上げた。

いまの声は、啓史の思考に対し、返してきている。
つまり、夢の中ということだ。
それに、その声もまた、これは夢だと答えてきたのだ。

「夢なのはわかったが……なんでこんな夢を俺は見てるのかな? 答えをくれないか?」

「おや、……啓史殿に望まれてきたつもりだったが……」

「望まれて? 俺に?」

「榎原沙帆子」

啓史は、むっとして周りを見つめた。

「その名を口にするのはやめてくれないか」

「なぜかな?」

「なぜでもだ」

「ふむ。だが、啓史殿は、彼女がどんなイブを過ごしたか、そしてどんなクリスマスを過ごすのか、知りたいと強く望んだのではなかったか?」

啓史は気まずくなり、そしてむかっ腹がたってきた。

「どういうたちの悪い夢なんだ」

「夢であるが、夢ではない」

「はあっ? なあ、いい加減出てこいよ。姿を見せろ! 相手が声だけじゃ、いくらこれが夢でも気分が悪いぞ」

「啓史殿の目が私を拒むのに、姿を見せろと言われても……」

困ったように答える。

まるで意味が分からない。

「まあ、だが声が届くのだから……啓史殿は、啓史殿が思うより、信じる心を忘れてはおられぬらしい」

「悪いが、もう消えてくれないか? こんな真っ白けの夢の中で、問答を繰り返すだけなんて馬鹿々しい……」

「いやいや、これからなのだよ。啓史殿はすでに私の世界におられるのだ。さあて、では啓史殿の望みを叶えるとしよう」

その声のあと、ふわっと空気の流れを感じた。そして、足で踏みしめていたはずの床の感触が消えた。

「わあっ」

身体が後方に倒れていき、啓史はじたばたともがいた。

「見えるかね?」

声が言う。

啓史は、自分が倒れていないことを確認し、足裏に当たっている床が確かにあると確認するために踏みしめた。

「もおっ、このシャンパン、どうやったら開くわけ?」

大きな声がし、啓史はぎょっとした。

すぐ目の前に、シャンパンを手にした女の子がいる。
その顔は、見覚えがあった。

江藤詩織だ。
そして、江藤の隣に座っているのは飯沢千里……

さらに、もうひとり……

沙帆子の横顔を見つめた啓史は、驚きが過ぎて激しく息を吸った。

部屋の中だ。リアルすぎる。残念ながらこれが夢だなんて思えない。

ど、どうして?

なぜ、俺はこんな場所にいるんだ?

「安心なさい」

真横から声がした。

だが、そこには誰もいない。

この場にいるのは、沙帆子を含めた三人だけ。

啓史は、三人が自分に気づかぬうちにと、その場にしゃがみ込んだ。

「声を出しても大丈夫だ、啓史殿」

「何を……」

思わず反論を口にしそうになり、啓史は慌てて口を閉じた。

「啓史殿、あなたはいま私の世界にいる。いま見えている世界の人々には、我々は見えぬのだよ」

「見えない?」

「ああ。もちろん声も聞こえない」

その言葉は信じがたかった。

なにせ、啓史の手のひらに床は触れているし、その感触は絶対に夢などではない。

「落ち着いて。そして受け入れなさい。そして望んだものを手すればよい」

諭すように言われ、啓史は顔をしかめた。

声は、沙帆子がどんなイブを過ごしたか知りたいという、彼の望みを叶えろと言いたいらしい。

顔が燃えた。

そんな望み、持っちゃいないし、叶えてもらわなくていいと吠えたいが……

この不思議な声の主は、啓史の心を見透かしている。

「こんなの、結局は夢なんだろう?」

怒りが込み上げてきた啓史は、目の前にいる沙帆子たちに気づかれるかもしれないという恐れを捨てて叫んだ。

沙帆子たちは、なんの反応もしない。

啓史はほっとし、失望し、さらに、これは夢であると確信を持った。

「夢であり、夢でないとすでに伝えた。それより、もういいのかな?」

「何が?」

「よいのであれば、次に行くが」

「次?」

背中に何やら暖かなものが触れたのを感じた瞬間、またふわりと後方に倒れ、身体が浮いた。

びくんと一瞬身を震わせてしまったものの、今度は叫びを上げたりせずに済んだ。


リンリンリンリン……

鈴の音が聞こえる。

眉をひそめたところで、目の前にベッドがあるのに気づいた。

ベッドには誰か寝ている。

まさか……

沙帆子か?

そう思った啓史の心臓が、本人の意志を無視して速まる。

夢なんだよな?

そう考えて、無意味に周りを見回し、啓史はベッドに寝ている人物の顔を確認しようと歩み寄った。

枕に埋まっている頭……そしてその顔……

マジで沙帆子だ……

リアルだな。リアル過ぎて、夢の中の産物だとは到底思えない。

これって……少々無謀なことも、許されるんじゃないか?

夢なんだしな……

そんな考えを進めていくうちに、ますます鼓動が速まる。

啓史はごくりと唾を呑み込み、顔を寄せていった。

「それは駄目だ」

ぐっと肩を掴まれ、引き戻される。

「夢であり、夢ではない。言い替えれば半分は現実。彼女も、啓史殿も本心では望むまい」

勝手なことをほざく声に対して、啓史は顔を赤らめて黙り込んでいた。

キスしようとした現場を取り押さえられたのだ。気まずいなんてもんじゃない。

「いったいなんなんです?」

「ほら、起きたようだぞ」

啓史ははっとして顔を沙帆子に戻した。声の言った通り、沙帆子は瞼をこすりながら、「あわわわ」と声を出しつつ欠伸をしている。

かわいい仕種に、目が吸い付く。

目を開けた彼女は、きょろきょろと周りを見回し、きゅっと唇を突き出して起き上った。

真っ赤なリンゴの柄のパジャマ姿。
これもまた可愛い。

口元がついにやけそうになり、啓史はぐっと我慢した。

声のやつは、啓史を見ているはず。

にやけ面なんて拝ませてたまるかってんだ。

沙帆子がベッドから下りた。そして何をやっているのか、上掛け布団をひっぺがす。

「ないなー。クローゼットの中かな。それとも、机の下?」

どうやら、何か探しているらしい。

沙帆子が自分に触れそうになるたびに、彼はハラハラしながら身をかわした。

そのあとも、沙帆子は狭い部屋をうろうろと探し回っていたが、結局、探し物は見つけられなかったようだ。

沙帆子は諦めた様子で、厚手のカーデガンを羽織り、部屋から出て行ってしまった。

「つまり、これは……」

部屋に取り残された啓史は、ベッドに座って周りを見回しながら、声に向かって話しかけた。

「私の望みを叶えてくれたわけか?」

「そうだが、……確認するように言うのだな?」

声がくすくす笑う。

「現実にも思えてきた。この感触、……やはり、どう考えても夢だと思えない」

腰かけているベッドも、この周りのもの、何もかも……

「だが、どうしてこんなことになっているんです?」

くっくっとおかしそうに笑われ、啓史は顔をしかめた。

「わかりましたよ。俺が望んだからなんだ」

なぜか頷かれている気がした。

この声だけの存在に、彼が慣れてきたからなのかもしれない。

啓史は苦笑いした。

ドアの向こうから、何やら声がする。

「行ってみるかね?」

声に勧められたが、啓史は首を振った。

「もういいですよ。充分です」

「そうか」

「ええ」

これが夢かどうか……いずれ確認できるときがくればいいのに……

「それはできない」

きっぱりと言われ、啓史は顔を強張らせた。

「あなたは未来に行けるんですよね? それでその発言ですか?」

「いやいや、確認できないのは、啓史殿が覚えておらぬからだ。そう、いまだけのこと……教えてあげよう。苦悩の中におる魂よ」

「いったい……」

「求める娘の心は、すでにその手にある」

「はあ?」

これこそ、信じられない。

ひどく馬鹿馬鹿しくなってきた。

「私は真実しか語らぬぞ」

不機嫌な顔をしている啓史に、声は楽しげに言う。

「それなら、信じておきますよ、一応」

リンリンリン……と、また鈴の音が聞こえた。

耳を澄ませていると、ドアが開き、沙帆子が戻ってきた。

「少しだけなら、抱きしめてもいいでしょう?」

「駄目だな」

「ずいぶんとケチなんですね」

「うーむ。ならば、腕にそっと触れるくらいならば……」

渋々な了承をもらえ、啓史は苦笑しながら沙帆子に歩み寄った。

腕程度じゃ、物足りない。
せっかくなのだ、髪に触れてぐしゃぐしゃに掻き回してやろう。

いま沙帆子はクローゼットを開けている。だが、間をおかずにパジャマを脱ぎ始めた。

「わっ」

頭に両手をかけかけていた啓史は、叫びを上げて沙帆子から跳び退った。

「わっはははは!」

豪快に笑う声に、顔を歪める。

「笑うな!」

大声を上げた瞬間、啓史の目は、真っ赤な衣装を身にまとった人物を捉えていた。


「ええっ?」

「佐原、どうしたんだよ?」

敦の声に、啓史はガバッと身を起こして顔を向けた。

寝袋にくるまって顔だけ出している敦と目が合う。

「夢でも見たのかよ? 大声出して起きるなんて、おめえもまだまだだな」

何がまだまだなのか、納得できないが、啓史は脱力してベッドに横たわった。

おかしな夢を見たものだ。

そう思ったものの、どんな夢だったのか、思い出せない。

あれっ?

なにやら、夢を見たはずだ。……それで、最後に現れたのが……

サン……

「クリスマスだなぁ。サンタの奴は、プレゼントを配り終えたんかな」

冗談口調で敦が言い、啓史は小さく笑った。

「サンタクロースなんて、いるわけねぇだろ」

おとぎ話の中の人物でしかない。

「佐原、お前ときたら、夢のないやつだなぁ」

「夢? ……夢であり、夢でない……」

「うん。なんじゃそりゃ?」

敦が眉を上げて聞いてくる。

思わず口から出てしまったフレーズに、啓史自身が眉を寄せた。

耳の底に、りんりんりんと鈴の音が残っているように思えるのは……なんなのだろう?

それでも……

自分でも説明できないのだが、心が満ち足りていた。

啓史は自分の手のひらを見つめた。

そこに何か大切なものがあるように思えて、啓史は自分の手のひらにそっと触れた。

☆Merry Christmas☆

しあわせを感じさせる微かな声、それは空耳ではなかった気がした。





プチあとがき

クリスマス特別編
啓史視点にてお届けしました。

ひとことbbsに、Rindaさんが佐原先生のお話を読みたかったとのコメントくださっていて、「ううん?」と思った瞬間、ひらめいたお話です。笑

夢の中のことだったかもしれない、でも夢じゃなかったのかもしれない♪

楽しんでいただけたなら嬉しいです♪
読んでくださってありがとう(*^。^*)

みなさま、メリークリスマス♪

fuu
(2011/12/25)


追記: 書き忘れていましたが、登場した声の主であるサンタさんは、「kuruizakiにふぁんたじぃだぞ」に登場しているサンタさんなのです。

それから、すでに皆様わかっていらっしゃると思いますが、クリスマス特別番外編の「ひと味違うサンタ」と内容が絡んでいたりします。合わせて読むと楽しいかも♪

☆ ☆ ☆
みんな覚えていないだけで、
啓史と同じようにサンタさんに贈り物もらっているのかもしれないね(^_^)♪

あなたは、どんな贈り物をもらったのかな?


  
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