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1 いまさらの実感
「うーん、薔薇の花も良いし、……けど、ティアラも捨てがたいわねぇ」
チャペルでの挙式、そして写真撮影を終え、再び新婦の控室に戻ってきた。
これから披露宴だ。
花嫁はベールを取り去り、髪に薔薇を飾るか、ティアラを飾るかで決めかねている。
なにせ、どちらもすごく素敵なのだ。どちらかなんて選べないくらい。
薔薇はやわらかで華やかな印象になり、ティアラは高貴なプリンセスのように見える。
「僕は白い薔薇の花のほうが、沙帆子に似合うと思うんだけどね、芙美子ちゃん」
幸弘がさりげなく意見してきて、芙美子は夫を振り返った。
「でもねぇ、幸弘さん。花を髪に飾るってことは、これから先も……ほら成人式とか、お友達の結婚式とか、チャンスはいくらでもあるけど、ティアラは、そうはゆかないのよ」
力説したものの、やはり薔薇も捨てがたいわけで……
「な、なら、まあ……ティアラでいいんじゃないかな……」
残念そうに幸弘は肩を落とす。
うーん、彼は薔薇がいいようだわ……なら、薔薇に……
「あ、あのぉ〜、パパ、ママ?」
遠慮がちに沙帆子が呼びかけてきて、芙美子はハッとして娘を振り返った。
「そ、そうだったわ。本人の沙帆子が決めるべきよねぇ。嫌だわ、わたしったら……」
顔を赤らめて言うと、幸弘も沙帆子に向けて「すまん」と頭を下げる。
「そ、そうじゃなくて……あの、結婚式ちゃんと……」
ああ、自分がちゃんとしていたか心配なのね。
芙美子はうんうんと頷き、「もっちろんよぉ」と太鼓判を押し、さらに娘をほめそやす。
「沙帆子、ほんとに素敵な花嫁さんで、もうママ、世間様に自慢して歩きたいくらい」
「ああ。沙帆子ほど綺麗な花嫁は、金輪際、出現しないと思うね、僕は」
幸弘は本気で言っているらしいが、さすがにちょいと大仰だ。
「パ、パパったら……」
沙帆子が顔を赤らめて困っているのを見て、芙美子は笑いを堪えた。
「本当に素晴らしいお式でしたわ。私も貰い泣きしてしまいましたもの」
「まあ。ありがとうございます」
婦人の言葉は嘘偽りのないもので、芙美子は胸を膨らませて大きく微笑んだ。
本当にこの教会にしてよかったと思う。
ホームページで探して、ここしか式場が空いていなかったから決めたようなものなのだが、これ以上の式場など望めないだろうといまは思っている。
こんな素敵な結婚式場が、なぜ空いていたのかが、いまとなれば謎だ。
けど、きっと娘のためだわ。
神様が、沙帆子のためにこの場所を用意してくれたのよ。
絶対そう!
芙美子は、神様に愛されている自慢の愛娘を振り返った。
「沙帆子、どちらにする?」
右手に薔薇、左手にティアラを持ち、問いかける。
だが、沙帆子も決めかねてしまっているようで、いくら待っても答えない。
すると、婦人がさりげない感じで口を開いた。
「私の意見を言わせていただいてもよろしいでしょうか?」
その言葉に、芙美子は喜んで頷いた。
そして、婦人の意見を参考に、娘の髪にはキラキラと輝くティアラが飾られた。
一度決めると、これ以外はないと思えるほど、沙帆子に似合う。
本人の沙帆子もティアラを気に入ったようで、鏡に映る自分を照れくさそうに見つめる。
沙帆子が右手を上げて、ティアラに触れた。
鏡越しに娘を見つめていた芙美子は、娘の薬指にキラリと光る指輪に、目が吸い寄せられた。
……ほんと、この子結婚しちゃったんだわ。
妙に実感が湧いてきた。
いまさらながらに、芙美子は現実を受け止めきれていなかった自分に気づいた。
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