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ナチュラルキス
natural kiss
番外編
千里視点
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第5話 友のために
「新発売のさ、コマーシャルしてるスナック、昨日買って食べたんだけど、かなりイケてて、美味しかったよ」
「へぇ、なんてスナック?」
それが、名前思い出せないんだけどさ…」
「どんなやつなの?」
「えっとね、間にチョコが挟んであってね、ちょっとしょっぱいんだけど甘いっていうかさ、チョコが」
詩織はそう説明しながら、彼女達の前に座ってお弁当を食べている沙帆子をちらりと見た。
会話はしているものの、沙帆子の様子が気になってならないせいで、詩織はおしゃべりにちっとも身が入っていない。それは千里も同じだった。
ただ、沈黙が耐えられないのと、少しでも楽しい雰囲気にしようと考えてのおしゃべりだった。
「あのさあ」
それまで俯きがちに無言で食べていた沙帆子からの呼びかけに、千里は思わず身を固めてしまった。
「な、なん、な、何?」
笑みを引きつらせた詩織が、しどろもどろに言った。
「わたし」
沙帆子はそう口にし、ちろっとふたりを見つめ、言葉を続けた。
「気を使われるようなこと、なんにもないの」
困ったように言う沙帆子に、千里は焦った。
「気を使うって、何よ。別に…わたしたち…ねぇ、詩織」
普通に振舞おうと思いすぎて、普通から程遠くなってゆく。
千里は自分を叩きたくなった。
「あのね。私…その…」
言いにくそうに口ごもった沙帆子は、周りに窺うような視線を向けたあと、膝に両手を置いて姿勢を正し、ふたりに向けて口を開いた。
「実は、とっても突然なんだけど…結婚することに…なったの」
「え?」
突然なんだけどのあとは、ごにょごにょっとしか聞こえなかった。
「け、けっ・こ・ん・なの」
少し声を張り上げて沙帆子が言った。
突然なんだけど…血痕なの?
さっぱり意味が分からない。
「血痕?」
千里が繰り返すと、沙帆子は「う、うんそう」と頷き、千里と詩織が意味をちゃんと受け取っただろうかと確かめるような目を向けてきた。
「突然で、びっくりしたと思うんだけど…突然のことに自分もびっくりしてるんだけどね…あの、二週間後の土曜日なの」
「二週間後の土曜日?」
「うん。そう」
二週間後の土曜日に、突然だけど…血痕?
意味わかんねぇ〜
「あの…いったいなんなの?」
「え?」
さらに聞き返した千里に、沙帆子は「え?」と声を上げた。
どうやら、すっかり自分の言いたいことは伝わったと思っていたらしい。
「だ、だからぁ…」
沙帆子は慎重に周囲を確認し、千里と詩織にくっつきそうなほど、顔を近づけてきた。
「結、婚、式」
結婚式?
「誰の?」
自分の鼻を指でさした沙帆子は、「わたし」と言った。
一瞬、固まったものの、その冗談に千里は思わず笑った。
詩織も、ぷっと吹き出した。
「あの、ほんとなのよ。ほんとのほんとに」
「沙帆子、冗談にしたって、もう少し考えて口にしなよ」
ケラケラ笑いながら詩織が言う。
自分のせいで、微妙な雰囲気になっているのを気にして、冗談で和まそうという沙帆子の気遣いなのだ。
沙帆子の気遣いを受け入れて、ここは冗談に乗るべきだろう。
「寝とぼけてるんじゃないの?」
千里は、わざと小馬鹿にしたように沙帆子に言った。
ここで笑い声でも上げるか、不服そうに突っかかってきてくれたら、少しはほっとできたのだが、無理をしすぎたのか、沙帆子はまた肩を落としてしまった。
佐原のことを、すっぱり諦めさせたほうが沙帆子のためだろう。
佐原にはすでに恋人がいるのだから…
実らない恋をずっと抱えていても、つらいばかりだ。
それにいずれ、佐原に恋人がいることは、沙帆子の耳にも入るだろう。
それならば、少しでも早いほうが…
千里は心を鬼にして、口を開いた。
「沙帆子…あのね」
「何?」
「千里」
彼女が何を口にするつもりなのか察したらしい詩織が、肩を掴んで止めてきた。
千里は詩織の手を掴み、肩から外した。
「話したほうがいいって」
「でもっ」
止める詩織を無視して、千里は沙帆子に顔を向けた。
「あのね、私、昨日佐原先生と会ったの」
「あ、うん」
素直にこくりと頷く沙帆子を見て、可哀想過ぎて涙が滲みそうなった。
「先生、彼女連れだった。あの写メの彼女だと思う」
大きく息を吸い込んだ千里は、周りに聞こえないように配慮しつつ、一気に口にした。
「も、もしかするとさ、違う女かもよ。先生やっぱ、女たらしなんだよ。そんな男ぜんぜん駄目だよ。沙帆子には、もっと真面目で誠実な男の子が似合うんだってば」
一生懸命に口にする詩織の言葉を、沙帆子はじっと聞いている。
あまりにいじらしくて、千里はもっと泣きたくなった。
「それ…」
「本当のことなの。釣り合わない相手なのよ。沙帆子が悪いってことじゃなくってね」
もやもやする気持ちを吐き出すように、千里は早口に言った。
「もう諦めなって、ねっ」
諭すように言った詩織に、沙帆子は「う、うん」と頷いた。
沙帆子の頷きを見て、それでことが解決するはずもないのに、千里はとりあえずほっとした。
沙帆子の辛い思いは、まだまだ続くだろう。
わたしは、どれほど友の心の支えになれるのだろうか?
またお弁当を食べ始めた沙帆子を見つめつつ、千里は目尻に滲んでいる涙をふたりに悟られぬように急いで拭った。
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プチあとがき
再掲載分、サイトの方は、これにて終わりです。
ええっ、まだ一番いいところが!? と、お思いの方、おいでかと思いますが(笑)
この後は、エタニティブックスサイトにて、「ナチュラルキス3」の特別番外編として、掲載されています。
エタニティブックスサイトにて読んでいただけたら嬉しいです♪
読んでくださってありがとうo(*^▽^*)o♪
fuu
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