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ものすんげぇ、興味
「ねぇ、敦」
夕食を終え、食卓を立ちかけた敦に、母親が呼び止めてきた。
「なに?」
「あんた、煙草って、やめたの?」
「さあてな。わかんねー。いまは吸ってねえけど」
「なにそれ?」
「禁煙の真似事っていうか、佐原が禁煙中でさ、付き合ってやるかなと思ってな」
「あら、そうなの?」
「禁煙中に、隣で吸われたら、むかつくだろ? なんてな、ほんとは、自分のやめるきっかけにしてんだ」
「あんた、いい奴だね。さすがわたしの息子だわ」
「はあっ? 何聞いてんだよ。啓史のことなんかどうでもいいんだよ。俺がやめるきっかけに奴を利用してるっつってんだろ」
「やーん、照れちゃって、敦かわいい」
「ゲロッ」
敦は精一杯の虚勢を張り、自分の部屋に戻った。
やれやれ、お袋ときたら、まったく息子をなめてやがるぜ。
しかし、禁煙も四日目。まあ、よく持ってる。佐原の奴は、どうなんだろ?
もう、しっかりプカプカ吸ってたりしてな。
ありえる。
敦は勝った気分でにやにや笑い、ポケットから携帯を取り出しながら、ベッドに転がって耳に当てた。
「なんだ?」
迷惑そうな返事だ。しょっぱなから……
ほんと、こいつありえねぇな。
「出てすぐに、なんだはないだろうよぉ」
「文句を言うための電話なら切るぞ」
ほんとに切っちまいそうだ。
こんなのと、なんで友達やってんだろうと、自分に呆れる。
「まったく、相変わらずつれない男だな」
「それで?」
用事を言えってことらしい。
禁煙を続けているのか聞きたいが……話題にしづらい。
禁煙に付き合ってやってるなんて……言えねぇし……知られたくもない。
それに、煙草を絶っているいま、煙草の話題も、禁煙って言葉も耳にしたくない。
それは啓史も同じだろう。
俺っていい奴だな。
誰からも褒められたくないので、自画自賛をしておく。
「今度の土曜日、久しぶりに飲みに来いよ。俺がそっち、行くんでもいいけど」
まだ悩みを抱えてるんだろうし、慰めてやろう。
「都合が悪い」
即答で断られ、敦は顔が歪んだ。
そ、そっけねぇ。
おいらは、ちょっとありえねぇだろって感じの月曜日の酒呑みに、快く付き合ってやったってのに……
「なんだよぉ。また家に帰るのか? 伯父貴の家か? 予定変えろよ」
「無理言うな。俺にも都合ってもんがある」
都合くらいなんとかしろってんだ。
こっちは禁煙でイライラしてんだろうって気にかけて、飲もうって言ってんのに……
まあ、こっちも禁煙仲間になってて、同じ気持ちを酒を飲みつつ共有したいって思ってるわけだが……
「伯父貴んとこなら、来週でもいいだろう?」
「伯父貴んとこじゃない」
「実家なら、なおさら翌週でいいだろう」
だんだんむかついてきた。友のやさしさを、なめんじゃないぞ。
この野郎、ぜってえ、煙草吸ってやがる。悩みなんぞすっぱり消えてる。
「いいか。俺は用事がある。その用事は、伯父貴の家に行くことでもなければ、実家に帰るんでもない」
「へーっ、なら、その用事ってのは、なんだよ?」
売り言葉に買い言葉の勢いで聞いたが、なぜか啓史は言葉を詰まらせた。
その間に、敦は眉をひそめた。
用事があるが、伯父貴の家でも実家でもない?
「別になんでもいいだろ」
眉をひそめているところに、啓史が吐き捨てるように言う。
こ、これは……?
「お前、何があった?」
「なんのことだ?」
声に動揺が滲んでいた。それをはっきりと感じて敦の心が躍る。
「女か?」
「ウザイ野郎だな。詮索すんな」
おわっ! 当たりだ。俺、当たりを掴んだ!
「マジ? マジ、女かよっ?」
「勝手に言ってろ」
バチンと音がしそうな勢いで、電話を切られた。
敦は、呆然として切れた携帯を見つめた。
しばらくして、胸が震え始め、笑いが込み上げてきた。
あいつ、らしくなく動揺しまくりやがって。
あんな風に切ったら、認めたも同じだっての。
「らしくねえぞ、佐原」
思わず口に出して言った敦は、携帯を閉じ、両腕を枕して天井を見つめた。
つまり……やつは、それくらい余裕がなかったということなのだ。
啓史の女か……いったいどんな女なんだろう?
興味が湧く。興味が湧く。ものすんげぇ、興味が湧く!!
こりゃあ~、今夜は気になって寝られそうにない。
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