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第3話なのにゃ
第3話 『おどろおどろしい部屋』
「翔、ハナ雪姫様をしっかりライトで照らせよ。彼女は、この芝居の主役なんだからな」
命じるように言われて、翔のこめかみがピキンと音を立てたのが、fuuの耳にも届いた。
けれど、葉奈に逢いたい気持ちが勝ったのか、怒りに両手をブルブル震わせているものの、職を放棄するようなことはせず、翔はライトをハナにまっすぐに当てた。
ライトを当てられたハナの姿が、きらびやかに浮かび上がった。
ライト以上の効果を得られたのは、ここが普通ではない世界だからなのだろうか?
ハナは、自分の魅力を最大限に発揮しようとしてか、城の塀の縁で、くるくると無駄に回っている。
「回んなくて、いいから!」
すっかり主導権を掴んだ貴弘、いつまでも回っているハナに苛立ったらしく、つっけんどんに言った。
「に、にゃんですってぇ」
「早く城に入ろうぜ。で、入り口はどこあるんだよ?」
貴弘、カメラを降ろすと、いまだお怒り中のハナのことなど意識から消し、城の外壁にそって歩き出した。
貴弘の後に、照明を抱えた翔と、よたついているfuuが続く。
「あんたら、どこに行くにゃ?」
あざけるようなハナの声に、3人同時に振り返った。
「どこって、入り口…」
そう言った貴弘、自分の視界に入っている城の入り口の存在に口を閉じた。
「いつ、そんなもん出した?」と貴弘。…悔しげだ。
「いまにゃ」
ハナ、鼻で笑う。
「どうやって出した?」と翔。
こちらは、怒りが滲んでいるように思える。
「そんなことは知らないにゃ。早く中に入るのにゃ」
城の大きな扉は、ハナが前に立つと、ゴゴゴという効果音を発しつつ、勝手に開いた。
城の中に入ると、ずいぶんとだだ広いスペースが広がり、それらしいのだがなんだかみすぼらしいくらいものがない。
「なんか貧乏ったらしい城だな」
そう感想を漏らしたのは、カメラを抱えて城の中を撮っている貴弘だった。
翔、嫌々だとしても、役目を受けた以上、自分の納得ゆく仕事をしなければとでも思っているのか、カメラの動きに合わせて真面目にライトを向けている。
「撮影に必要ない部分は、こんなもんにゃ。早く2階に行くにゃ」
床板をコツコツ響かせ、全員ゆるやかな螺旋階段に向かった。
「葉奈」
階段を上りきったところに葉奈が佇んでいるのを見つけた翔、喜び叫んだ。
ライトがまっすぐに葉奈に当てられ、貴婦人の姿の葉奈が、幻想的に浮かび上がった。
翔はライトを抱えたまま、あまりに美しい葉奈の姿に思考一時停止。
「あ、止まった…」
翔の背後にいたfuu、無意識に口にしてしまう。
fuuの声に振り向いたハナ、翔の実情を知る。
ハナ、とことこと翔に近付き、その脛にウルトラネコキックをかます。
「ウグォ」
翔、痛そうな叫びを上げ、正気に返った。
彼は何事が起きたのかと自分の脛をさすりつつ周囲を見回すが、身軽いハナは、すでに疑いを向けられないほどの距離まで逃げた後だった。
「なんだあ、お前か、貴弘?」
翔、自分の一番近くにいた貴弘を犯人と決め付けたようだ。
城の内部をカメラに収めていた貴弘、ハナが翔の脛を蹴り上げた事実を知らぬようだ。
「下働きの分際で、カメラマンにインネンつけようってのか?今すぐ首にして、この城から追い出すぞ」
「何を」
fuu、慌ててふたりの間に割って入った。
「あの。誤解です。翔さんの脛を蹴ったのは…」
「あの、どうかしたんですか?」
葉奈が二階からみんなに呼びかけてきた。
見上げると、いつの間にやらハナは葉奈の隣にいて、こちらを見下ろしている。
「お前、いつの間に」
「何をやってるにゃ?早くあがってくるにゃ。まったくのろまばっかりなのにゃ」
翔と貴弘のこめかみに、青筋が立った。
「あの…私の出番ってこれからすぐですか?」
ひどく自信なさげに、葉奈は隣にいるハナに尋ねた。
「そうにゃ。みんなすぐに配置につくにゃ」
ハナの掛け声で、全員すばやく階段を上り、2階の部屋に入った。
幾分不気味な雰囲気と香りのする部屋だった。
魔法やら呪文やらの雰囲気がバリバリで、どことなく妖しい薬草の香りが鼻をつく。
ベルベットで作られた重たそうなカーテンが幾重にも壁に掛かり、このひと部屋の空気まで重いもののように感じられた。
まるでこの部屋だけ、時間が濃縮され、多次元と切り離されてでもいるようだ。
「なんか…重いな。この部屋」
実は幽霊やお化けといったものが超苦手な貴弘、その声にビブラートが掛かっている。
「それじゃあ、全員、スタンバイはいいにゃ?」
ハナ、複雑な彫刻の施された椅子にちょこんと座り、采配を振るうように声を振りあげた。
「葉奈、早くそのカーテンの前に立つにゃ。にゃにやってるにゃ翔、あんたはこっちで、ライトを持つにゃ」
皆から死角になる部屋のコーナーに葉奈を追い詰め、襲う直前だった翔、せっかくの楽しみをぶち壊されて、派手に舌打ちした。
葉奈は、ハナの命じるままにカーテンの前に立ち、笑いを必死で堪えている貴弘はカメラの向きを調整した。
「ボン」
「ギャッ」
派手な爆発音のような音に、この部屋の不気味さに怖気を感じていた貴弘、驚いて飛び上がった。
「す、すみません」
fuuは、小声で謝った。
マイクを掴んでいる腕が痛んでいため、腕をさすろうとしてマイクが傾ぎ、壁にまともにぶつかったのだ。
ビックリ仰天して飛び上がるという赤面失態を晒し、その原因となったfuuに激しい憤りを抱いたらしい貴弘、つかつかと、マイクをぎゅっと掴んでいるfuuに近寄ってきた。
「あ、あの」
恐る恐る貴弘を見上げるfuu。
貴弘、無言で、fuuの頭に、重い拳骨を落とした。
「ウギャッ」
fuuの瞼の裏には、幾つもの星が散ったのであった。
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