にゃんこシッター

《刊行記念 番外編》

第7話 欲しかったのは



さて……もう一時間くらい経ったな。

「なあ、そろそろ帰らないか?」

注文した料理も食べ終えた。飲み物も飲み終えた。

慎也としては、帰る気満々だ。

「お前、もう食べ終えたのか?」

空になっている皿を見て、基樹が責めるように言う。

確かに、他のやつらはまだ食べ終えていない。

「この雰囲気をもっと楽しんだらどうだ。村形さんを見習えよ」

慎也は黙ったまま、英嗣に向かって眉を上げた。

「藤枝さんは、楽しくないんですか?」

「楽しいですか?」

村形の問いに、慎也は逆に問い返してしまう。

「ええ。戸惑うことばかりですが……だからこそ、何もかもが珍しくて……楽しいですよ」

「それはよかった」

共感できずにそう言ったら、村形がくすくす笑い出した。

「私を誘ってきたのに……」

「ミントちゃんがいないからな?」

英嗣に言われ、慎也は肩をすくめた。

すると英嗣が、すっと腕を上げた。スタッフを呼ぼうというのだろうか?

「うん? 英嗣、お前まだ注文する気か?」

呆れて言ったところで、店内が落ちた。舞台がライトで明るく照らされる。

なんだ、これからショーをやるのか?

テンポのいい曲が流れ始め、慎也は眉を寄せた。

この曲……ミントが登場するときに、流れていた曲だよな?

もしや、ミントの二代目とかがいるのか?

興味を引かれて舞台に注目していたら、舞台袖から登場してくる。

だが……何やら揉めているようでもある。

「こ、困るよぉ……無理だってば」

「いいから。もう覚悟を決めなさい」

コソコソと話しているのだが、マイクが音声を拾い、そのやりとりは店内に響いた。

慎也は眉をひそめた。

『困るから』と言った声……

ミントのコスプレをした子が、仲間ふたりに引っ張られるようにして、舞台中央まで移動してきた。

慎也は唖然とした。

このミント……

驚きが過ぎた慎也は、勢いよく立ち上がった。

するとミントがこちらを向く。

真優だ!

目が合い、見つめ合う。

「どうして?」

「し……あ、あのぉ」

スピーカーから真優の焦った声が聞こえたが、そのタイミングでミントのテーマソングが流れ始めた。

ミントの仲間が踊り出し、ミントにも踊れと促がす。

客は曲に乗って盛り上がり始めた。

立ち上がっていた慎也は、英嗣に服を引っ張られ、また座り込んだ。

「どういうことだ?」

「お前を喜ばそうと思ってな。言っとくが、真優ちゃんも俺の作戦に嵌っただけだからな」

「お前ときたら」

歯をきしらせたものの、文句をいってもいまさらだ。それに、ぶつくさ言い続けている場合じゃない。

いまは、ミントの真優を観なければ、もったいない。

昔のミントを知っている客もいたらしく、嬉しそうに声援を送り始める。

以前とは違い、ぎこちなく踊るミントに、慎也の目は釘付けになった。


ショーが終了し、拍手喝采する客に、舞台の三人がお辞儀をする。

ミントが舞台袖へと消え、慎也は立ち上がって行こうとしたが、英嗣がとめてきた。

「行く必要はない。来るから」

「えっ?」

「待っていれば、ここに来る。だが、あくまでミントちゃんとして接しろよ。でないと、彼女を困らせるぞ」

「基樹、お前も知ってたのか?」

興味深くこちらを見ている村形の目を気にしつつ、基樹に尋ねる。

「まあ……な」

うん?

「お前……泣い……」

「みなまで言うな、朴念仁慎也。こいつのことは、いまはそっとしといてやれ」

英嗣にたしなめられ、慎也は口を閉じた。

英嗣の言うとおりだろう。

泣くのを堪えている基樹から視線を逸らし、また舞台に目を向けたら、英嗣の言った通り、ミントがやってくる。

以前のままだ。あの頃のミントだ。

時を遡った気がする。

「リ、リクエスト、ありがと……にゃお。ミ、ミントの踊りは……いかが……だったか、にゃん?」

ぎこちなさすぎる。

思わず噴き出しそうになる。

すると、そんな慎也を見て、ミントの真優が文句を言いたそうに見つめてきた。

「よかったよ。ありがとう。ミントちゃん」

英嗣が拍手する。近くのテーブルの客たちも拍手した。

「あ、はい……にゃ。ありがと、にゃお」

あの頃と違い、うまくないな。

「え、えっと……」

ミントが、落ち着かない感じでキョロキョロし、なぜか村形に近づく。

「初めてのお客様。ご来店ありがとうにゃ」

「あっ、いえ。どうも」

突然声をかけられ、村形が焦って答える。

村形は、この子が真優だとは、気づいていないのだろう。

「ほら、立ち上がって」

英嗣が村形を急かす。慎也はむっとした。

まさか……

村形が立ち上がり、ミントはちらりと慎也を窺ってくる。

やめさせたかったが、テーブルの下で、英嗣が慎也の腿をがっちりと掴んでいる。

むっつりしている間に、ミントが村形の胸めがけて「にゃお、にゃお」とやる。

彼女のいまの心境を表わしてか、余裕のなさが伝わってくる。

「ほら、次はお前だぞ。立てよ」

基樹が面白くなさそうに慎也に言う。

もちろん、そんな促しで素直に立てない。

「慎也、お前と村形さんだけの、特別パフォーマンスだぞ。これを逃したら、もう二度とやってもらえないぞ」

英嗣の言葉で気持ちが揺らぐ。

「こいつが拒否するのなら、私が……」

基樹が、慎也を挑発するように言い、立ち上がろうとする。

慎也はさっと立ち、ミントの腕を掴んだ。

驚いているミントを連れて、店の外に向かって走る。

「し、慎也さん!」

店内が騒然とする。

普通なら、暴挙に出た客をスタッフが止めに入るはずだが、誰ひとり邪魔だてしなかった。





「ご、ごめんなさい」

ミントが申し訳なさそうに頭を下げる。

ここは、エンジェルカフェの裏手にある店長夫妻の家の居間だ。

ふたりはいま、ソファに並んで腰かけている。

店の外に飛び出たら、店長の妻の香織がいて、ここに案内してくれたのだ。

気をきかせて、ふたりきりにしてもらえ、いまに至るわけで……

慎也は、居心地悪そうにしている彼女を改めて見つめた。

本当にミントだ……あの頃のままの……

とんでもなく驚かされたが……

「君は悪くないことは、ちゃんと知ってる。英嗣から聞いた」

そう言うと、ミントがおずおずと顔を上げる。

その姿に、ドキッとしてしまう。

「怒ってられないな」

苦笑しながら言う。

「慎也さん」

「その……やって、くれるか?」

言い出し難かったが、なんとか口にする。

するとミントが、はにかみながら笑み、こくんと頷いてくれる。

鼓動が速まる。

ミントは丸めた手をそっと慎也の胸に当て、恥ずかしそうに見上げてきた。

「にゃ……にゃおにゃお

照れくさそうな呟きに、胸がくすぐったい。

胸に当てられているミントの……真優の両手を、そっと包み込むように握りしめる。

手に入れたんだな。

そう実感し、胸に熱いものが突き上げてくる。

慎也が心の底から欲しかったもの……

ミントの中の彼女を……






End





プチあとがき

刊行記念番外編、これにて完結です。

現れたミントの真優に、仰天させられた慎也でした。

ミントの真優も、まさか舞台で踊ることになろうとは思いもしなかったと思いますが……笑

驚かされたことは面白くなかったかもしれませんが、
慎也はついに、念願だった、にゃおにゃおをやってもらえましたね。
しかも、ミントの姿だし……笑

英嗣にはお礼を言うべきですね。

そして、坂之下さんは……
やっぱり、辛かったろうと思いますが、これで気持ちに踏ん切りがつけられたのかも、なんて思います。


とにかく、にゃんこシッター、刊行記念番外編、これにて終了です。

また何か思いついたら、番外編を書きたいなと思っています。
そのときは、ぜひ、リンを登場させたいです。


読んでくださってありがとう (*^。^*)

fuu(2013/12/30)


  
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