|
第一話 誕生日は憂鬱
〜物語はいつも、押し迫ってようやくはじまる〜
「はぁ」
目覚めを自覚した途端、ユウセイは小さなため息をついていた。
今日は六月七日……あと……ひと月となってしまったか……
ベッドから身を起こし、気だるい気分で前髪を掻き上げながらそう考えた彼は、沸々と湧き上がってきた憤りに、ぎりぎりと奥歯を噛み締めた。
お前はこのまま、おとなしく流れに乗ってしまうつもりなのか?
周りに己の未来を決められてしまうのを、抗いもせずに……か?
「嫌に決まっている!」
思わず鋭く叫んだものの、「ならばどうしたいのか?」との心の問いに、何も答えられない。
ユウセイは重い気分でベッドから下り、素足のまま南側の大きな窓へと歩み寄った。
天気は悪くないようだ。青空が広がっている。
窓を開け、バルコニーへと出る。
心地よい風が頬をくすぐる。
風か…この風に乗れたら……
彼を縛り付けるこの世界から、ふわりと飛び出てゆくことができるのに……
そんな馬鹿馬鹿しいことを真剣に願っている自分に、ユウセイは苦く笑った。
追い詰められすぎているせいか……
バルコニーの滑らかな材質の柵に、ユウセイは寄りかかった。
目の前の風景にゆっくりと視線を回す。
遠くまで立ち並んでいる家々、そしてその向こうには山々…
少し左に目を転じれば、海の輝きも捉えることが出来る。
彼はこの国の王子として生まれた。
両親の王と王妃は、子をひとりしか授からなかった。彼は望むと望まざるに関わらず、いずれこの国の王とならねばならない。
まあ、その運命は甘んじて受け入れよう……だが……なおざりにできない問題がひとつ。
この国では、将来王となるものは、二十七歳の誕生日までに妃をめとるという決まりがある。
そして、彼が二十七才となるのは、一か月後の七月七日の誕生日。
当然その日までに妃を選び、決まりに従い、婚礼をあげなければならないのだ。
妃はユウセイ自身が選べるし、二十七才の誕生日までであれば、いつでも婚礼をあげることはできるのだが……結婚したい相手がいないという現実に突き当たっている。
このままでは、別に愛しているわけでもない女性と、決まりのために結婚する羽目に陥る。
なのに、一度結婚してしまったら、離婚は許されない。
もし、適当に選んだ女性と結婚し、その後、愛する女性が現れても、けして結ばれることはないのだ。
国王である父からは、数年も前から、早く愛するひとを見つけ出せ、手遅れになる前にと言われ続けていた。
この最近は、心配したあげく苛立ちながら、同じ小言を繰り返している。
もちろん、ユウセイだって探し出せるものならそうしたい。
だが、これまで必死になって探してみても、どうしても見つからないのだ。
もちろん、探すための努力は最大限してきた。
一年前から月に二回ほど、若い娘たちを王宮に招いて舞踏会を行っている。
すでに彼は、国中の娘と挨拶したと言っても大袈裟でない。
順番に招待された娘たちは、長々とした列を組み、ユウセイの前に来て、一言ずつ言葉を口にしてゆく。
ユウセイにしても、焦りを感じているから、うんざりだ面倒だと心で思っていても、けして顔には出さず、相手と視線を合わせて、挨拶に応じた。
それでも結局、心を動かされるような女性とは会えていない。
性格が良くて、それなりに美しければ、もう誰でもいいんじゃないかと、投げやりに思う半面、心の片隅から、それではだめだと彼を叱責する声が聞こえる。
「なら、どうしろというのだ?」
捨てるように呟いたユウセイは、苛立ちながら背を向け、バルコニーに背中を預けた。
うん?
ユウセイは、部屋の中から自分を見ている人物がいるのに気づいて、少々驚いた。
「トモキ」
彼の非難するような呼びかけに、トモキはバルコニーへと出てきて、きっちりと頭を下げた。
「ユウセイ様。すみません、声をおかけしたのですが……お返事がなく……」
トモキは、ユウセイ付きの侍従長だ。
「急ぎの用でもあるのか?」
「急ぎというか……あ、あの、ユウセイ様。ユウセイ様の誕生日まで一ヶ月を切りました」
「あ、ああ……」
ユウセイは思わず俯いてため息をついた。
「それで? 妃候補を紹介したいとかか?」
「紹介したい者がいるいうわけではないのですが……」
「そうだな。もう国に、私の会っていない女性は残っていないだろうからな」
「ユウセイ様。あ、あの、も、もし……」
「うん?」
「いえ……も、もしも、意中のお方が見つからず、どなたかを妃に選ばねばならないとしたら……どなたをお選びになるおつもりかと」
「答えづらいことを聞くものだな」
「すみません。やはり、候補となっておいでの姫から……でしょうか?」
トモキは、ひどく硬い声でそう問いかけてきた。
ユウセイは俯いているトモキを見て、笑みを浮かべた。
「心配するな、トモキ。トウコ姫だけは選ばないと約束しよう」
ユウセイの言葉に、トモキは目玉が転げ落ちそうなほど目を見開き、次の瞬間真っ赤に顔を染めた。
「わ、わ、私……は……」
この真面目すぎる男が、自分の思いを口にすることなどないが、トモキの心が誰に向いているかは、誰の目にもまるわかりだ。
だが、妃候補からトウコを除くと、妃にしてもいいかと思える女性はひとりもいなくなる。
トウコをひとりの女性として愛してはいないが、彼女のことは昔から知っているし、性格の良い彼女ならば、側に置いていても苦痛じゃないだろう。
もちろん、だからといって、トモキを泣かすつもりはない。
「トモキ」
「は、はい」
「私が結婚すれば、トウコ姫は妃候補というしがらみ外れて、自由になる。いいか、そのタイミングを逃すんじゃないぞ」
「は、はい?」
意味が分からないのか、トモキはパチパチと瞬きしている。
ユウセイは側に来るように手招いた。トモキはおとなしく、側に寄ってくる。
「トウコ姫は、あの美貌で性格もいい。本来なら、すでに幾人もの男たちが彼女に求婚しているだろう。トウコ姫の両親は、私との婚礼を望んでいるようだが、それが駄目となれば、次に家柄のよい男にと思うはずだ」
「そ、そうなのでしょうね」
トモキが顔をしかめて言う。
「先手を打って、婚礼の準備を進めるんだ」
「それは……まさか?」
「ああ、お前とトウコ嬢のだ。婚儀は七月八日。私の婚儀の翌日がいい」
「ユ、ユウセイ様、何をおっしゃるのですか。トウコ様の承諾も得ずに、そんなこと……」
「心配はいらない。トウコ姫は、お前に好意を持っている」
「こ、好意程度では、結婚はできません」
「なら、私が彼女と結婚するぞ。いいのか?」
「ユ、ユウセイ様……」
「まあ、それはこれからのこと。ともかく、いまは出掛ける支度をするとしよう。城にこもっていても、事態はよくならない」
「またお忍びで?」
「ああ、嫌だと言っても、ついてくるんだろ? テルマサに馬を回しておくよう伝えてくれ。十五分後、裏門のところで落ち合おう」
「承知しました」
トモキはすぐさま侍従長の顔になり、一礼して部屋から出て行った。
|
|