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50 スペシャルヒーロー
「歩佳ちゃん?」
戸惑い気味に郷野から呼びかけられ、歩佳は慌てて柊二のほうに駆け寄った。
もう郷野のそばにはいたくない。
「ここで会えてよかった。これから待ち合わせ場所に行くところだったの」
柊二にはわけがわからないだろうが、ここはなんとか口裏を合わせてほしい。
「あ……うん」
訴えるような歩佳の目を見て、柊二は歩佳のおかれた状況を悟ってくれたようだった。
そのときになってようやく、歩佳は宮平も一緒なのに気づいた。
あれっ? 宮平君もいたんだ。
「歩佳ちゃんが約束してた相手って、こいつらなのか? その制服、高校生だよな? ああ、どっちかが君の弟なのか?」
「違いますよ。俺は……」
むっとした顔で柊二は口にしていたが、そこで言葉を止めてしまった。
友達の弟と、ここで口にしていいものか迷ったのかもしれない。すると、宮平が口を挟んできた。
「彼は歩佳さんの彼氏ですよ。で、僕は友達です」
ええっ!
みっ、宮平君ってば、にこにこ顔で、とんでもないことを……いや、嬉しいけど。
驚かされたけど、柊二さんがわたしの彼氏ということにしておけば、今後、郷野さんからちょっかいをかけられずに済むかも。
「彼氏? 高校生が彼氏なのか?」
郷野に笑い飛ばされ、歩佳は傷ついた。
やっぱり、そんな風に笑われてしまうんだ。
高校生の柊二さんと、社会人のわたしが付き合うなんて、ありえないことなんだ。
内心、しょぼくれていたら……
「俺が彼氏ってのが、そんなにおかしいですか?」
柊二が刺々しく言い返す。歩佳はびっくりして柊二を見た。
「だって、お前、高校生だろう?」
「高校生だから、なんです?」
柊二は自転車から降りて、ずいっと郷野に近づく。
「おかしいって言ってんの。しかし、ほんとなのかよ? 歩佳ちゃん、君、案外常識はずれだな」
常識はずれ?
「彼女のこと、そんな風に慣れ慣れしく呼ばないでくれますか? 嫌がってますよ」
「嫌がってるわけないだろう。それにしても、お前嫉妬してんの? 大人の俺に彼女取られちゃうとか、不安になっちゃったか?」
こっ、この野郎! 言うに事欠いてっ!
「郷野さん、気色の悪いこと言わないでください! わたしはあなたにこれっぽっちも興味ありません! 高校生だろうがなんだろうが、わたしの好きなのはこのひとですから。だいたい、あなたと彼では比べようもない。誰が見たって、彼のほうが魅力的です。百倍も二百倍も、千倍もですっ!」
怒り心頭発したせいでとめようもなく、歩佳は胸の内にある思いを洗いざらいまくし立ててしまった。
「は……ガッ、ガキんちょを本気で相手にしてるような女、キモイわ!」
郷野は吐き捨てるように言い、背を向けて歩き去ろうとする。
「なんだとぉ!」
柊二が激しい怒りをあらわにして、郷野の背に掴みかかろうとする。
「柊二さん!」
歩佳は慌てて柊二の肩にしがみつき、彼を止めた。その隙に、郷野は慌てふためいて逃げていった。
「歩佳さん、放してくれ! あんなやつに言いたい放題言わせて、このまま逃がすなんて……」
「もういいの」
「けど」
「これでもう、ちょっかいかけられることもないと思うし……ほっとしたから」
「歩佳さん」
歩佳は、眉をひそめている柊二に微笑みかけた。柊二がぐっと詰まる。
「……正直、納得はできないけど」
「おおごとにしないのが賢明だよ」
見守っている立場を取っていた宮平が口を出してきた。
「けど、歩佳さんが侮辱されたんだぞ」
柊二さん……わたしのためにそんなにも怒ってくれるなんて。
「ありがとう。それにしても、本当に助かったわ。どうにも振り切れそうになくて困ってたから」
「あいつにそんなに困らされてたのか?」
「ま、まあね」
顔を赤らめて頷いた歩佳だが、改めて柊二に向く。
「あの、ごめんなさい」
「うん? 何を謝ってんだ?」
「彼氏ってことにしちゃって……そのせいで、柊二さん、あんなひとに馬鹿にされちゃって……」
「気にしてない。それに、彼氏ってのも……」
小声でもごもご言っている柊二の声が聞き取れず、一生懸命に聞き耳を立てていたら、歩佳の携帯に電話がかかってきた。
出てみたら、恭嗣だった。
ああ、さっき電話したから……
「恭嗣さん」
「電話したろ? 何か用だったのか?」
「そうなんですけど、もう用はなくなりました。恭嗣さんの代わりに、別のヒーローが現れてくれましたから」
しかもスペシャルヒーローだ♪
「いったいどういうことだ? 歩佳君、簡潔に説明しろ」
「今度会った時に話します。お電話ありがとうございました。では失礼いたします」
丁寧に言って、歩佳は電話を切った。
いつも、困ったときは恭嗣さんを頼っていたけど……
偶然にも、自分の大好きなひとが、ヒーローのように登場してくれるなんてね。
「恭嗣さんの代わり……」
ぼそっとした声に、歩佳は柊二に目を戻した。
「いま、何か言いました?」
「いや、別に。帰るんだろう? 駅まで送るよ」
「ありがとうございます。でも、ふたりは自転車だし……そうだ、ふたりはどこかに行くところだったんじゃないんですか?」
「いえ、用が終わって、いま帰りなんですよ」
宮平が説明してくれる。
「そうなの。それにしても、ふたりはここからアパートまで自転車で帰るの?」
だとすれば、ちょっと驚きだ。
「十五分程度ですよ」
「ええっ、そんな短時間で帰り着けるの?」
思わず目を丸くしてしまう。
だって、電車でも同じくらいかかるのに。
「自転車は近道が使えるから」
そうなのか?
それにしても、ふたりの用ってなんなのかしら?
「しかし、自転車じゃ、後ろに乗せてあげられないし……残念だったね、柊二君」
「偕成、黙れ」
柊二がぴしゃりと言うと、宮平はわざと恐れたように後ずさった。
宮平君ってば、柊二さんをからかうなんて。
けど、残念だと思っているのは、柊二さんじゃなくて、わたしです。
そのあと、歩佳はふたりに駅まで送ってもらった。
自転車を押して歩く柊二と並んで歩いている現実が、嬉しくてたまらない。
ここのところずっと会えなかったのに……まさかピンチに陥っているところに現れてくれるなんて……
柊二さんは、やっぱりわたしのヒーローだ。
そんなことを思い、歩佳の胸はいっぱいになったのでした。
つづく
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