シュガーポットに恋をひと粒



49 窮地に涙目



「お疲れさまです」

仕事が終わり、歩佳はみんなと声を掛け合い、職場を後にした。

この会社に入社して半年ほどが過ぎ、仕事にはそこそこ慣れてきた。

それでも、まだまだわからないこともあったりするし、たまに手痛い失敗をして落ち込んだりもしてる。

でも、今日は何事もなく仕事を片付けられた。

仕事に関しては何も問題ないんだけど……

歩佳は歩きながら肩を落とす。

ここのところ、柊二さんと全然会えてないんだよね。

柊二さんに会えることを期待して、天気さえよければ美晴と一緒に散歩してるんだけど、一度も会えてないし……

柊二さんに会えることを期待しての散歩だったりするから、その邪心がよくないのかなぁ?

結局、会うのは恭嗣さんばっかりなんだよね。

まあ、美晴は大喜びしてるけど。

散歩のことだけじゃなくて、近くに住むようになったんだから、もっと頻繁に柊二さんに会えるんじゃないかって思ってたのになぁ。

美晴も、弟のことをそんなに話題にしないし、向こうからもやってこないし……

わたし、期待しすぎてたんだな。

……現実は、そんなに甘くなかったってことなわけだ。

しょっぼーーーーーん、だよ。

がっくりと肩を落としたそのとき、後ろから「歩佳ちゃん」と呼びかけられた。

その声には聞き覚えがあり、思わず『げっ!』と声を上げそうになる。

この声の主は、郷野と言う名の、部署は違うけど同じ会社の先輩だ。

しかも、同性の先輩たちから気を付けろと言われている相手。

入社時からこんな感じでちょっかいをかけられ、困らされている。

でも、困らされてるのはわたしばかりじゃなくて、ほかの女子社員たちにも、ちょっかいをかけているひとなんだけどね。

正直、このまま全速力で逃げたいけど、相手が職場の先輩であれば、そうもいかないか……

歩佳は仕方なく振り返った。だが、歩みは止めなかった。

「俺も帰るところなんだ。駅まで一緒に行こうぜ」

げげっ!

「え、えーっと……」

困ったよぉ。

歩佳は必死に知恵を絞り、口を開いた。

「すみませんが、友達と約束しているので」

もちろん嘘だけど……

「そうなの? 女友達?」

「……いえ、男のひとです」

そう言ったほうが効果的かと思え、口にする。

「ふーん、どこで待ち合わせしてんの?」

そう尋ねられて、思わず顔を歪めそうになる。

駅まで一緒に行こうと言われたのを、友達と約束しているからと断ったのだから、このまま駅まで歩いていっては、嘘をついたことがバレてしまう。

嘘なんかつかずに、駅までおとなしく一緒に歩けばよかったのかな。けど、こんな人と一緒に歩きたくないんだもの。

誰か、助けてぇ~っ!

心の中で絶叫したその時、頭に思い浮かんだのは、困ったときの巡査殿だった。

そっ、そうだ。
恭嗣さんと待ち合わせってことにして、電話しよう。

「ああ、そうでした。彼に電話しなきゃいけないんでした」

焦って口にし、歩佳は携帯を取り出す。

なんか、取って付けた感じになっちゃったけど……

まあ、いいや。

とにかく恭嗣さんに電話が繋がれば、必ずやこのひとを追い払ってくれるに違いない。

歩佳は、急いで恭嗣に電話を掛けた。

けれど、呼びはするものの、出てくれない。

やっかいな先輩は、なぜかにやつきながら、歩佳と肩を並べるようにしてついてきている。

いやだよーっ。
そのにやつき、何を考えてるのかわからなくて、気持ち悪いよぉ。

早く、早く恭嗣さん、出てくださーーい!

必死になってお願いするものの、一向に出る気配がない。

どっ、どうしよう? どうすればいいの?

なんとか離れようとしても、ぴっちりくっついてきて、ややもすると互いの身体が触れ合ってしまいそうだ。

歩佳が必死に逃げようとしているのがわかっていて、面白がっているようだった。

あーーっ、もう泣きたくなってきた。

『失礼します』って言って、走って逃げても追いかけてきそうだし、ついてこないでくれなんて強気なこと言えないし……

涙目になって早足で歩いていたら、「歩佳さん」という呼びかけとともに、自転車のブレーキ音がした。

驚いて振り返ったら、な、なんと自転車にまたがった柊二がいた。

「しゅ、柊二さん!」

思わず唖然として彼を見つめてしまう。

実は柊二はひとりではなく、宮平も一緒にいたのだが、このときの歩佳の目には、柊二しか見えていなかった。

驚きが抜けた瞬間、安堵と喜びが突き上げてきた。

恭嗣さんじゃなくて、柊二さんが現れてくれるなんて!

どうして彼がこんなところにいるのか、偶然過ぎる遭遇にはびっくりなのだが、いまの状況では安堵するばかりだった。





つづく




   
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