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104 ティラ 〈用途は色々〉
「母さん、菜園のお野菜、もらって行ってもいい?」
「好きなだけ持っていきなさい。そうそう、果物もいいのが実ってたわよ」
果物か。妖精の里の果樹園の果実をけっこういただいたんだけど……母さんの育ててる果物も美味しいから貰っていくかな。
バタバタと家の外に駆けて行き、野菜を収穫し、小川で綺麗に洗ってポーチに入れる。
果物も母の言っていた通り、今が旬のみずみずしいのがあれこれ生っていて、一つ一つ丁寧にもいでポーチに入れた。
ソーンさんは果物が好きみたいだから、喜んでくれそうだ。
耳はどうなったのかな?
夕食は起きて食べたんだろうか?
色々と気になりだし、母の用意してくれた朝食を急いでかき込む。
「ティラ、もっとしっかり噛みなさい」
「わ、わかってるけど……早く行きたくって」
「まだ早いわよ。太陽が顔を出したばかりじゃないの」
「ソーンさんの耳がどうなったか気になるんだもん」
「人間の耳になっているさ」
父が横合いから口を出す。
「それより、トッピはずっとそのままか?」
腰に下げているトッピを見て、父は苦笑する。
「だって、里から離れないと心配で。また里に戻っちゃったりしたら困るもの」
「ここで放せばいいだろう」
ああ、そうか。ここで放せば里からは遠いんだ。
「それはダメじゃない? ティラについていってしまうかもしれないわよ」
「ああ、そうだな。その可能性もあるな。さすがだな」
父はもろ手を挙げて母を称賛する。すると母はふふんと自慢そうに胸を張った。
母のお弁当を受け取り、「行ってきまーす」と声をかけ、走って出ようとしたら、「ティラ」と父に呼び止められた。
「なあに?」
「これを持っていけ」
「これなに?」
「救急袋だ」
そう聞いても、用途がよくわからない。
「これはな、瀕死の人を輸送するのに使うものなんだ」
そう聞いてなおさら必要性を感じない。
「仲間の誰かが瀕死の重傷になったとしても、回復薬かわたしの治癒魔法で治せるし」
「ティラ、用途は色々だぞ。いいから持っていけ」
強引に押し付けられてしまい、仕方なくポーチに入れる。
「父さんに感謝するがいい」
居丈高な言葉に、反応に困る。感謝することになるということらしいが……
よくわからないままティラは出発したのだった。
◇ソーン 〈弓の指南)
勇者様は、いつ戻ってくるのだろうか?
気になって寝ていられず、ソーンは湖の畔に出てきていた。
「早いな、ソーン」
ゴーラドが声をかけてきた。
「おはようございます。昨夜は遅くに色々とありがとうございました」
「ちゃんと眠れたのか?」
「はい。それはもう、夕方近くからずっと寝ていましたから、すがすがしく起きられました」
「それは良かった。で、ティラちゃんを待ってるのか?」
「ここにどうやって戻ってこられるのか気になりまして」
「はーい、おふたりさん、おはようさんです」
その声にぎょっとしてソーンは振り返った。なんと、にこにこ顔のティラが歩み寄ってくる。
「いつ戻ってこられたのですか?」
目を丸くして聞いてしまう。
「いまだけど」
「歩いて?」
「わあっ、ソーンさんの耳、ちゃんと人間の耳になってる。へーっ、なんかいいですねぇ」
「いいのですか?」
「うん、すっごくいい」
そう言われると、複雑な気持ちになる。嬉しいけれど、残念なような……
「それじゃ、朝食を作ってきますね」
「ならば、手伝います」
「一人で作った方が早く作れますから。そうだ、ふたりであの魔小鳥を狩ってきてくれたら嬉しいなぁ。あの鳥、美味しいんですよね」
空を羽ばたいている魔小鳥をさして言われ、ここはうんと言うしかない。
ティラはすぐに行ってしまった。
「ソーンは弓も得意なのか?」
「妖精族は、僕に限らずみな得意ですよ」
「俺は弓を使ったことがないんだ。けど使ってみたい。教えてくれるか」
教えを請われて嬉しくなる。
「もちろんです。弓はお持ちでしたか?」
「いや持って……ああ、そうだ。妖精族の長からいただいたのをキルナさんが持っているな。急いでもらってこよう」
ゴーラドはキャンプの施設に走っていき、すぐに戻ってきたが、キルナもついてきた。
「私も混ぜろ」
やる気満々のキルナは、腰に下げたバッグから弓と矢を取り出す。
それぞれ弓を手にしたふたりは、見よう見まねで弓を引く。
まずゴーラドが空を飛んでいる魔小鳥めがけて矢を放ったが……見当はずれの方向に飛んで行き、矢は湖に落ちた。
「ゴーラド、へたくそだな」
キルナはゴーラドを楽しそうに激しくディスる。
「なら、キルナさんやってみてくれよ」
キルナはふんと鼻を鳴らし、弓を引き絞る。
そして「えいやっ」という掛け声とともに矢を放ったが、矢はたいして飛ばず、これまた湖に落ちた。
「なんだ、キルナさんもたいしたことないな」
今度はゴーラドがお返しとばかりに、激しくディスる。
イラっと来たらしいキルナが、回し蹴りをゴーラドに食らわす。
「うぐっ」
蹴りは見事に決まり、ゴーラドは地面に膝をついた。
「ゴーラドさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない。キルナさん、仲間を負傷させるとは」
「避けられないお前が悪い」
憎まれ口をきき、キルナはにやにやしている。
最初はびっくりしたが、このふたりはいつもこんな感じなのだろう。
「ソーン、見本を見せてくれ」
ゴーラドに請われ、ソーンは弓を取り出し魔小鳥に矢を向けた。
精神を統一し、矢を放つ。
「おおっ、見事なものだな。ゴーラド獲物を取ってこい」
「俺は狩猟魔犬か」
ブツブツ文句を言いつつも、ゴーラドは駆けて行った。
「ご飯できましたよぉ」
ティラが声をかけてきた。もう用意できたのかと驚く。
「魔小鳥は狩れました?」
「ああ、ソーンが一羽な」
「一羽だけじゃ足りませんよ。人数分はお願いしたいです」
「だそうだ、ソーン」
ソーンは頷き、ティラの要望に即座に応えたのだった。
つづく
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