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106 ソーン〈気になる視線〉
里と、こうも違うとは。
景色などは、そうたいした違いはないのだろうと思っていたのだが、そんなことはなかった。
森を抜け、そしていまは草原を歩いている。
田畑もなく、ただ見渡す限り草が生えているだけだ。
こんな風に土地を遊ばせておくなんてもったいない。なにがしかの作物でも育てればよいのに。
しかし、集落も見当たらないな。いったい人族はどこに住んでいるのだろうか?
「この坂道を登ったら、アラドルの町が見えるわよ」
ティラが教えてくれる。
「アラドルのマチ?」
「たくさんの人が住んでいるの。里の何倍くらいかな?」
「アラドルの人口は一万人ほどと聞いたことがある」
キルナが教えてくれる。
ソーンは表情には出さなかったが、その数にかなり驚いた。
坂を上り切った。眼下に広がる景色に目を奪われる。平地を埋め尽くすように建築物がある。
「これが町?」
人族は多いと知ってはいたが……これほどとは!
もちろん、町はこれ一つではないだろう。
「このような町は、いったいいくつあるのですか?」
「ガラシア国には、これくらいの大規模な町は五か所かな」
五か所ほどか。と、なぜかほっとしたソーンだったが、キルナはさらに「ここより小規模な町は、どれくらいあるのか知らないな。村は数えられないほどあるしな」との情報をくれ、ソーンは唖然とした。
それから町に到着するまで、三人との会話でソーンは様々な情報を得ることができた。
そして得た結論は、世界は想像がつかないほど広く、深淵であるという事実だった。
◇
町に入ったら、いたるところに人族がいた。
大きな魔馬車が往来する道の喧騒を耳が受け止めきれず、ソーンは頭がふらつく。
「ソーンさん、大丈夫?」
ティラが心配そうに声をかけてきてくれる。
「こうも騒々しいとは思いませんでした」
「里は静かだもんね」
「どっかで少し休むか?」
ゴーラドが提案してくれたが、自分のためなどに皆様に迷惑をかけたくない。
無理して「大丈夫です」と言ったら、キルナに頭を小突かれた。こんなことをされたのは初めてで驚いてしまう。
「青い顔して、何が大丈夫だ。そうだティラ、こいつ、救急袋に入れたらどうだ?」
「そんな必要ないですよ」
ティラはクスクス笑い、ソーンの背中に触れてきた。触れられたことにドキリとしたが、すーっと身体が楽になっていく。
「ああ、治癒魔法があったか」
ゴーラドがほっとしたように口にする。
治癒魔法?
「勇者様は、治癒魔法までも使えるのですか?」
妖精族は治癒魔法に長けているので、治癒魔法自体に驚きはしないのだが……
「お前は使えないのか?」
キルナに問われ、ソーンは首を横に振った。
「僕は習得していません」
ソーンの得意な魔法は防御系だ。攻撃系は水魔法と風魔法が使えるが、その威力は剣技や弓ほどではない。
治癒魔法そのものの能力はあるのだが、習得していないので使うことはできない。
「習得すれば使えるようになるってことか?」
キルナが興味深そうに聞いてきて、ソーンは「はい」と頷いた。
「妖精族は水魔法と風魔法のどちらか、またはその両方が使えます。習得する魔法は自分で選ぶのですが、治癒魔法は女性が習得するものなので、男が習得することはないのです」
「男女で分けずに、なんでも憶えといた方が便利そうだがな」
「そうかもしれませんね」
里の中ではそれが慣例となっていたので、そんな風に思ったことはなかったのだが……
その時、甘く香ばしい匂いが漂ってきて、ソーンは誘われるように視線を向けた。
会話をしていて気づかなかったが、道端に設置された台の上に色んなものが並べてある。籠に鍋などの日用品、新鮮そうな野菜に薬草、いろんな種類の肉、加工した食品、見たこともない菓子類。
そして、それを手渡す者がいて、受け取る者たちが並んでいる。
里と同じなのだな。
「必要な物は、あのようにして配るのですね?」
「配る? いや、配っているわけじゃないぞ。金を出して買っているんだ」
「金? 金とはなんですか?」
そう聞いたら、三人がソーンをじっと見てくる。
何かおかしなことを口にしただろうか?
「もしかして、妖精族さんにはお金ってものがないわけ?」
「ほほお、興味深いな。貨幣の概念がないのか」
「驚いたな。けど、そうか。すべて里の中で完結するから必要ないんだな」
三人の言葉をソーンは戸惑って聞く。
そのあと、お金について詳しく説明してもらうことになった。
つまり、欲しいものは金というものと引き換えでないと手に入れられない。そして金は、働いて稼ぐものらしい。
冒険者になり、依頼を受けてそれを達成することで、報酬……つまり金を得られるのだそうだ。
そして勇者様が、「お財布が必要だね」とおっしゃる。
「財布より、先に金だろ」
「そうだな。ギルドに行って、まずは緑竜を買い取ってもらおう」
ゴーラドがキルナに頷き、腰のバッグを叩いて言う。
「ソーンたち妖精族が倒した緑竜を買い取ってもらえば、ギルドからの報酬含めて、ソーンは一気に金持ちになる」
「あの緑竜が金とやらになるのですか? それと、報酬とはなんですか?」
「緑竜の討伐依頼がギルドを介して国から出ていて、私達はその依頼を受けて、あの危険区域に行ったんだ。なので、国から討伐した緑竜の数に応じた報酬が受け取れるんだ」
「緑竜一体白金貨一枚なんですよ。妖精族さんたちが討伐した緑竜は十二体だったから、国からの報酬だけでも白金貨十二枚になるんですよ」
白金貨の価値がいまいちわからないが、勇者様の興奮状態から見るに、かなりのものらしい。
その時ティラが、ソーンの腰に下げたポーチに視線を注いでいるのに気づいた。
「勇者様、どうされました?」
問いかけたら、なぜかティラは慌てて手と首を横に振られる。
「な、なんでもないです。それよりギルドにレッツゴーですよ!」
大きな声で号令をかけ、勇者様は足を速めた。
明らかに、勇者様はおかしかった。いったいなんだったのだろう?
つづく
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