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107 ティラ 〈試練の補助〉
あー、恥ずかしいことを考えてしまって、わたしの馬鹿ぁ。
ソーンさんの懐に大金が転がり込むとわかり、ソーンさんのポーチに使った白金貨三枚を返してもらえないかなぁなんて、みみっちいことを考えてしまうとは。
あれはわたしが勝手に選んだっていうのにぃ。
茶色のやつならソーンさんは無料で手に入れられた。容量も使用感も同じ。違うのは見た目だけだ。
よ、よしっ! これからしっかり稼げばいいんだもん。大剣などあっという間に手に入れてやるぅ!
◇
みんなでギルドの施設に出向き、職員に緑竜を引き渡した。
もちろん、職員は目を真ん丸にして驚いていた。そして受付から想定していた情報をもらうことになった。
危険区域の緑竜について、国直属の騎士団による調査終了後、一週間後くらいには危険区域を解除するとのこと。
そしてその功績は、ゴーラドをリーダーとする三人のもの。というわけで、なんとなんと、特別褒賞金として白金貨十五枚をいただけることになったのだ。
一人、白金貨五枚!
戻ってきた! わたしの白金貨が増えて戻ってきた!
白金貨を受け取ったティラは、真っ先に大剣を手に入れに飛んでいきたかったが、そういうわけにもいかなかった。
いま最優先にするべきは、ソーンの冒険者の試練だ。
ゴーラドに付き添われたソーンは、受付を終え戻ってきた。
「申請してまいりました」
「それじゃ、さっそく試練にゴーですよ」
ソーンを連れて駆け出そうとしたら、キルナに捕まった。
「キルナさん、何するんですかぁ?」
「試練には付き添えないぞ」
「で、でも、ソーンさんは薬草の採取はやったことがないって」
「課題の薬草の見本をもらっている。生息地の場所も教えられているんだ、ひとりで行ける。だいたい何のための試練だと思っている? これくらいのことをひとりでやり遂げられないなら、冒険者になどなれるものか!」
ああ、そうでした。課題の薬草の見本をもらえるんだった。わたしは課題の薬草を知っていたから、もらわなかったけど。
「で、でも……ソーンさんは里から出てきたばかりで、いろんなことに不案内なんですよ」
一人で行かせるなんて、めちゃくちゃ心配です!
けれど、そんな母のごときティラの思いは無視される。
ソーンはちょっと緊張を見せつつも、地図を手にギルドを出て行った。
「本当に一人で行かせちゃうんですか?」
「行くぞ」
キルナはそう声をかけ、ギルドを出る。
「へっ? どこに……?」
戸惑っていたら、ゴーラドが笑いながら肩を軽く叩いてきた。
「いいから、ティラちゃんも行くぞ」
なーんだそういうことかと、ソーンをつけて行きながらティラは胸を撫で下ろした。ふたりは初めから、遠目に見守るつもりだったらしい。
これなら安心だね。そう思ったのだが……
「あっ、ソーンさん、道を間違っちゃったんじゃないですか?」
「ああ、右に曲がるべきところを、なぜかさんざん悩んだ末にまっすぐ行ったな」
「おっ、また立ち止まったぞ。間違えたことに気づいたんじゃないのか?」
期待を持った三人だったが、ソーンはその場で考え込みつつ一周まわったと思ったら、さらにまっすぐ進んでいく。
「もしかして、まったく方向が分かってないんじゃないですか?」
「地図の読み方を知らないと見た」
「「それだっ!」」
キルナの意見に、ティラとゴーラドは息を合わせて同意する。
「どうする? このままじゃ、ずっと迷い続けるぞ」
「そうだな……ティラ、お前先回りして、正しい道にソーンを導け」
「先回り? 導けって、どうやれっていうんですか?」
「それはお前に任せる」
キルナさん、丸投げです。
けど、なんとかせねば、ソーンは冒険者になれない。
「もおっ」
叫んだティラは、道から外れて駆けだした。
◇ソーン
「えーと、こっちからこう来たんだから……いま僕はここにいるはずだな」
地図を睨み、頭に熱を帯びるほど考え、自分のいる場所を確認しようとするが……自信がもてない。
「よし、次の角を右に入ってみよう。なんとなくだが、それが正しい気がする」
右に曲がったソーンは、そこに町を発見した。
なんと、新しい町についてしまったぞ。地図にこの町が記されていただろうか?
ぐるりと回って、元の町に戻ってしまったとは気づかないソーンであった。
首を傾げながら、目的地はこっちではないと当たり前な答えを出し、ソーンは町に背を向けた。
すると、道端に誰かがしゃがみ込んでいる。古めかしい灰色のフードを目深にかぶったその人物が、コンコンと苦しそうに咳き込んだ。
「どうしました? 具合が悪いのですか?」
「は、はい。具合が……それで薬草を取りに行こうとしておりましての」
かなり掠れた小声で聞き取りづらかったが、どうもそのように申したようだ。
「薬草を? なんという薬草です?」
「キビス草ですじゃ」
なんという偶然だろう。それならば、いまソーンが探しているものだ。頭痛をやわらげる薬草だと聞いたのだが、咳にも効くのだろうか?
「よかったら、一緒に探しましょう。僕も同じものを探しているところだったのです」
「お、おお、ありがたや。よろしゅう御頼み申しますですの」
これまた掠れた小声だ。
その者は俯いたまま立ち上がり、腰を折ったままよろよろと歩き出す。
もっとお若いと感じたのだが……その様子、かなりお年を召していたのか?
「実は、キビル草の生息地を記した地図を持っているのですが、どうにも方向が分かりづらくて」
「生息地ならば知っておりますじゃ。こちらですぞ」
「それは助かる」
一緒に歩くこと二十分ほど、見本としてもらったキビル草と同じものがあちこちに生えた場所をついに見つけた。
「よかった。これだ」
喜んで採取し、「さあ、これを」と差し出す。
「おおお、ありがとうござりまする」
感謝のこもった礼をもらい、面映ゆい。
勇者様達以外の人族と、このような交流をもてたことに喜びが湧く。
「町まで送りますから、僕が採取を終えるまで少し待っていてください」
そう申し出たら、こくりと頷き、近くの木の根に腰をかけられた。
キビル草であることを確かめながら、三十本を採取し、一束にする。
やり終えた!
達成感で胸が震える。
すると木の根に腰かけたその人が、力いっぱい拍手してくれた。
「ありがとうございます」と思わず礼を言ったのだが……
ソーンが冒険者の試練のために、この薬草を取りに来たことなど、この方は知らないはずで……
「あの、どうして拍手を?」
「あ……ゴ、ゴホッ、ゴホッ」
急に激しく咳き込み始め、ソーンは慌てた。
「大丈夫ですか?」
心配から顔を覗き込もうとしたら、フードを押さえるようにして立ち上がられる。
顔を見られたくないのだろうか? 恥ずかしがりなご老人なのだなと、納得する。
「では町に戻りましょうかの」
そそくさとご老人は立ち上がり、よろよろと歩き出す。
体調があまりよくないようなので、気にしつつ並んで歩く。するといつの間にやら町に戻っていた。
「よお、戻ったか」
キルナとゴーラドが町の入り口で出迎えてくれた。
嬉しくなりふたりに駆け寄ったが、ティラの姿がない。
「あの、勇者様は?」
「はーい」
なぜか後ろから、ティラが現われた。
「さあ、ソーンさん、ギルドに報告に行きますよ」
腕を取り、ソーンを引っ張っていこうとなさる。
「実は一緒に薬草を……」
そう口にしながら、ともに戻って来たフードのご老人を探して周りを見回すが、どこにも姿が見えない。
「あれっ、おかしいな?」
「その人なら、向こうの方に行ったぞ」
ゴーラドが、人がたくさんいる通りの方を指さす。
「そうですか」
短い時間だったが、仲間のような意識を抱いていたため、挨拶もなく去ってしまったことにがっかりしてしまう。
「ひどく咳をしておいでだったのですが……キビル草というのは、咳にも効くのでしょうか?」
そう聞いたら、なぜかキルナが笑いを堪える様子を見せる。
「キルナ様?」
眉をひそめたら、ティラが声高に「そ、その人は、導きの使徒だったんですよ、たぶん」と言う。
「導きの使徒?」
「そうそう、迷える者あれば救いに現れる。そういう不思議な者が、稀に現われることがあるらしいんですって。ねっ、ゴーラドさん、キルナさん」
「あ、ああ、そうなのかもしれんな」
ゴーラドは曖昧に頷くと、「私は残念ながら、そのような者とは遭遇したことはないな」と、にやつきながらキルナが言う。
ティラは「つまり、ソーンさんは超ラッキーってことなんですよ。よかったですね」と話をまとめた。
「さあ、さあ、ギルドに報告ですよぉ。これで晴れてソーンさんも冒険者です」
なんだかよくわからないが、そのような不思議な人物がこの世界にはいるのかと、疑いもせず信じ込んだソーンだった。
つづく
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