冒険者ですが日帰りではっちゃけます



◇131 ゴーラド〈楽しい宴会〉


風呂から上がり部屋に戻ったら、ソーンがひとりでいた。

「キルナさんはまだ風呂か?」

「そのようです」

「ティラちゃんには会えたのか?」

外はすでに日が暮れてしまっている。当然ティラは、家に戻ってしまっているだろう。

「いえ」

肩を落としているソーンを見て、慰めてやりたくなる。

「明日の朝には戻ってくるぞ」

そう言ったら、ソーンは顔をほんのり赤らめた。
あまりにも分かりやすい反応に、にやついてしまいそうになる。

甘酸っぱい……青春だなぁ。

ティラちゃんとソーンなら似合いのカップルだ。
ただ、ティラの方には、恋愛的なものをいまいち感じられないわけだが。

「べ、別に……僕は……」

口ごもるソーンに生暖かいまなざしを向けつつ、心の中で『ソーン、ガンバレよ』と応援する。

「その、本をお借りできないかと思っただけで……」

「本?」

「はい。本をお持ちだったので」

本か……ゴーラドには馴染みのないものだ。
本はとても貴重で高価だ。村の教会にほんの少し蔵書があったが、興味もなかったので手に取ったこともない。

その貴重な本を、ティラちゃんは持っていたんだったな。

「他にも本を持っていらっしゃるのではないかと」

照れ隠しの誤魔化しもあったのだろうが、本を借りたいというのも本心なのだろう。
ソーンは、俺とは違って、学ぶのが好きそうだからな。

「そういや、妖精の里にも本はあるのか?」

「はい。かなり大きな書庫があります。ですが……」

「うん?」

「……もちろん人族も本を所有しているのですよね?」

「個人で持つ者は少ないと思うが、町には大概図書館があるぞ」

「図書館、ですか?」

「アラドルの図書館なんて、かなり大きいんじゃないか。ああ、それと書店もあるぞ。値は張るだろうが、魔導書なんてのも置いてあるらしいな」

聞きかじりの情報だが……

「書店? 魔導書? 本が売り物になっているのですか?」

ソーンの目はどんどん驚きに見開かれていく。

その驚きに触発されて、ゴーラドの口もついつい調子づいてしまう。

「王都にいけば、すっげぇでっかい図書館があるはずだぞ。聞いた話じゃ、見渡す限り本が並べてあるって話だ」

そんな会話で盛り上がっていたら、キルナが戻ってきた。
いつもと違い、湯上りで軽装のキルナは、まるで雰囲気が違う。少々どきりとした。

「おう、ふたりとももう戻っていたのか。どうだった大露天風呂は?」

まあ、言葉遣いはいつも通りの男勝りだな。苦笑を押し殺し、感想を告げる。

「すっげぇよかったぞ。あんなに作りが凄いとは想像できなかった」

この宿を気に入っているキルナは、ゴーラドの誉め言葉に満足そうにする。そして、窓を開け放ち、窓近くの椅子に腰かけて涼み始めた。キルナにとっては馴染みの場所で、くつろぎ方も堂に入っている。

「ティラ様は、お早くお帰りなったのですね」

ソーンがキルナに確認する。

「いや、それがな……」

キルナが口にしたところで、ドアが勢いよく開き、ソーンとゴーラドは驚いた。

「あー、いいお湯でしたぁ」

「ティ、ティラ様!」

ソーンが驚いて声を上げる。もちろんすでにいないと思っていたので、ゴーラドも驚いた。

ふんわりとしたデザインのワンピースを着て、その手には網に入れられたままのトッピをぶら下げている。トッピもお風呂を楽しんだのか、満足そうな顔で短い両手足をだらりとさせていた。

「ふたりも戻ってきてたんですか? どうでした外のお風呂は?」

「よかったけど……ティラちゃん、もう日が暮れちまってるが、そうのんびりしてていいのか?」

「実はですねぇ、ここにいる間は帰らなくていいのでーす」

ティラは両手を大きく広げて回転しつつ、そう宣言する。その反動で、トッピの網もくるくる回る。

「そうなのか?」

驚いたな。ティラちゃんが日帰りしない日がくるとは……

「温泉を存分に楽しませてやろうという親心だろ」

キルナのその説明に、まあ納得する。


そんなわけで、初となる四人揃っての夜となった。
料理は部屋まで運んでくれ、至れり尽くせりの大御馳走だ。酒も進むというもの。

「ところでティラちゃん、本を持ってたが、もっと持ってたりするのか?」

ほろ酔い気分で、ソーンが本を読みたがっていたことを思い出し、ゴーラドはティラに尋ねた。

「お前が本?」

こちらもほろ酔いのキルナが、ゴーラドをからかってくる。

「俺じゃなくてソーンだ。なあ、ソーン?」

「あっ、はい」

なぜかソーンは居住まいを正す。
なんで畏まるんだか。つい笑ってしまう。

「ソーンさん、どんな本が読みたいんですか?」

ティラは箸を休めずにソーンに問う。相変わらず底なしの食いっぷりだ。
トッピは魔核石を食わせてもらい、いまはティラの側でピーピーと寝息を立てている。

「一番興味があるのは歴史書です。あと、色々な専門書なども」

歴史書に専門書か……頭が痛くなりそうだな。

「それだと王立の図書館に行くといいかもですね」

その言葉に、キルナが「王都か」と口にする。

「どこの国の王都でもいいと思いますけど……」

「俺は、まだ王都に行ったことがないんだ」

「ゴーラド、王都に行ってみたいのか?」

キルナに聞かれ、ゴーラドは苦笑いしてしまう。
興味はあるが、行きたいってわけでもない。

「いや……俺は田舎もんだから、都会ってのは、すっげぇ気が引けるんだよな」

アラドルでさえ、お上りさん気分にさせられた。王都はアラドルの比ではないんだろう。

「そんなの気の持ちようですよ」

ティラはそう言いながら、空いている左手をポーチに突っ込み、分厚い本を取り出した。それをソーンに差し出す。

「初歩的な歴史書です」

「お借りしてよいのですか?」

すげぇな。なんでもないように本を取り出したティラに感心してしまう。

「王都の図書館にもいずれ行けますよ」

「とても楽しみです」

なんだか王都に行く流れになっちまってないか?
まあ、行ってみるのもいいかもしれないよな。甥っ子たちに王都の話を聞かせてやれるし、王都でないと手に入れられない土産物なんかもあるだろうし……なにより、俺にとっていい経験になるか?

美味い酒に気のいい仲間に囲まれ、ゴーラドは胸の内で呟いた。



「話は変わるが、明日はどうする?」

そろそろお開きというところで、キルナが尋ねてきた。

「温泉を楽しむんじゃないんですか?」とティラが言う。

「温泉もいいが、この辺りは観光地でな、見応えのある場所が近くにいくつかあるんだ」

「へーっ、どんなところがあるんです?」

「そうだな。七色の池に長寿の巨大木、規模は小さいが遺跡もあってな、それなりに見応えがあるぞ」

遺跡探索の好きなキルナは、その遺跡にも何度も訪れたらしい。
まだ発見されていない遺跡を探し出し探索するというのが、キルナの夢のひとつだそう。噂の域でしかないようだが、遠方の国にはお宝がどっさりある迷宮というものもあるらしい。

お宝どっさりの迷宮か……夢が広がるな。

「どこもよさそうですね。それじゃ、明日はどこに行きます?」

ティラも興味を持ったようだ。

まずは一番近くにある長寿の巨大木を見に行くことで話が決まった。遺跡は南側で反対方向になるそうなので、日を置いて行こうという事になった。

「ところでキルナさん、この近くの沼にいるカンラって生き物のことは知ってるか?」

耳にしたことを思い出し、ゴーラドはキルナに聞いてみた。

「カンラ?」

キルナは眉を寄せている。

なんだキルナさんも知らないのか。

「カンラですか。背中に草を生やしている魔物ですよね」

「おお、さすがティラちゃんだ。知っているのか?」

「この近くにいるのは知らなかったです。カンラセ草は貴重なんですよ。できれば採取にいってみたいですけど」

「そんな魔物がこの近くにいたとは……この温泉地の周辺の情報は網羅していると自負していたのに」

キルナはひどく悔しそうだ。

「ゴーラドお前、一体どこでそんな情報を手に入れたんだ?」

「露天風呂にいた客が話しているのが耳に入ったのさ。課題とか言ってたな」

「学生さんたちですかね。どこの学校だろう」

「王都から三日かけて来たって言ってたな」

「ふーん」

「あの、学校とはなんですか?」

ソーンが興味深そうに聞いてくる。

「学ぶ場所ですよ。文字に知識に魔法に体術とか。妖精族の里にもあるでしょ、学びの場?」

「はい。それを学校と呼ぶのですね。どんなところなのか興味を惹かれます」

「学校も、王都に行けば見学できるさ。それでゴーラド、その沼の場所は聞いたのか?」

キルナに問われ、ゴーラドは首を横に振った。

「場所までは聞いてない。だが、この宿のスタッフに聞けば教えてもらえると思うぞ」

「自分たちで探してみるっていうのも楽しいかもしれないですよ」

ティラの提案に「それも悪くない」とキルナが頷く。

そんなわけで、明日は早朝に起きてまずは温泉を楽しみ、朝食後出かけるということになった。





つづく



 
   
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