冒険者ですが日帰りではっちゃけます



◇ 132ティラ 〈巨大木の葉〉


長寿の巨大木は、完全に観光地だった。

周りには土産物屋が並び、巨大木は神として崇められ、巨大木の葉を加工したお守りなども売られていた。魔獣魔物除けになるらしい。ただし、効能は薄い。

まあ、気休め程度ってことだね。

ゴーラドとソーンは記念にと買っていた。ティラは加工されていない巨大木の葉っぱを一枚購入した。こういうの両親は好きなのだ。

大量に販売したくないからだろうけど、ひとり一枚限定で、値段もかなり高めだ。もっと欲しかったけど、仕方がない。

巨大木は、高さはそれほどないものの幹の太さは圧巻だった。周りを歩けるようになっているのだが、ちょっとした散歩程度には距離がある。

それにしても不思議な木だ。同じ種類の木が周りにないのだ。鳥によって種が運ばれてきたのか、人の手によって植えられたのか……

首を傾げつつ、そっと幹に触れてみたら、とても優しい魔力を感じた。

そうか、この巨木の魔力を魔獣や魔物は苦手なんだ。
さらにもうひとつ、わかったことがあった。この温泉地の周りに魔獣や魔物の気配が全くないので、大規模な結界を張っているのだろうと思っていたのだが、どうやらそうではなかったらしい。
つまり、温泉地を含め、この周辺一帯はこの巨大木のおかげで安全地域になっているのだ。

「わあっ、凄いね」

理解した瞬間、ティラはあけっぴろげに叫び、木の幹を優しく叩いて称賛した。

すると巨大木の太い枝が微かに震えた。そして、葉がハラハラと舞い落ちてきた。
その現象を感動の思いで眺めていたら、管理人たちがすっ飛んできた。

「わわわわわわ。みなさん、足元にお気をつけくださいーっ」

「神聖な葉を踏みつけないようにしてくださーい」

「拾ってはなりませんよ。もし詐取するようなことがあれば、罰されますよぉ」

大声で指示があるなか、続々と籠を持った管理人たちがやってきた。そして、白い手袋をした手で葉っぱを丁重に拾っていく。

すると小さな竜巻が起こった。地面の葉が舞い上がり一塊になったと思ったら、なぜかティラの頭の上に載ってしまったのだ。

管理人たちは目を見開き、ティラの頭の上を凝視する。

「え、えーっと」

こ、困った。どうすればいいんだ、これ?

ティラの近くにいたソーンも驚いて目を丸くしている。

いくら自分の頭の上に載ってしまったとしても、拾うなと言われたからには手に取れないよね。

管理人の責任者と思しき男性がティラに歩み寄ってきた。

「あの、どうぞ」

管理人が手に取れるようにティラは頭を傾けようとしたが、男性は首を横に振って止めてきた。

「それは巨木様の御意向でしょう。お納めください」

「えっ? これ、買い取っていいんですか?」

まあ、かなりの高額になるだろうけど、買い取る量はひとり一枚と限定されていたので、ありがたいっちゃありがたい。

「いえ、金銭など必要ありません。お納めください」

「えっ? もらってしまっていいんですか?」

「もちろんです。巨木様は自分の意志でのみ、葉を落とされます」

そうなのかぁ。

うーん、わたしの称賛が嬉しかったのかな?

多分そういう事なんだろう。

ティラは微笑み、木の幹に触れて「ありがとうございます」と、お礼を伝えた。




◇ソーン

ティラ様はやはり凄いお方だ……

神聖な巨大木を後にし、ソーンは尊敬の思いで隣を歩くティラを意識していた。

ティラ様が、巨大木に声をかけられた瞬間、葉が舞い落ちてきたのだ。そしてたくさんの葉がくるくると舞い上がり、ティラ様の頭上に捧げられた。

周りにいた人々はそのさまを見て、ソーン同様に目を丸くしていた。

その時、キルナとゴーラドは土産物屋を覗いていたため、神々しい出来事を見ていないのだ。もちろんソーンは、興奮とともにふたりに話して聞かせた。

ふたりとも初めこそ驚いたものの、ティラならそういうこともありそうだよなと、あっさりと納得してしまった。

興奮していたソーンとしては、ちょっと、いや、かなり物足りなかった。

「さて、目的地の沼はどっちだろうな?」

先頭を歩いていたコーラドが、足を止めて振り返って来た。

道が二手に分かれているようだ。
道と言ってもはっきりしたものではなく、背の低い草が少し薄くなって土が見えているくらいのものだ。

この先は、人が通ることはあまりないようだ。
北に向けて道らしきところを進んできたのだが……

するとキルナが、目を閉じて空気を嗅ぐようにする。

「うむ。少し前に人が歩いた気配を感じるな」

「キルナさん、そんなことがわかるのか?」

ゴーラドが驚いて言う。口に出さなかったが、ソーンもまた微かに気配を感じていた。ティラ様は何もおっしゃらないが、当然気づいておられるだろう。

「まあな。こっちに進んだみたいだが……」

キルナは右側をさす。

「たぶん、昨日ゴーラドが言っていた学生じゃないのか?」

「そうか。なら、右側の道に進むか?」

「左の道にしましょうよ」

ティラが楽しそうに提案する。キルナは「理由は?」と聞く。

「学生さんの後をつけてくんじゃつまらないから。どっちに進んでも沼に着けそうな気がするんですよね。もう近いみたいだし」

「なんで近いと思うんだ?」

「独特の匂いがしてるんで」

匂い?
ソーンは辺りの匂いを嗅いでみた。キルナとゴーラドも同じように匂いを嗅いでいる。

本当だ。これまで嗅いだことのない青臭いような匂いがする。

「微かに奇異な匂いがするな」

表現は違うが、キルナも匂いを嗅ぎ取ったようだ。しかしゴーラドだけは首を傾げている。

「これは沼の匂いなのか、それともカンラとかいう魔物の匂いだったりするのか?」

「どっちもというか……カンラが住み着くことによって発生する匂いですね」

「カンラってのは、旨いのか?」

からかうようにキルナはティラに問う。

「カンラは絶対食べてはいけないものです」

「毒があるのですか?」

ソーンが尋ねたら、ティラはそうじゃないと首を振る。

「食べると味覚が消えるんだそうですよ。そんなことになったら、たとえ数日でも嫌ですよね」

その答えを聞いて、キルナもゴーラドも顔をしかめる。もちろんソーンもだ。

「けど、素材としては優秀ですよ」

「素材ですか?」

「煮詰めて伸ばして冷やすと弾力性のある丈夫な素材になるんですよ。ずいぶん昔だけど、母からクッションにしたやつ貰ったことあって、結構気に入ってたんですけど……あれ、どこに行っちゃったんだろう?」

「ぷっぴぃー!」

突然トッピが鳴いた。そして、クッションの行方を考え込んでいたらしきティラが「わわわーっ」と叫び、足を浮かせるようにして駆け出した。

「こらトッピ、落ち着くのよ!」

ティラはトッピを叱責するが、そのまま行ってしまう。

「ティラ様!」

呆気に取られている場合じゃなく、我に返ったソーンは慌ててティラを追った。





つづく



 
  
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