冒険者ですが日帰りではっちゃけます



◇33 ティラ 〈残念無念〉


「着いたみたいですね」

「ああ、思ったよりもかからなかったな」

目の前にはパッサカの町。
精霊の住む湖は町からそんなに遠くないのだが、この位置からでは見えない。

一度来たことがあるものの、それはだいぶ前のことだ。

けど……あんまり変わっていないみたいだなあ。あの頃と同じに素朴な町って感じ。もちろん悪くない。

何より町全体が清潔だしね。それが一番大事だよね。

清潔ってことは、町が荒れていない証拠。町の責任者がしっかりしてるんだろうな。

まあ、近くに精霊が住み着いていることも理由かな。町をうまく維持できなくなれば、精霊は見切りをつけていなくなってしまうだろうからね。

せっかくここまで来たなら、一度会いに行きたいなぁ。

とはいっても、精霊が拒否すれば会うことも叶わないけどね。

「田舎だな」

周りを見回し、キルナが言う。

けど、悪い感じじゃない。それを喜んでいる声音だ。

「キルナさん、ちょっと小腹が空きません?」

そう言いつつ、目についた屋台に向かおうとしたら、首根っこを掴まれ、足が浮く。

「キ、キルナさん!」

通行人が、ぶら下げられているティラを見てくすくす笑っている。

すぐに下ろしてはくれたが、頬を膨らませて抗議する。

「恥ずかしいじゃないですか、やめてくださいよぉ」

「ならば、すぐに食いものに飛んでいくのはやめろ」

「だって、お腹空いたし……」

「まずはギルドだ」

えーっ!

「食べてからでもよくないですか?」

拗ねた目で訴えるも、キルナは無表情だ。

「後回しにしていたら日が暮れる。お前、その前に帰らなきゃならないんじゃないのか?」

ううっ、確かに。

「わかりましたよぉ」

ならさっさと用事を済ませて、帰る前に絶対何か食べるぞ!

そう決意しつつも、未練たらしく、屋台の前で美味しそうに何か食べている女の子を見ていたら、またキルナに首根っこを掴まれた。

有無を言わさず、後ろ向きに引きずっていかれることになってしまった。


ギルドはとても小さかった。それに町同様に質素な建物。

中に入ると、数人の冒険者がいた。受付はひとつで、掲示板自体も一枚しかなく、依頼も少ない。

「ここは拠点にはできないな」

掲示板の依頼を見て、キルナがひとりごちる。

ティラも頷く。

「けど薬草採取の依頼はけっこうありますね。あっ、これ」

ティラは依頼の紙を1枚引っぺがす。

「この薬草の依頼があるってことは、これが生息してるってことですよね?」

ピールという薬草だ。いろんな薬の材料になるので、あればとても重宝する。

「その可能性はあるが……確かではないな」

「そうなんですか?」

「ああ、欲しいやつは依頼を出すだろうが、依頼主がこの辺りにあると知っているとは限らない」

「そうかぁ。けっこう珍しい薬草なんで、あるんならわたしも欲しかったんですけど」

「ならば受付で聞いてみるといい。生息地を知っている可能性はあるからな」

「ですね。聞いてみます」

ティラは急いで受付に向かい、ピールについて尋ねたのだが、生息地は分かっていないとのこと。残念。

肩を落とすティラの横で、キルナが受付の人に話しかけた。

「聞きたいことがあるんだが」

「は、はい。な、なんでしょうか?」

受付の女性は、キルナを前にして、何やら焦っている。
周りの冒険者もキルナさんを気にしているようだ。

その見た目かなぁ。

どの冒険者さんも、そんなに凄い装備はしていない。そんな中、キルナさんの防具は、ちょっと普通じゃない感じだからねぇ。漆黒の鎧。うん、やっぱり目立つよね。

そんな周りのことなど気にすることもなく、キルナは地図を取り出し、受付に見せる。

「この地図だが」

「は、はい」

なぜか受付のひとは、前よりもっと焦り始めた。その目は地図を凝視している。

地図がどうかしたのかな?

「パーティーを組むと、仲間の位置が表示されるとのことだが」

「は、はい。ひ、表示、、されるようです」

「ようです? どういうことだ? 確信がない、というように聞こえるが?」

「ちょ、ちょ、ちょっと、お、お、お待ちくださいませぇ」

立ち上がったと思ったら、受付の人は慌てふためいて奥の部屋に駆け込んで行った。

「どうしたんですかね?」

「さあ?」

キルナも首を捻る。

しばらく待っていたら、年嵩の男の人が奥から現われた。

さっと部屋全体を見回したあと、その視線はキルナに向く。そして後ろについてきた受付の人に振り返ると、「この方か?」と尋ねた。受付の人はコクコクと頷く。

「お待たせしました。ギルドの地図をお持ちと、お聞きましたが?」

受付のカウンターに置いたままの地図にちらちらと視線を向けつつ、キルナに問いかける。

「そうだが……地図がどうかしたのか? 何か問題でも」

「と、とんでもございません!」

なんか、いまにもひれ伏しそうな雰囲気で男の人は首を振る。

「あ、あの、冒険者カードを提示していただけませんでしょうか?」

キルナはすぐに取り出して見せた。

確認した男のひとが、ガチリと固まる。

うわーっ、時を止めてるぞ、この人。息してないし。

けど、苦しくなったのか、大きく息を吸ってから、「し、失礼しました!」と恐縮して頭を下げる。

なんで失礼しました? 何も謝るようなことはしてないと思うんだけどな。

「こ、このような小さな町に……あ、あの、ご滞在なさるのでしょうか?」

「いや……すぐに出て行く」

「そ、そうなのですか?」

がっかりとほっとした感情が、男の人の顔に交互に浮かぶ。

「この地図について聞きたいことがあって寄ったに過ぎない。驚かせたなら申し訳なかった」

「い、いえ。とんでもございません。このような小さな町のギルドに、足跡を残していただけただけでも感激でございます」

よくわかんないな。なんなんだろう、この会話?

「それで、要件なのだが?」

「は、はい。どのような?」

「この地図は、パーティーメンバーを表示すると聞いたのだが?」

「は、はい。そのような仕組みになっております」

「もう一人のメンバーがリーダーで、彼の地図に表示されているのを見てな、リーダーでなければ、地図を持っていても表示させることはできないのかを聞きたい」

ああ、そういうこと。
確かに、キルナさんの地図にも表示させられたら便利だよね。

「もちろんできます。では、地図をお預かりいたします」

男の人は地図を受け取り、奥の部屋に消えた。

その背を見ていたら、立ちん坊の受付の女性と目が合ったのだが、なぜか慌てて、目を背らされた。

まだパニック中のようだ。
なんとなく周りを見回したら、冒険者のひとたちもこちらを気にしてチラチラ見ている。

そこでキルナが背後に振り返り、冒険者たちと目を合わせたようだった。
冒険者たちは、慌てたようにぺこぺことお辞儀する。

キルナさんを恐れてるっぽい。
威圧を発してるわけでもないのに……単に、鎧装備にビビっちゃってるのか?

「お待たせしました」

男の人が戻って来た。地図をキルナに返してくれる。

地図を手に確認しているキルナの横に行き、ティラも覗かせてもらう。

「ほんとだ。ちゃんと表示され……あれっ?」

キルナとティラはパッサカの町にいると表示されているが……ゴーラドの位置がおかしい。

「ゴーラドさん?」

「ふむ。……助かった。では、失礼する」

キルナは受付の人と男の人に軽くお辞儀し、背を向けた。ティラもその後について出る。

「なんか、ギルドにいた人、みんな変でしたね」

「ああ、地図を見せたから驚いたんだろう」

「地図で、なんでびっくりするんですか?」

「お前……頭が回るのに、変なところで鈍いな」

「えーっ。だってわからないんですもん」

「この地図は、Aランク以上の冒険者に配布されるものだ」

「えっ? Aランク以上?」

「そうだ。この地図を持つという事は、Aランク以上だと言っているようなもの。この町にはせいぜいBランク……いや、それすらいないかもしれないな。Cランクがいいところか。そんな町のギルドに……」

「おおっ、わかりましたよ」

ようやく理解でき、ティラは大きく頷いた。

これまで対応したことのない高ランクの冒険者が、突然現れたせいで、ギルドの職員さんたち慌てたんだねぇ。

「それで、これからどうするんですか?」

ゴーラドさんと、この町で待ち合わせしたわけだけど……

「ゴーラドさん、マカトに戻るって言ってたのに……全然違うところにいましたよね?」

「何か訳ありなんだろうな」

「どっちにしろゴーラドさんがやってくるまで、この町で待つんですよね?」

キルナは今夜はここに泊るんだろう。わたしも、まだ夕暮れまで時間があるし、町中を散策して、屋台であれこれいただいてから家に帰るかな。

精霊さんの様子を見に行くのはまた明日にして。

「いや、もう出る」

「えっ、今夜ここに泊るんじゃないんですか?」

「そうしようと思っていたんだが……お前だって、あいつがどこに向かったのか気になるだろ?」

「それはまあ」

「よし、行くぞ」

キルナは、町の外に向けて駆けだす。

そ、そんなぁ?

だが異議は聞いてもらえそうにない。

屋台の旨そうな匂いに後ろ髪をひかれつつ、キルナの後についていく。

ううーっ、残念無念!





つづく



 
   
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