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◇34 ゴーラド 〈ひとまず安堵〉
「日が暮れる前に着けるとは思わなかったな」
ゴーラドの生まれた村、タッソンだ。
村とはいえ、けっこう大きい部類だろう。
質のいい樹木に恵まれているし、野草の類も豊富。それらが村の収入源になっている。猟師も多くいて、村で賄うに十分な肉もある。
もちろんギルドなんてものはないし、本格的な学校はない。それでも教会の祭司が子どもらを集めて読み書きを教えてくれている。
ゴーラドは読み書きよりも体を動かす方が好きだったから、真面目な生徒ではなかったが、読み書きができることにいまはとても感謝していた。
けど、少々問題が出てきたようなのだ。
前回戻って来た時に聞いたのだが、森に生息する魔獣が極端に減ってきているらしい。
なんの理由もなくそんな事態になるのは変だ。
猟師たちで調べるという話だったが……どうだったのかな?
村に近づいて行ったゴーラドは眉をひそめた。
村の周りの囲いが、これまでよりも頑丈になっている。これほどの柵で村をぐるりと囲うのは時間も手間もかかったはずだが……
これって、村人総出で優先しなければならなかったってことだよな。
いったい、何があったんだ?
慌てて村の入り口に近づいたら、「おおっ、ゴーラドじゃねぇか」と野太い声が……
目を向けると、囲いの上に作られた三メートルほどの見晴台に幼馴染のガンスがいて、手を振ってきた。
「何があった?」
「なんだ、依頼を見て駆けつけてくれたんじゃなかったのか?」
「依頼?」
「梯子上って来いよ。俺はいま見張り番で、ここから動けねぇんだ」
ゴーラドは頷き、梯子を上る。
「で、どういう状況なんだ?」
「それがよ。森にバケモンみたいな魔獣が住み着いちまったんだ」
「なんだって!」
ガンスの語るには、ひと月ほど前、森の奥で猟師数人と狩りに出向いたところ、見たこともない巨大な魔獣が大型の魔獣を食べているのに遭遇した。
運がよかったのか、巨大な魔獣は食うのに気を取られており、ガンスたちは気づかれずに全員逃げ帰れた。
森の魔獣が減少していたのはそのためだったのだ。それらの報告を受け、巨大な魔獣に対処すべくこの頑丈な柵が作られた。
「そりゃもう、とんでもねぇ化け物だったんだぞ。森の魔獣を食い尽くしたら、村の反対側に移動してくんじゃないかって……あっちのほうにゃ、いくらでも魔獣はいるはずなんだ。けど、もしそっちを食い尽くしてこっちに来たなら……考えたくもねぇけど、村が襲われるかもしんねぇ」
ガンスの眉がこれでもかってほど寄る。ゴーラドも似たようなものだろう。
「それで、討伐の依頼をギルドに出したのか?」
「ああ。あんなのを相手にするには村の男連中だけじゃ心もとねぇってな。もし、全滅なんてことになったら、村も無事じゃ済まねぇ」
「俺も力を貸すさ」
「おう。お前ってば、なんとBランクの冒険者様だもんなぁ。この辺りじゃ、滅多にいねぇぜ。幼馴染の俺も鼻が高いってなもんよ!」
豪快に褒められて苦笑する。この前Aランクに昇格したのだが……それは言わなくてもいいだろう。
それにしても、巨大魔獣か……
「それで、依頼に応えてくれそうなのか?」
「マカルサの町のギルドに、三日前に依頼を出しに行ったとこだからなぁ」
「そうか。そこそこ実力のあるパーティーが受けてくれればいいんだが……」
マカトに行けば、知り合いの連中に応援を頼めるかもしれない。
それにキルナさんだな。
いま、パッサカにいるんだし、キルナさんとは明日落ち合って……その足でマカトに走れば……結構な人数を連れて来られるかもしれない。
「火は焚かないのか?」
基本、魔獣は火を恐れる。魔獣避けになるんだが……
「それも考えたみたいだけど……火を焚くことで逆におびき寄せることになったらって、反対する者もいてな」
確かに難しいところか……
話しを終え、ともかくいまのところは実家に戻ることにする。
ゴーラドの実家は西側の入り口からほど近い場所に立っている。柵沿いになるので、なおのこと不安だ。
「ニコラ、ゴーラドだ。開けてくれるか?」
ドアを軽く叩いて声をかけると、しばらくして物音がし、ドアが開けられた。
まだ一歳に満たない姪のサリサを抱えた兄嫁のニコラが、嬉しそうに出迎えてくれた。
「まあ、ゴーラド、お帰りなさい」
すると部屋の奥から、甥のコルットが駆けてきた。
「ゴラドおじたん」
「よう、コルット、いい子にしてたか?」
「してたよ。お土産は?」
そう言われて少々困った。
いつもはしっかり帰る準備をして、かならず手土産を用意するのだが……
ああ、そうだ。いいものがある。
「今日は急に思い立って帰って来たんでな。こんなものしかないんだ」
腰に下げたバッグに手を入れ、ポーチから卵焼きの包みを取り出す。
「ほら。まだあったかいぞ」
「これ、なあに?」
「これはト……その、卵焼きだ」
「わあっ、卵焼き」
大喜びするコルットを見てほっとする。
トードルなんて言ってもニコラもコルットもわからないだろうが、ただの卵と思ってくれた方がよさそうだ。
「それで、兄貴の容態は?」
ニコラに目を戻し、尋ねる。するとニコラの目が瞬時に翳る。
良くなさそうだ。
ゴーラドは頷き、兄のカムラの寝室に向かった。
軽く戸を叩くと、弱々しいものの兄の返事が聞こえたことに胸を撫で下ろしてしまう。
まだ、生きてくれている。
部屋に入り、カラムに近づく。
「兄貴、どうだ?」
「……良くは、ないな……すまない」
「なんで謝ってんだ?」
「お前に……迷惑ばかり……かけてる……」
なんだよぉ、なんで涙目になってんだ。こっちまで泣きたくなるだろ。
あっ、そうだ。あれを試さねば……
ゴーラドはポーチから薬瓶を出し、中身を確認する。
三分の一……それでも効き目はあるはずだ。
「兄貴、これ、飲んでみてくれ。すっげぇ、効き目がある薬らしいんだ」
「お前……大金を、払ったんじゃ、ないのか?」
不安そうな目を向けられ、ゴーラドは笑いながら首を横に振った。
「実はな、パーティーメンバーがくれたものなんだ。お袋さんが腕のいい薬師みたいでな」
「もらった、のか?」
ほっとしたようだ。
「とにかく、試してみてくれ」
「……そうだな。せっかくだ、ありがたく……」
瓶の蓋を取り、兄貴に差し出すが、差し伸ばされた手は途中で力尽きたようにベッドに落ちる。
「すまん……」
気まずそうに言われ、ゴーラドはぶんぶんと首を横に振った。
「いや、俺が、気が利かなかった」
こんなにも弱っているなんて……
くそっ!
自分に腹が立つ。
そんな腹立ちは内に収め、ゴーラドはカムラの首に手を添えると、口元に瓶を運んだ。
一口、二口、三口……こくり、こくりと飲み込む様子を、息をつめて見守る。
全部飲み終えたところで、支えていた頭を枕につけさせ、様子を見る。
「ほお……なんだか、体が熱くなってきた」
よしっ!
思わずガッツポーズをしそうになる。
「あとはゆっくり休んでくれな」
「ああ。息がかなり楽になった……今夜はゆっくり寝られそうだ」
言葉も楽に話せているようだ。と思ったら、もう眠ってしまった。
楽になったことで眠気が勝ったんだろう。
やったぞ、効き目があったんだ!
嬉しすぎてその場でジャンプしそうになる自分を押しとどめる。
もちろん完治したかはわからないが、回復しているのは間違いなさそうだ。
明日の朝になったら、元気になって起き出してきたりしてな。
大型魔獣という懸念は残っていたが、ひとまず安堵したゴーラドだった。
つづく
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