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◇35 キルナ 〈言葉を失う〉
川岸を歩きながら、キルナは野宿に適した場所を探していた。
野宿は久しぶりだ。
ガラシア国からラッドルーア国へと移動するのでも、街道沿いの宿に泊まりながらだったので野宿はしなかった。
まあ、たまには野宿も悪くない。
結界付きのテントもあるし寝袋も持っているからな。こういう物には金を惜しまない。
危険を完全に回避した上での睡眠確保は、ソロの冒険者にとってはなにより大切だ。
村からかなり離れたところで、良さそうな場所があった。
魔獣と遭遇することはなかったし、この辺りは安全なのだろう。森がザワザワしていないのが、いささか気にはなるが……
だが、まあ、タッソンの村は村とはいえかなり規模が大きいようだし住人も多そうだった。
安全対策のために近隣の森の魔獣は常に討伐されているのだろう。村を囲う柵も、感心するほど頑丈なものを設置していた。
それなりに裕福な村だと言えるな。
そんなことを考えながらテントを張り、寝支度を整える。
夕食にはティラから貰った卵焼きがあるし、あぶり焼きも。
魔道具のポーチに入れてあるので、焼きたてのようにほかほかだ。
腹を満たしたキルナは、用を足し、川で顔と手を洗って口をすすぎ、しばし森の静寂を味わう。
それにしても、ゴーラドが既婚者だったとはな。かなり意外だった。
パッサカを出て、ティラとふたりでゴーラドの後を追った。途中で日暮れになり、ティラは申し訳ながりながら家に帰っていった。
こいつはマジで毎日家に帰るのかと、呆れるやら笑えるやら……だが、約束を守れないと冒険者を続けられなくなるというのではな。
あいつも日帰りは本意ではないらしい。
ティラの言うには、母親が心配のあまり強固に日帰りを強制しているのだとか……
別れる前に、明日の待ち合わせ場所を決めようと言ったら、分かるから大丈夫だと言われた。意味が分からない。
ギルドの地図を持っているならば別だが……もしかすると、それと類似する魔道具を持っているのかもしれないが……。
キルナは眉を寄せた。
まったく、よくわからない娘だ。しかし、次の瞬間、吹き出してしまう。
そのよくわからないところが、やはり面白い。
そんなわけで、ティラが帰った後は、ひとりでゴーラドの追跡を続けた。
そして辿り着いたのが、タッソンだ。
村の入り口で門番をしていた男は知り合いだったようで、見張り台でしばらく会話してから、一軒の家に向かった。
ドアが開けられ、妻と幼い子供が喜んで出迎えていた。もちろん彼らのやりとりは聞こえなかったけれど……
ゴーラドと、この先ずっとパーティーを組むのは難しいかもしれない。
世帯者であれば、ちょくちょく家族に会いに帰りたいだろう。そうなると行動が大幅に制限されることになる。
ゴーラドには悪いが、こちらは制限なしに活動したい。
仲間ができたと喜んでいたが……いずれは別れることになりそうだな。
ティラについては、日帰りがキーポイントだな。
まあ、あまり先のことをあれこれ考えても意味はないか。
さて、そろそろ寝るとしよう。
キルナは立ち上がり、テントの中で鎧を脱ぎ捨て、寝袋に潜り込む。
心地良い温もりに包まれると、すぐに寝入った。
翌朝、目が覚めたキルナはごそごそと寝袋から出た。
ひさしぶりの野宿だが、思ったよりも爽快だ。
顔を洗って、朝飯を調達に行くとするか……この近辺では手に入れられそうにないから、少し遠出をしなければならないかもしれないな。
ティラは、私がどこにいてもやってくるんだろうか?
そんなことを考えながら、テントから出たキルナは、ぽかんとした。
「ふんふんふん」
ハミングしながら、湯気の立つ大きな鍋をかき混ぜているこの後姿は……
「ティラ?」
呼びかけたら、ティラがこちらに向く。
「あっ、おはようございまーす。ちょうどよかった。いま朝ご飯が出来上がったところですよ」
当たり前のように朝飯の準備をしているティラに、さすがのキルナも言葉を失う。
「なあ、どうやって私を探し出したんだ?」
「そんなことより、さあ、食べてくださいな」
ティラは皿にてんこ盛りの料理を差し出してくる。見れば焼きたてらしきパンまである。
「このパンもここで焼いたのか?」
皿を受け取りつつ、ティラに聞く。朝飯の量ではないなと思いながら……まあ、食うが……
「ここで焼いたわけじゃないですけど、焼きたてですよ。はい、どうぞ」
目の前に差し出されたパンがあまりに旨そうな匂いを漂わせていて、思わずかじりつく。
「うん、うまい」
「よかったです。さあさあ、どんどん食べてくださいね。いくらでもお代わりがありますからね」
その時、気付いた。少し離れた木の根っこのところに、切り刻まれた魔獣の死骸が山になっている。
「まさか、これは、あれか?」
キルナは皿の上の肉と、魔獣の死骸をさして聞く。
頬がヒクヒクする。なにせ頭部が異様にでかい。
「はい。朝ご飯にはちょっと大きすぎるとは思ったんですけど、これしか見つけられなくて」
そう言ったティラは自分もてんこ盛りにした皿を手に取り、素手で掴んでぱくりぱくりと頬張り始めた。
大きな口だな。
まるで吸い込まれるように大きな肉が口の中へと入っていく。一口、二口、三口……
まったく旨そうに食うな。
つられて、キルナも口に入れる。
とんでもなく旨い。それにしても……
「この魔獣、お前が狩ったのか?」
そうなのだろうが、にわかに信じがたく、確認してしまう。
口の周りについた煮汁を舌で舐めとったティラは、「はい」と肯定し、また次を頬張ろうとしてキルナに向いてきた。
「あっ、もしかしてこの魔獣の肉、キルナさんあまり好みじゃなかったですか?」
「いや、とても旨い」
こんなに旨い魔獣がいるとは知らなかった。単にティラの調理の腕がいいからなのかもしれないが。
それにしても笑いが込み上げる。この娘、いったいなんなのだ?
こんなにも得体のしれない人物に出会ったのは、さすがのキルナも初めてだ。
つづく
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