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◇36 ティラ 〈安心材料〉
「ところで、ゴーラドさんとは顔を合わせてないんですね?」
食事を終え、一服しつつティラはキルナに尋ねた。
「ああ。あいつがあの村の、門の近くにある家に入って行くところまでは確認した」
「そうなんですか。ご実家でしょうか? それとも友達でも住んでるんですかね?」
「妻と子どもに出迎えられてたな」
えっ?
「ゴーラドさんって、結婚してたんですか?」
これは驚きだ。そんな感じ、まったくしなかったのに。
あそこでわたしたちと分かれて、思い立って家に戻ったってことかな?
「それじゃあ、どうします? パッサカに戻ってゴーラドさんが合流するの待ちます? 家を訪ねては迷惑ですかね?」
「訪ねるのはやめた方がいいだろうな。妻にしてみれば、夫が女ふたりとパーティーを組んでるなんて嫌だろうし、ゴーラドも知られたくないんじゃないか」
そういうものか。
「それじゃ、最初の予定通り、パッサカで待ち合わせですか?」
「……いや、あそこはやめておこう」
キルナは考え込んだ後、そう結論を出す。
「それじゃ、どうするんですか?」
「考えてみたら、あいつは私たちの居場所がわかるんだ。どこにいようと合流できる」
言われて気づいた。うん、地図を持ってるんだったね。
「あいつは数日、家に滞在するのかもしれないし……この近くにマカトくらいの町は……」
キルナは独り言を呟きながら、地図を出して眺め始めた。ティラもその横に行って地図を見る。
「ギルドがあってここから一番近い町といったら……パッサカ以外ではここしかないようだな」
マカルサという町だ。
「ティラ、知っているか?」
「行ったことないですね」
「そうか……だがまあ、行ってみよう」
「了解です。どんな町か楽しみですね」
「ああ……」
頷いたキルナは、また考え込んだ。先ほどより真剣みがあり、気になる。顔を見つめていたらキルナが目を向けてきた。
「今後のことだが……いずれゴーラドとは別れることになるな」
「えっ、どうしてですか?」
「世帯を持ってたら、あいつはこの近辺でしか動けないだろう」
それはそうだろう。奥さんや子どもたちに、定期的に会いに帰りたいだろうし。
「だが、私はそんな気はない」
キルナがきっぱりと言う。
「ティラ、お前はどうなんだ?」
うーん……この近辺でだけ冒険者かぁ……それも嫌ってわけではないけど……
せっかく冒険者になったんだから、色んな場所を巡る方が楽しいかな。
そうすると、ゴーラドさんとお別れだけど……それはもう仕方がない。
「キルナさんが嫌じゃないなら、わたしはキルナさんに着いて行きます」
「日帰りでか?」
確認するように問われ、ティラは笑って頷く。
「母が許してくれるまでは、そういうことになりますね」
「日帰りが可能なのか?」
キルナは窺うように聞いてくる。
「はい」
迷うことなく頷いたら、キルナが苦笑する。
どんな方法で?と、普通は気になって聞いてきそうなものだけど、キルナさんはそうしない。そういうところ好感が持てるんだよね。ありがたいし。
もちろん質問に答えられないのだけど……キルナさんはそれもわかってくれてるんだろうな。
「それじゃ、荷をまとめてマカルサに向かうか」
「その前に、この辺りを探索したいんですけど。この辺りの野草、けっこういいのがあったんですよ」
「急ぐ必要もない。付き合おう」
テントの片付けに取り掛かりながらキルナが言う。
「ありがとうございます」
野草だけじゃなくて、妙な物もあったしね。あれもそのままにしたくない。
汚れた鍋を洗い、キッチン用品をすべてポーチに放り込む。キルナを見ると、もう少しで片付きそうだ。
「あっそうだ。キルナさん、パッサカの精霊さんは、もういいんですか?」
「そうだったな……」
「必ず会えるとは限りませんけどね」
「そうなのか? ……だが、それでも会いに行ってみるかな。精霊に会える機会などそうそうないだろうからな」
「そんなことないですよ」
「うん?」
「結構会えるもんですよ。普通に森にいたりもするし」
「……普通の人間は、精霊に会うようなことはないと思うんだが」
「ちょっとしたコツがあるんですよ」
「精霊に会うコツ?」
「はい。気配を察知するんです。そうすると精霊さんはたいがい姿を隠していられなくなるんです。力の強い精霊さんはその範囲ではないですけどね」
キルナは微妙な顔をしつつ、コンパクトに畳まれたテントを掴む。
「そのテント、結界付きでしたね」
「だいぶ前に、魔道具屋で見つけたんだ。高かったが、いい買い物をした」
「魔道具屋かぁ」
結界付きのテントなんてものを販売してるなら、もっと面白いグッズも売ってそうだ。
「行ってみたいなぁ」
「行きたいなら、いずれ行けばいい」
その答えに、笑みが零れる。
「さて、どっちの方向に行く?」
キルナが尋ねてきて、ティラは「川向うに」と答え、ぴょんと川を飛び越えた。キルナもそれに倣う。
「野草があった場所は遠いのか?」
歩きながら聞かれて、ティラは向かう方向を指さした。
「南側の奥の方です。それと、もう一つ、物凄く気になる変なものがあったんですよね」
ティラも見たことのないグロテスクな植物で、やばそうな雰囲気がプンプンしていた。結界まで張ってあったし……
植物の研究者が、なんらかの実験をしてるんだと思うんだけど……
「変なもの?」
「はい。気持ちの悪い植物なんですけど、透明の容器がかぶせてあって……」
「透明の……?」
「たぶん、研究者が、植物の研究をしてるんじゃないかと……」
キルナさんにも見てもらって、できれば研究者を探して話が聞きたい。
碌でもない研究ならば、破壊するべきだろう。研究者と揉めたら、両親に報告して対処してもらおう。
「それにしてもこの森、魔獣がほんといないんですよね」
「村に危険がないように定期的に討伐しているからじゃないかと思うが」
そうなのかなぁ?
小型の魔獣の気配も小鳥すらもいないっていうのは普通じゃないと思うんだよね。
「思ったんですけど、わたしが今朝狩った魔獣が全部食べちゃったのかも」
「さすがにそれはないんじゃないか……そいつ、どのくらいの大きさだったんだ?」
「そうですねぇ。三メートルくらいだったかなぁ?」
そう報告すると、キルナは目を見開き、ティラをまじまじと見る。
「その魔獣をお前ひとりでやったというのか?」
「知らない種類の魔獣だったから、食べられるか心配だったんですけど、美味しくてよかったですよね」
「お前、自分も食べたことがなかった魔獣を料理に使ったのか?」
叱るように言われて、ティラは拗ねて唇を尖らせた。
「食べたことのない魔獣はまだまだいっぱいいますよ。食べられるかは食べてみないことにはわからないじゃないですか」
そこまで言って、「もちろん毒がないことはあらかじめ確認しましたよ」と慌てて付け加える。
「それに、結果的にとっても美味しかったわけで、わたしたちはお腹いっぱいになった」
ほら、なんの問題もないですよ! と、ついついドヤ顔をしてしまう。
あっ、不味い。キルナさんの拳が、怒りでプルプルしてる。
ティラは慌ててドヤ顔を封じた。危ない危ない。
「そんなに巨大な魔獣だったなら、魔核石もそれなりのものが入っていたんじゃないのか? 魔核石は回収したんだろう?」
「もちろんですよ。見ます?」
ポーチに手を突っ込み、灰黒色の魔核石を取り出す。
「この色、ちょっと珍しいですよね。使い物になるのかもわからないですし。両親に渡して鑑定してもらいます」
キルナは受け取った魔核石を分析するように眺めたのち、返してきた。
実はこの魔核石に引っかかりを感じている。
この魔核石から感じる怪しい魔力……あの研究材料らしき植物……もしかしたら……
もしそうなら、かなり危険かもだけど……
ティラは隣を歩くキルナをちらりと見る。
うん、大丈夫だな。
キルナの力は底が知れない。
微かにあった不安は一瞬にして掻き消えたのだった。
つづく
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