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◇37 キルナ 〈最悪との遭遇〉
まったく、謎の魔獣を食わせるとは……とんでもない娘だ。
ドヤ顔をされて、イラっとしてしまい、思わず殴りそうになった。
確かに旨かったが……そういうことではないのだ。
現物は残骸でしか見ていないので、どうにももやっとする。
残骸は頭以外ほぼ骨だったから、使えそうな部分はすべてポーチにしまい込んだのだろう。
このティラが、三メートルもの魔獣をどうやって仕留めたというのだろうか?
攻撃系の魔道具か?
しかし、ティラが魔獣と戦っている図など、まったく想像できない。どう見ても、普通の娘なのだ。
険しい山を息切れ一つせずに登るさまを見たけれど、なんらかの魔道具を使って登っていたとすれば、ティラ自身はただの娘。咄嗟の襲撃などに対処する力はないかもしれない。
今後ティラを守るためにも、そこのところ、はっきりと知っておきたいのだが……
中型の魔獣でも襲ってきてくれれば、ティラの実力を見られそうだが、この辺りに魔獣の気配はないしな。
まあ、そう焦ることもないか。行動を共にしていれば、いずれ……
そう納得し、キルナはティラに話しかけた。
「ティラ、まずは妙な植物とやらを見たい。先にそちらに案内してくれ」
「了解でーす」
歩く速度を少し速めたティラに、キルナはついて行った。
鬱蒼とした森に入った。日光の差し込まぬ地面はじめじめとし、見たことのない蔦がみっしりと這っていて、気を付けて歩を進めないと足を取られそうになる。
「こんな蔦、見たことがないな」
「わたしもです。……人や獣が踏み込まないように、わざと植え付けたのかもしれないですね」
「研究者か?」
「たぶん。……この蔦が魔物でなくてよかったですよ。これだけはびこってると、さすがにやっかいでした」
その通りだな。
蔦系の魔物は、身体に絡みついてきて、自由を奪おうとする。
もちろん絡みつかれる前に処分すれば問題ないが。
突然、ティラが足を止めた。そのわけに、キルナもすぐに気づいた。
前方に白いものが見える。目を細めて確認すると、どうやら人のようだ。
「うわーっ、最悪!」
ティラが嫌そうに呟く。
「お前、あの人物を知っているのか?」
「知りませんけど……あっ、キルナさん防御! 来ますよ!」
鋭くティラは叫び、防御の構えを取る。
キルナが驚いている間に、あろうことか目の前に先ほどの人物がいた。
思わず目を見開いてしまう。この瞬時に、どうやって距離を詰めた?
その驚きはもちろんだが、対峙した相手を間近に見て、キルナは知らず目を瞬いた。
真っ白な衣装を身にまとった人物は、あまりに美麗だった。銀色の長い髪を風に揺らし、透き通るような肌。男か女かの判断もつかない。
紫色の瞳は、不機嫌そうにこちらを見ている。
美しい容姿だが……性格はよくなさそうだ。キルナとティラを見る目には侮蔑がこもっている。
「虫けらか」
微かな呟きに、背筋がぞわりとした。
攻撃してくる気配はないが、こちらを完全に敵視……いや、蔑んでいるのか。
まったく、気分が悪いな。
これが妙な植物の研究者というわけか……
白装束の人物は、ゆっくりと首を回し、周囲に視線を向けた。
「ゲラルはどうしたのだ? なぜ、この虫けらを始末していない?」
キルナたちなど眼中にない様子で、独り言のように呟く。
始末だと?
「ゲラルって何ですか?」
ティラが尋ねた。すねと白装束は気分を害したと言わんばかりに、目を細めてティラを睨む。
「虫けらが、我に話しかけてくるでない、気分が悪いわ」
こいつ、容姿は美麗でも、性格は超がつくほど最悪だな。
敵認定だ。襲ってきたら、半殺しにしてやろう。
「そのゲラルって、三メートルくらいの魔獣ですか?」
ティラの言葉に、白装束は眉を寄せた。
紫色の瞳に、なぜ知っている? という問いがはっきりと浮かんでいる。
「そいつなら、朝食に美味しくいただきましたよ」
「嘘をつくでない!」
それまでの落ち着いた声が苛立ちのこもったものになった。白装束の背後で、苛立ちの炎がメラメラと立ち上っているかのようだ。
「嘘じゃないですぅ」
ティラときたら、完全に挑発しているな。もしや、虫けら呼ばわりに、むかついたのか?
「ゲラルがお前などにやられるものか」
そう口にする視線は、キルナに向いている。ゲラルという魔獣を狩ったのはキルナだと思ったのだろう。
私ではないのだが……
「ねぇ、いったいなんのためにあんな魔獣を……」
「黙れっっ!」
ティラの言葉を吹き飛ばす勢いで、白装束が怒鳴った。こめかみの血管は切れんばかりだ。
白装束は荒い息をついていたが、少し冷静になったようでゴクリと唾を飲み込んでから、口を開く。
「虫けらふぜいが、この我に問うなど……」
「ほかにもまだ聞きたいことがあるんだけど」
白装束が話しているが、ティラは意に介さず新たに問いを向ける。
「あっちにあった透明の容器がかぶせてあるグロテスクな植物、あれなんですか?」
なんの気負いもなく質問するティラに、相手は目の鋭さを増す。
「あれ、碌なもんじゃないですよね?」
それを聞いた白装束が、急に片手を伸ばした。その手に白く長い杖が現われる。
「消えろ」
侮蔑を込めたボソリとした呟き。
白い杖の先が発光し、あまりの眩さにキルナの目がくらむ。
不味いっ!
ティラを庇うため、とっさに伸ばした手に触れるものはなかった。
直後、ドドーン!という爆音が響き、爆風が巻き起こる。
間に合わなかったかっ!
キルナは絶望を感じ戦慄いた。
つづく
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