冒険者ですが日帰りではっちゃけます



85ティラ 〈作戦失敗〉


「緑竜の奴ら、いったいどこら辺にいるんでしょうね?」

しばらく山の中を歩いてきたが、まだ緑竜発見に至れていない。

増えすぎて困っているという話だったから、禁止区域に入ったら、あっちにもこっちにも緑竜がいるもんだと思っていたのに……

「奴らがいるのはもっと奥に決まっているだろう。ここはまだ人里に近い」

「えーっ! すでにかなり歩いて来たのに、まだ奥なんですか?」

「緑竜は飛竜なんだ。遠くにいると思っても、やつらはひとっ飛びで近づいてくる。油断は禁物だぞ」

それはそうかもしれないけど……

竜とは何度か遭遇して両親と狩ったことがあるけど……確かに、探して見つかるってもんじゃなかったか。いつでも唐突に現われるって感じだったな。

なら、すぐにもやってくる可能性があるんだね。

ちょっとテンションが戻り、ティラはいそいそと足を進める。

そうだ。それならこの場ででっかい音を出したらいいかもしれないよね。そしたらここまで飛んで来てくれるんじゃ……

そうだよ。探すんじゃなくて、来てもらえばいいんだ。ナイスアイディア!

さっそく提案しようとしたら、ゴーラドが話しかけてきた。

「ティラちゃん。その服じゃ歩きづらいんじゃないのか?」

「伸びる生地なので、歩きづらくはないですよ」

「そ、そうか」

そう返事をしたゴーラドだが、他にも何か言いたそうな顔をしている。

「なんですか?」

「いや、その……おかしなくらい別人に見えるんだよな。さっきからそれが、どうにも気になってな」

「ああ、そのことか」

そう答えたのは先頭を歩いているキルナだった。ゴーラドがキルナに向く。

「そのローブ、認識疎外の術がかけてあるんだろう?」

「キルナさん、気づくなんて凄いです」

確かに、このローブには認識疎外の術がかけてあり、ティラを認識しづらくなっている。
ローブ姿のティラと会った人々は、みなティラの記憶が曖昧になっているはずだ。

とはいえ、そこまで強力なものではないので、ティラと関わりを持ってきたキルナやゴーラドにはそこまで影響は及ばない。

そういうのも踏まえて、母があつらえてくれたのだ。

「治癒者として危険区域には潜り込めたし、もういつもの服に着替えてもいいんですけど、別にいいかなと思って」

「認識疎外の術……」

説明を聞いてもゴーラドはいまいちピンときていないようだ。

そんな感じでこの話はこのまま流された。たいしたことじゃないしね。




もうすぐ昼になろうかという頃、いくぶん険しい山を超えた。

「この辺りでお昼を食べ……ああっ、いたいたいた!」

ついに見つけた。遠くの方で緑竜が数体、空を旋回している。
あれを全部狩ったら、どれだけ報酬を得られるんだろう? 頭の中に大量の白銀貨がちらつく。

けど、まだまだ遠い。

お腹も空いてるし、討伐の前に腹ごしらえしたいところだったけど、そんなことをやってる間にいなくなっては身も蓋もない。

それに、どうも戦闘になっているみたいだ。

「すぐに向かいましょう」

そう言ってティラは先頭を切って駆け出した。

「うむ。まずい状況のようだしな」

「キルナさん、まずいってどういうことだ?」

ティラの後を追ってきつつ口にされたキルナの言葉に、ゴーラドが反応する。

「戦闘になっている。ほら、よく見てみろ」

「戦闘⁉」

眉を寄せたゴーラドは緑竜に視線を飛ばす。

一体の緑竜が地面に向かって攻撃を仕掛けたようだ。さらに、他の竜に向けて矢が飛んでいるのも確認できる。

「あの緑竜たちの下に、冒険者パーティーがいるんだろうな」

「あれだけ数が多くちゃ、かなり劣勢なんじゃないか?」

キルナとゴーラドがそう言っている間に、また山の向こうから緑竜がやってきた。

「おいおい、また二体やってきたぞ」

ゴーラドが気がかりそうに言う。

「騒ぎに気づいて、集まってきたのか? しかし、緑竜があんな風に一か所集まるというのは解せないな」

「増えすぎたからなんだろう?」

「増えすぎたというのは理由にはならない。竜は本来、群れになったりしない」

「それじゃ、あの状況は異常ってことか?」

「そうなるな。一体でも討伐は難しいのに……あの様子ではかなり犠牲が出るかもしれないな」

その言葉を聞いて、ティラはふたりを呼び止めた。

「キルナさん、ゴーラドさん!」

「なんだ、どうした?」

キルナが足を止めて振り返ってきた。

「走っていたら間に合わないかもですよね?」

「まあ、それはな」

「緑竜にちょっかいかけて、こっちに呼ぶのはどうでしょう? ただ、向こうの人たち、自分たちの緑竜を取られたって怒ったりしませんかね?」

「それはないだろう。九死に一生を得て、泣いて喜ぶと思うぞ」

そういうことなら……

けど、どうやってこっちに呼ぶかな?

あっ、そうだ、いい作戦を思いついた! よし、それで行こう。

「あっちの緑竜、たぶん全部こっちに来ちゃうと思いますけど、いいですよね?」

「ああ。何をするのか知らんが、やれるんならやってくれ」

ゴーラドは困惑しているが、キルナは気楽そうに答える。

「それじゃ、やってみます」

ふたりに声をかけ、ティラは大きな木の枝に手をかけた。

すいすいと上まで登って行き、先端に立つ。
そこで下を確認したが、木の葉で覆われキルナとゴーラドの姿は見えない。つまり、いまふたりの目にティラの姿は入っていないという事だ。これなら何をやっても大丈夫だね。

ティラはポーチから弓を取り出す。光の矢を顕現させ、一番高いところで下の状況を眺めているひときわ大きな緑竜に向かって放った。

矢の後ろには光の筋が伸びる。光のロープのようなものだ。その端っこはティラの手に握られていた。

もちろん外すなんてヘマはしない。

眉間を打ち抜き、他の緑竜にわざとぶつけてから、光のロープを引っ張った。物凄い勢いで近づいてきた緑竜を、頭上で停止させる。

これで緑竜たちはやってくるはず。と思ったのに、こっちに目を向けたまま固まってしまっている。

ありゃ? な、なんで来ないんだろ?

こんだけ目立つことをしたら、来ると思ったのに。

焦ったティラは、頭上の緑竜をぐるぐる回してみた。そして向こうにいる緑竜たちの様子を確認したが、やはりどいつも動かない。

嘘―っ!

お任せあれ的な感じで行動を起こしたのに、作戦失敗なんてどうしょうーーっ!

焦りが膨れ上がる。

よ、よし。なら、もう一体やるか?

そんなわけで二度目の矢を放ち、また緑竜を引き寄せる。
だが事態は変わらず、結局三体目に手を出した。

するとようやく動きがあった。だが、望んでいた通りにはならず、緑竜の群れは山の向こうに飛んでいってしまう。

「あ、あ、あ……な、なんでぇ? ほら、こっちだってばぁ!!」

木のてっぺんで必死に跳ねて大声を出して呼んでみるが、結局、緑竜たちはいなくなってしまった。

残ったのは、頭上の三体のみ。

集まっていたやつ一網打尽で、一気に大剣獲得に近づけると思ったのに……

作戦に失敗したティラは、失意と気まずい気分で下に降りて行った。





つづく



 
   
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