友情と恋の接線

その6 タックル



半分埋め込まれているタイヤに、それぞれ腰掛けたのを確認して、橋田はまず新城に尋ねた。

「で、新城、お前どうしたんだ?」

「どうもしない」

「そのあからさま過ぎる、不機嫌な顔でか?」

「……」

「橋田君、私たちふたりは席をはずした方がいいと思うな。このふたり喧嘩してるみたいだから。ふたりきりで話したほうがいいって」

そう独り決めて言うと、希美は橋田を引っ張り、対角の位置に移動していった。

そこにはシーソーがあって、ふたりは申し合わせていたように、端と端に座って、カタンコトンとシーソーを始めた。

あの二人、なんか変。と思いつつも、沈黙が苦しかった。

「あの、ごめんなさい。あの時、あんなひどいこと言っちゃって」

「ああ、酷かったね。僕の心を踏みつけにして、さぞやいい気分だっただろう?」

沙由琉は、はじめ申し訳なさに唇をかみ締めたが、だんだん腹立ちが湧いてきた。

まるで、彼女だけが悪かったかのような雰囲気になっているが、それってものすごく理不尽じゃないのか。

「わたしの言葉が酷かったのは認める。だけど、自分はどうなの?まさかと思うけど、反省部分がまるでなかったとは思ってないでしょうね?」

ふたりは睨み合った。
ふたりのちょうど中間地点で火花が散った。

「反省したさ。もう女友達作る気も起きないくらいね」

「そうなんだ」

沙由琉は、ひょうしぬけして言った。
睨み合う必要もなくなって、ただ沈黙が続く。

「もう一回やりなおそう」

口ごもりながら新城が言った。

「僕ら、もう一度友達になろうって言ってるんだ」

新城の口調が、なぜかきつくなった。
どうも自分に腹立ちを感じているようだ。

沙由琉は混乱した。

「でも、もう女友達作らないんじゃ」

「嫌なのか?」

むすっとした不機嫌な顔で彼が言った。

沙由琉は黙り込んだ。
このまま頷いてしまえば、また新城と一緒の時を過ごせる。だが…

「駄目。もう友達にはなれない」

その言葉に、新城は傷ついたように目を細め、ぐっと口を引き結んだ。

沙由琉は、一目散に走り出した。
ジャングルジムの向こうに出口がある。

ドンという強い衝撃とともに、沙由琉は地面に突っ伏していた。

胸と鼻の頭をしたたか打ち、しばらくは肺が痛くて一言も発することが出来なかった。

「し、信じられな〜い」

やっと痛みが抜けてきて、ぜいぜいと息を吐き出しながら沙由琉は言った。

背中が重くて身動きが取れない。
新城がタックルしたまま覆いかぶさっているのだ。

か弱い女の子に強烈なタックルをかますなんて、ありか。

新城の身体から抜け出そうとすれども、手足をばたばたするばかりで埒が明かない。
傍から見たら、まるで亀のようだろう。

沙由琉は負けましたというように、地面を三回叩いた。

新城がふっと笑った声が耳に聞こえて、沙由琉は悔しさに唇をかみ締めた。

「逃げるからだ」

新城はそう言うと、密着していた身体を浮かせ、沙由琉の身体をくるりと自分に向けた。

首の両脇に新城の腕があるから、まだ逃げられない。

「もう、全身泥だらけになっちゃったじゃない。早くどいて、起こしてよっ」

「やだ」

顔が近すぎる。
沙由琉は、顔中真っ赤に染めた。

「赤くなってるけど、大丈夫そうだな」

沙由琉の鼻の頭に視線をあてて、新城は愉快そうにくすくす笑う。

「早くどいて」

「なんかなぁ、自分に嫌気がさした」

は? 何言ってんだこいつ。

「どいてよ。聞いてるの?」

「たしかに、友達になろってのは、告白の常套句だった」

とにかく身体を離そうとばかり考えていた彼女の頭に、新城の言葉など何も入ってこなかった。

「どいてってば」

「沙由琉、こんなに密着してて、少しは意識しろよ、僕の身体」

沙由琉はむっとした。

意識してるに決まってる。
意識しすぎてるからこそ、早くどいて欲しいと言ってるのに…

「好きだって言ったら、笑うか?」

沙由琉は一瞬何を言われたのか分からなかった。

地べたに女の子を転がして、泥だらけにしておいて、こいつは何を言い出すのだ。

沙由琉は、すぐそばでふたりをじーっと見ている希美と橋田に気づいた。

「新城君、ふたりが見てるよ」

「そんなことどうでもいい」

どうでもよくはないだろう。

「断られたら、すぐにどくよ」

自嘲気味に新城が微笑んだ。

その言葉に、沙由琉は驚いた。

「えっ。断らなかったらずっと乗っかってるつもりなの?」

「断らないのか?」

今度は新城が驚いた顔になった。

「もう、いいからどいてよ。恥ずかしくて死んじゃいそうだもん」

「僕のこと好きだって受け取っていいのか?」

「そうよっ。早くどいてっ」

新城は混乱したような表情で、そのまま固まってしまった。

沙由琉は、その隙を狙い、渾身の力を込めて新城を突き飛ばした。
不意を食らった新城は、しりもちをついた。

息を切らしつつ立ち上がろうとしたが、今度は腕を掴まれ、また新城の腕の中に転がり込む。

沙由琉は、息が止まるほどきつく抱きしめられた。

「なんか、すごいもの見ちゃったよね、わたしたち」

「ほんとに」

背後で希美と橋田の声がした。
振り向くと、手をつないだふたりが、仲良くシーソーの方に歩いてゆくところだった。

あのふたり、やっぱ変。

新城のぬくもりをいやというほど感じながら、沙由琉は笑いがこみ上げてきた。





End



  
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