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第八話 導き出された答え
目覚めたマコは、一瞬、自分がどこにいるのか分からなかった。
頬をつけているコケの肌触りに、マコは気づいた。
どうやら、スノーのところで、泣きながら寝てしまったらしい。
「スノー、おはよう」
マコはゆっくり上半身を起こし、スノーに挨拶した。
スノーは挨拶返しに、マコの顔に鼻先で触れてきた。
彼女はスノーの顔をやさしく数回撫でてから起き上がった。
外は、すでに眩しい日差しがあり、日の傾きから、日が昇ってかなりの時間が経っていることを明らかにしていた。
サンタ様は仕事を終えて、まだ休んでいらっしゃるところだろう。
クリスマスの日のサンタ様は、夕暮れる頃まで部屋から出ていらっしゃらない。
スノーは先に行くよと言うように小さくいななき、ゆっくり外に出て行く。
マコもスノーの後に続いて出た。
外にブラックがいた。
マコは驚きに竦んだ。
ブラックの背には、人のような存在があったが、それはトモエ王ではなかった。
「あ、あなたは?どなたなのです。どうして、王の愛馬に?」
「質問に素直に答えるのは、好きじゃないのよね」
ブラックの上に乗っている、実体を感じられないおぼろな存在が言った。
「え?」
「トモエ王が、悲観の中で死にそうになっているとすれば、お前はどう感じるの?」
「えっ?」
「王を苦しめているのは、誰かしらね?」
「わ、わたし…」
「あら、正解よ」
馬鹿だと思っていた生徒から正解の答えを引き出した、意地悪な教師のような口調だった。
「トモエ王は何も悪くない。彼は自分の望むことをする。そしてお前も、カズマもね」
カ、カズマ…彼を知っている?この人はいったい誰なのだ…?
「何か聞きたいことがある?ひとつだけ答えてあげるわ」
あなたは誰なのかと聞いてみたかった。
カズマはどこにいるのかの問いはもっと聞きたかった。
もちろんマコは、それらの問いを頭から追い払った。
このひとが何者であってもいい。
カズマがいまどこでどうしているのかよりも、彼女が知らねばならないことがある。
「人間国に行く方法が知りたいのです」
マコは迷いなく尋ねた。
「あら、あら。あんなところに行きたいなんて、趣味が悪いわねぇ」
相手はずいぶんと嫌そうに言った。
「行かなければならないのです」
「妖精国しか知らないお嬢さん、世間てものを知らないようだから教えておいてあげるけど、この世に、妖精国ほど素敵な地はないのよ。こんなにも美しい景色。一年中穏やかな気候でくだものはなり放題…これが当たり前なんてところは、ここ以外、どこにもないの。おわかり?」
「そんなことは関係ないんです。わたしは人間国に行きたいのです。方法を知っているなら教えてください」
相手は、呆れたように、ふぅっと息を吐いた。
「どうして、そうも人間国に行きたがるの?」
「行かなければならないんです。どうしても!ある方を探して、無事を確かめなければならないのです」
「どうして確かめなければならないの?」
「どうしてって…そ、その方を愛しているから…」
「そう。でも、死と引き換えに?」
その答えに、マコは怯んだ。
「愚かな子ね!」
突然叱りつけられ、マコは言葉と息を止めた。
「そんなのはエゴよ。自分がよければそれでいいの?お前が好きで、のこのこ人間国に行き、勝手にのたれ死ぬのはいいわ。…けどね、悲しむ者がいるのよ。そのことは考えないの?」
マコは、ぐっと唇を噛んだ。
自分の失敗に気づいて、泣きたくなった。
人間国に行く方法より、彼女が人間になれる方法を聞くべきだったのだ。
カズマに会う前に、死んでしまったら意味がない。
「対岸で、お前を求めて泣いていた者達のことを忘れたの?」
「あ、あの方達は?ほ、本当に?わたしの?」
「ああ。ダメだわ。もう行かなきゃ」
相手の姿が突然にぼやけ始めた。
まるで煙になって、大気に溶けて行くようだ。
「魔力を得るのよ」
ぎょっとして、その様を見つめるばかりだったマコの耳は、その言葉を危ういところで聞き取っていた。
乗り手を突然に失ったブラックが、枷を解かれたように前足を高く蹴立てていなないた。
王の愛馬は、その場から逃げるように駆け出してゆき、姿を消した。
魔力を得る?
いまの人物は、マコの知りたいことにひとつだけ答えてくれると言い、その約束を最後に果たしてくれたのに違いない。
その答えが、魔力を得る…だなんて…
落胆が過ぎて、マコは膝を折ってその場に座り込んでいた。
人間国に行くには、魔力が必要だということは、すでにトモエ王から聞いていたのに…。
魔力を得るために、どうすればいいのか?
何か方法があるのか、聞けばよかったのに…
スノーが近づいてきて、マコは無意識に手を上げ、愛馬の首に抱きついた。
「スノー、失敗しちゃったわ…いまの私になにより必要な答えを、あの不思議な方からもらえたかもしれなかったのに…」
マコは悔やむ気持ちを、なんとか押しやった。
いつまでもくよくよしていても、終わってしまったことは取り戻せない。
いまの彼女に何が出来るかを考えるしかないのだ。
いまのわたしは妖精族だけど…
人間から妖精が生まれるなんてあるはずがない。
けれどカズマは、あの人間たちはマコの両親だと言った。
ならば…わたしは?
導き出した答えは、ありえるはずのないことだった…だが…
わたしは、人間族?
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