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第十話 気の毒な道連れ
やれやれ…
まったくあり得ないやっかいものだ。
修練場のひとつを貸しきり、セサラサーに杖を使った技の特訓をしているところだった。
技を習得しようと頑張っているセサラサーを見守りながら、ジェライドはため息をついた。
電撃の杖の暴発で、騎士館の壁を破壊してしまい、もちろんその場からトンズラなどしなかった。いや、そんなことは実際しようとしても出来ない話だが…
予想通りの騒ぎになり、騎士館の最高責任者であるフィゼル騎士団長らに謝罪した。
フィゼル団長もだが、皆、騎士館の壁がこんなにも簡単に破壊されたことが、ショックだったようだ。
セサラサーが放った電撃は、不純物のない純粋の電撃、破壊力が違う。
あの足で修練場にゆき、セサラサーに杖の扱い方を指導するつもりだったのに、セサラサーは本人の自覚なく、電撃を放ってしまったのだ。
褒められることではないのだが、セサラサーの能力に感嘆したのも事実。
「師匠、こんな練習が戦の役に立つんですか?」
遠慮が含まれているものの、不服そうにセサラサーが聞いてきた。
セサラサーが練習しているのは、杖の先から瞬間的に微量な電撃を放出する技。
微量な魔力をかなりの距離飛ばすのは、並でない集中力がいる。
「役に立つし、必要だ。さっきみたいな電撃は戦闘では必要ない。あれを食らった対象物は即死するだろうし、あんなものを何度も放っていたら、君はすぐに魔力を消耗してしまって、使い物にならなくなる」
「まあ…そうですかね」
「魔力は効率的に使わなくちゃ。なるべく少量で、敵を戦闘不能にするような技が望ましい」
「はあ」
「それで? 技は見極めたのか?」
「まあ、そこそこ」
セサラサーの返事を聞き、ジェライドは彼に近づいていった。
「よし、それなら成果を見せてもらおう」
頷いたセサラサーは、部屋の中にいくつもある色とりどりの的のひとつに向かって、杖の先端を前に突き出した。
「赤を狙います」
力強くセサラサーは宣言した。
赤の的は、部屋のほぼ中央に設置してある。十メートルほど離れているだろうか。
パチッという音が杖の先端でして、赤い的が大きく揺れた。
「どうですか?」
そう聞きながら、セサラサーはずいぶんと自慢げに鼻を膨らませている。
「まだまだだな」
「えっ? そ、そうですかぁ?」
褒められると期待していたらしいセサラサーは、かなり不満そうな声を出した。
「セザ、貸して」
セサラサーから杖を取り上げたジェライドは、一番遠い、三十メートルほど距離のある黒の的に向けて構えた。
「あの黒だ」
シュンと空を切る音がした。だが、的はピクリとも動かない。
「違いがわかったかい?」
彼は杖をセサラサーに返しながら尋ねた。
ジェライドの問いが理解できていないらしく、セサラサーは眉をひそめた。
「違いは…あの、師匠のほう…的が揺れなかったように思いますが…」
セサラサーは言ってもいいものだろうかというように、困惑した顔でそう報告してきた。
「うん。それから?」
「そ、それから?」
「まだ違いがあったろ? はっきりしてたと思うけど…」
「ああ…まあ…魔力が飛び出す瞬間の音が違ったと」
「正解。杖の先端でパチンなんて、せっかくの魔力を、無駄にはじかせちゃ駄目だ。魔力の浪費だし、スピードも落ちる。動いているものに対しては、スピードが大事だからね」
「わかりました」
「よし。それじゃ、次の練習だ。いま見せたけど、今度は的を突き抜けないようにするんだ」
「的を突き抜けない? 師匠、あの、どういうことですか?」
「明らかなことだけど、魔力が微量だと食らった相手は数分局部が痺れるくらいだ」
「そ、そうです。俺もそれが言いたかったんです。だからこんな練習意味ないんじゃと…」
「いままでのは第一段階の練習さ。小量で大ダメージを与えられる技を習得できるかはこれからの練習次第だ」
「第二段階目はどんな練習を?」
「放った魔力を内部で止める練習」
「内部で止める? あの…意味が分かりませんが…」
「こういうことだよ」
ジェライドが人差し指を立てた瞬間、バンと衝撃音がした。
セサラサーはぎょっとして音に振り返った。
「用事を終えたら戻ってくるから。君は納得のいくまで練習しておくようにね」
その言葉を言い終わったと同時に、ジェライドはテレポで飛んだ。
ひとりきりになったセサラサーは、パチパチと瞬きした。
いまのはなんだったんだ?
杖の先で無駄にはじくなというのは分かった。だが…いまのは?
小量で大ダメージを与えるために、放った魔力を敵の内部で止める。
…そして…
彼は黒い的に駆け寄っていった。
的の中央が不自然な形で裂けているのを見て、セサラサーの背筋に、震えが走った。
ジェライドの放った魔力は、的が揺れなかったため、外れたものと思ったのに…そうじゃなかったのだ。彼は放った魔力を的の内部にとどめ、最終的に自分の意志で破裂させたのだ。
確かに、これならば少量の魔力でも、敵に大きな打撃を与えるに違いない。
大賢者が、世に崇められし存在であることはもちろん知っている。
そしてジェライドは大賢者だということも、しっかりと認識していたつもりだった。
だが…彼は本当の意味では理解などしていなかったようだ。
感動なのか畏れなのか、身体の底から突き上げてくる。
「うおーーーー!」
セサラサーは両腕に力を入れ、天井に向けて叫びをあげていた。
テレポで飛んだジェライドは、目に入った人物にぎょっとして、床に足が触れた瞬間後ずさっていた。
「キラタ殿」
キラタは、急いで頭を下げたジェライドの全身に視線を這わせ、「あまり成長しておらんな」と、ぶつぶつと独り言のように言った。
キラタの言葉にジェライドは顔を赤くした。
「すみません」
大賢者キラタは頼りになる人物だが、苦手だ。アークも苦手なようだが、同じ大賢者という立場なせいで、ジェライドには手厳しい。
今日はどうなさったのですか?と聞く必要はない。ここにいるということは、テレポの援助に来てくれたのだ。
「ありがとうございます」
ジェライドの礼の言葉に、キラタは視線だけで答え、フィゼルに顔を向けた。
ここは騎士館の敷地内にある大広場。様々な競技会や季節ごとの祭典などの催しにも使われる場所だ。
いまは、戦に必要な物資が山のように積まれ、戦闘服に身を包んだ騎士達は、それぞれの愛馬を従えている。
「用意はできているんだな?」
「は、はい」
焦ったように答えたフィゼルは、まるで答えを望むようにジェライドに目を向けてきた。
ジェライドはその視線に一瞬眉を寄せたものの、次の瞬間気づいた。
キラタは、ジェライドとほぼ同時にこの場に現れたのだ。
この場にいる者達の目には、ふたりは一緒に来たように見えたのだろう。
もちろんキラタは、ジェライドがこの場に現れるのに合わせてテレポしてきたのだ。
それくらいのこと、このキラタなら、たやすくやるだろう。
ジェライドは彼の返事を待っているフィゼルに顔を向けた。
「キラタ殿に、力を貸していただけるようです。はじめましょうか?」
「おお、こ、これはありがたい。大賢者キラタ。よろしくお願いします」
キラタは、フィゼルにいかめしい顔を向け、左手に持っていた杖を居並んでいる騎士たちに勢いよく向けた。
大賢者から杖の先端を向けられ、聖騎士は軽い驚きをみせたが、魔剣士の多くは列を乱すほど驚き、場がざわめいた。
「飛びたいやつから、そこらあたりに順番に並べ」
そんなずいぶんと乱暴でぶっ飛んだ命令に、ルィランがすっと進み出てきた。
「大賢者キラタ。まず私とヨーグ殿をお願いしたいのですが」
「お前は自分で勝手に飛べ。宝がくさるぞ」
ルィランはキラタをじっと見つめ、一度ジェライドに目を向けてきたが、キラタに深々と頭を下げた。
「おみそれしました」
そう口にしたルィランは、すっと身を起こし、愛馬の手綱を引きながら側にいるヨーグに近づいた。
「君を道連れにするのは気の毒に思うが…」
「ルィラン、君は何を言ってるんだ?」
「数秒後、分かることになる」
そんな言葉を真顔で口にしながら、ルィランはポケットから何か…テレポの玉に違いないが…を取り出しつつ、ヨーグの腕を掴んだ。
「えっ?」
ヨーグの驚きに構わず、ルィランはルデルとリネドに「では、向うで」と告げ、ヨーグもろとも姿を消した。
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