白銀の風 アーク

第二章

第十話 気の毒な道連れ



やれやれ…

まったくあり得ないやっかいものだ。

修練場のひとつを貸しきり、セサラサーに杖を使った技の特訓をしているところだった。

技を習得しようと頑張っているセサラサーを見守りながら、ジェライドはため息をついた。

電撃の杖の暴発で、騎士館の壁を破壊してしまい、もちろんその場からトンズラなどしなかった。いや、そんなことは実際しようとしても出来ない話だが…

予想通りの騒ぎになり、騎士館の最高責任者であるフィゼル騎士団長らに謝罪した。

フィゼル団長もだが、皆、騎士館の壁がこんなにも簡単に破壊されたことが、ショックだったようだ。

セサラサーが放った電撃は、不純物のない純粋の電撃、破壊力が違う。

あの足で修練場にゆき、セサラサーに杖の扱い方を指導するつもりだったのに、セサラサーは本人の自覚なく、電撃を放ってしまったのだ。

褒められることではないのだが、セサラサーの能力に感嘆したのも事実。

「師匠、こんな練習が戦の役に立つんですか?」

遠慮が含まれているものの、不服そうにセサラサーが聞いてきた。

セサラサーが練習しているのは、杖の先から瞬間的に微量な電撃を放出する技。

微量な魔力をかなりの距離飛ばすのは、並でない集中力がいる。

「役に立つし、必要だ。さっきみたいな電撃は戦闘では必要ない。あれを食らった対象物は即死するだろうし、あんなものを何度も放っていたら、君はすぐに魔力を消耗してしまって、使い物にならなくなる」

「まあ…そうですかね」

「魔力は効率的に使わなくちゃ。なるべく少量で、敵を戦闘不能にするような技が望ましい」

「はあ」

「それで? 技は見極めたのか?」

「まあ、そこそこ」

セサラサーの返事を聞き、ジェライドは彼に近づいていった。

「よし、それなら成果を見せてもらおう」

頷いたセサラサーは、部屋の中にいくつもある色とりどりの的のひとつに向かって、杖の先端を前に突き出した。

「赤を狙います」

力強くセサラサーは宣言した。

赤の的は、部屋のほぼ中央に設置してある。十メートルほど離れているだろうか。
パチッという音が杖の先端でして、赤い的が大きく揺れた。

「どうですか?」

そう聞きながら、セサラサーはずいぶんと自慢げに鼻を膨らませている。

「まだまだだな」

「えっ? そ、そうですかぁ?」

褒められると期待していたらしいセサラサーは、かなり不満そうな声を出した。

「セザ、貸して」

セサラサーから杖を取り上げたジェライドは、一番遠い、三十メートルほど距離のある黒の的に向けて構えた。

「あの黒だ」

シュンと空を切る音がした。だが、的はピクリとも動かない。

「違いがわかったかい?」

彼は杖をセサラサーに返しながら尋ねた。

ジェライドの問いが理解できていないらしく、セサラサーは眉をひそめた。

「違いは…あの、師匠のほう…的が揺れなかったように思いますが…」

セサラサーは言ってもいいものだろうかというように、困惑した顔でそう報告してきた。

「うん。それから?」

「そ、それから?」

「まだ違いがあったろ? はっきりしてたと思うけど…」

「ああ…まあ…魔力が飛び出す瞬間の音が違ったと」

「正解。杖の先端でパチンなんて、せっかくの魔力を、無駄にはじかせちゃ駄目だ。魔力の浪費だし、スピードも落ちる。動いているものに対しては、スピードが大事だからね」

「わかりました」

「よし。それじゃ、次の練習だ。いま見せたけど、今度は的を突き抜けないようにするんだ」

「的を突き抜けない? 師匠、あの、どういうことですか?」

「明らかなことだけど、魔力が微量だと食らった相手は数分局部が痺れるくらいだ」

「そ、そうです。俺もそれが言いたかったんです。だからこんな練習意味ないんじゃと…」

「いままでのは第一段階の練習さ。小量で大ダメージを与えられる技を習得できるかはこれからの練習次第だ」

「第二段階目はどんな練習を?」

「放った魔力を内部で止める練習」

「内部で止める? あの…意味が分かりませんが…」

「こういうことだよ」

ジェライドが人差し指を立てた瞬間、バンと衝撃音がした。

セサラサーはぎょっとして音に振り返った。

「用事を終えたら戻ってくるから。君は納得のいくまで練習しておくようにね」

その言葉を言い終わったと同時に、ジェライドはテレポで飛んだ。


ひとりきりになったセサラサーは、パチパチと瞬きした。

いまのはなんだったんだ?

杖の先で無駄にはじくなというのは分かった。だが…いまのは?

小量で大ダメージを与えるために、放った魔力を敵の内部で止める。

…そして…

彼は黒い的に駆け寄っていった。

的の中央が不自然な形で裂けているのを見て、セサラサーの背筋に、震えが走った。

ジェライドの放った魔力は、的が揺れなかったため、外れたものと思ったのに…そうじゃなかったのだ。彼は放った魔力を的の内部にとどめ、最終的に自分の意志で破裂させたのだ。

確かに、これならば少量の魔力でも、敵に大きな打撃を与えるに違いない。

大賢者が、世に崇められし存在であることはもちろん知っている。

そしてジェライドは大賢者だということも、しっかりと認識していたつもりだった。

だが…彼は本当の意味では理解などしていなかったようだ。

感動なのか畏れなのか、身体の底から突き上げてくる。

「うおーーーー!」

セサラサーは両腕に力を入れ、天井に向けて叫びをあげていた。





テレポで飛んだジェライドは、目に入った人物にぎょっとして、床に足が触れた瞬間後ずさっていた。

「キラタ殿」

キラタは、急いで頭を下げたジェライドの全身に視線を這わせ、「あまり成長しておらんな」と、ぶつぶつと独り言のように言った。

キラタの言葉にジェライドは顔を赤くした。

「すみません」

大賢者キラタは頼りになる人物だが、苦手だ。アークも苦手なようだが、同じ大賢者という立場なせいで、ジェライドには手厳しい。

今日はどうなさったのですか?と聞く必要はない。ここにいるということは、テレポの援助に来てくれたのだ。

「ありがとうございます」

ジェライドの礼の言葉に、キラタは視線だけで答え、フィゼルに顔を向けた。

ここは騎士館の敷地内にある大広場。様々な競技会や季節ごとの祭典などの催しにも使われる場所だ。

いまは、戦に必要な物資が山のように積まれ、戦闘服に身を包んだ騎士達は、それぞれの愛馬を従えている。

「用意はできているんだな?」

「は、はい」

焦ったように答えたフィゼルは、まるで答えを望むようにジェライドに目を向けてきた。

ジェライドはその視線に一瞬眉を寄せたものの、次の瞬間気づいた。

キラタは、ジェライドとほぼ同時にこの場に現れたのだ。

この場にいる者達の目には、ふたりは一緒に来たように見えたのだろう。

もちろんキラタは、ジェライドがこの場に現れるのに合わせてテレポしてきたのだ。

それくらいのこと、このキラタなら、たやすくやるだろう。

ジェライドは彼の返事を待っているフィゼルに顔を向けた。

「キラタ殿に、力を貸していただけるようです。はじめましょうか?」

「おお、こ、これはありがたい。大賢者キラタ。よろしくお願いします」

キラタは、フィゼルにいかめしい顔を向け、左手に持っていた杖を居並んでいる騎士たちに勢いよく向けた。

大賢者から杖の先端を向けられ、聖騎士は軽い驚きをみせたが、魔剣士の多くは列を乱すほど驚き、場がざわめいた。

「飛びたいやつから、そこらあたりに順番に並べ」

そんなずいぶんと乱暴でぶっ飛んだ命令に、ルィランがすっと進み出てきた。

「大賢者キラタ。まず私とヨーグ殿をお願いしたいのですが」

「お前は自分で勝手に飛べ。宝がくさるぞ」

ルィランはキラタをじっと見つめ、一度ジェライドに目を向けてきたが、キラタに深々と頭を下げた。

「おみそれしました」

そう口にしたルィランは、すっと身を起こし、愛馬の手綱を引きながら側にいるヨーグに近づいた。

「君を道連れにするのは気の毒に思うが…」

「ルィラン、君は何を言ってるんだ?」

「数秒後、分かることになる」

そんな言葉を真顔で口にしながら、ルィランはポケットから何か…テレポの玉に違いないが…を取り出しつつ、ヨーグの腕を掴んだ。

「えっ?」

ヨーグの驚きに構わず、ルィランはルデルとリネドに「では、向うで」と告げ、ヨーグもろとも姿を消した。







   
inserted by FC2 system