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第十話 付き合いのいい友
秘密基地の中には、昔運び込み、いつしか置きざれにされたガラクタが無造作に転がっていた。
忘れ去っていた懐かしいものたち…だが、いまは懐かしがっている場合じゃない。
「ずいぶん狭いね」
アークの背後から入ってきたジェライドが言い、アークは頷いた。
「そうだな」
確かに狭い。子どもの頃は、ルィランと三人でいても、必要なほどの広さがあったのに…
アークは左手の人差し指を立て、光の魔力を指先から発した。
指は充分な明るい光で周囲を照らす。
「なんか、変なものばかりだな…」
少し呆れたようにジェライドが言い、アークは振り返って顔を向けた。
ジェライドは、ぐにょぐにょに曲がった棒を手にしている。
「なんだ、君のおもちゃか…」
杖の材料となる棒だ。こういうものをもらってきては、ジェライドはよくいじくっていた。
もちろんアークも一緒にやっていた遊びだが…
「この頃は、こういうのが面白かったんだよ。ルィランは苦手で、私たちが夢中になってるとつまらながっていたけど…」
「そうだったな。ルィランは剣士だからな、当然だが…。いや、そんなことは、いまはどうでもいいんだ。…早く探さないと…」
サエリが目覚めてしまう。
アークは顔を元に戻し、探し物を再開した。
小箱らしいものはいくつかあったが、どれも指輪の箱ではない。
「アーク、ないよ。本当にここにあるのかい?」
「ああ、ここでなければ、もうありそうなところなど…」
アークは、棚の上に転がっている大きな丸いものを目にして言葉をとめた。
「ジェライド」
「うん?」
「あったぞ」
アークは、その言葉を重々しく口にした。
「あったのか? やったじゃないか」
やったといえるのか…?
「どれだい?」
アークは丸いものを取り上げ、ジェライドに突き出した。
「ほら見ろ、ジェライド。君のも入ってる」
「あっ」
ジェライドは叫びを上げ、黙り込んだ。
いびつな玉の中に入っている、ふたつの小箱。
「思い出したよ。これは確か、結婚指輪だ」
アークは頷き、玉を両手で持って途方に暮れた。
いったいこの玉は、何を使って作ったのだったか?
玉は中が空洞になっているわけではなく、指輪の箱は、完璧に玉の中に埋め込まれている。
いったい、あの頃の少年ふたりは、何を考えていたのか?
もちろん自分自身なわけだが…呆れ果てて、ものが言えない。
「取り出せるかい?」
アークの問いかけに、ジェライドは玉を受け取り、手の中でくるくる回しながら調べ始めた。
「どうしてこんな風にしちゃったのかな…。無茶苦茶やって楽しんでるうちに、こうなったんだろうと思うけど…それだからこそ、こいつはやっかいだね」
「ジェライド、ともかく取り出せるのか? どうなんだ?」
「君と私の未熟な腕で、無茶苦茶やってるうちに偶然こうなったわけだからね。…アーク、君の不安を煽りたいわけじゃないけど、指輪の箱の中がどうなってるのかも良くわからないし…。無理してこの玉を壊したら、指輪の箱も中身も無事じゃすまないかもしれないね」
さ、最悪だ…
ようやく見つけ出した結婚指輪だというのに…
「ともかく、これは私が預かって…なんとかするよ。時間がかかるかもしれないけど…。婚儀は明日ってわけじゃないんだし…なんとかなると思うよ」
思案しつつ口にされた言葉は、残念ながら、アークを安心させてはくれなかった。
「うわあっ!」
外から聞こえた突然の叫びにぎょっとしたアークは、ジェライドと顔を見合わせた。
叫びの後、ドスンという音までついていた。
「いまのは…?」
「いたた」
木の下から聞こえてくる声は、ルィランのもの。
「おーい。アーク、ジェライド!」
ルィランの腹立ちのこもった叫び。
どうやら指輪の箱を手にして、ルィランが戻ってきたらしい。
彼はアークとジェライドの気を感じて飛んできたものだから、この小屋のすぐ外にテレポしてしまったのだろう。
浮遊の技があまりうまくないルィランは、そのまま落下してしまったらしい。
アークは、小屋の入口から顔を出し、下を覗きこんだ。
「ここだ。ルィラン、君、大丈夫か?」
「なんでこんなところにいるんだ? 聖なる館の中だと思ってテレポしてきたのに、こんなところに飛んできたから、ぎょっとしたぞ」
どうやら、身体のほうは大丈夫だったらしい。
尻餅をついたらしく、お尻の辺りを渋い顔で撫でてはいるが、骨が折れたりヒビが入ったりはしなかったようだ。
「ずいぶん遅かったじゃないか。もしかして、見つからなかったんじゃないのか?」
アークの身体に上からかぶさるようにして、外へと首を伸ばしたジェライドが、からかうように問いかける。
「君らとは違う。遅くなったのは…その…聖なる館にテレポするのが躊躇われて…」
「なんだ。まあ…気持ちは分からなくもないな」
「ジェライド、下に降りよう」
アークはジェライドに声をかけ、浮遊の技で下へと降りた。
「それで、指輪の箱は?」
ルィランはアークの催促に、手を差し出してきた。
その手の上には、確かに見覚えのある箱が載っている。
「これか…」
アークは箱を手に取り、しげしげと見つめた。
年月を感じさせる色合いをした箱は、なんとも好ましい艶がある。
「それが婚約指輪、こっちが…」
ルィランはポケットの中から取り出したものをアークに見せた。
「結婚指輪の箱なんだが…アーク、君、結婚指輪もどこにあるのかわからないんだろう?」
アークはルィランに向けて肩を竦め、隣に立っているジェライドに顔を向けた。
「結婚指輪は、いま見つかったところだ」
「なんだ。よかったじゃないか。それにしては、君ら浮かない顔だな」
眉をひそめて言うルィランの鼻先に、ジェライドは指輪の箱入りのいびつな玉を突き出した。
「これは、なん…? はっ! こ、この中に入っているのは、指輪の箱…じゃないのか?」
「その通り。ほら、箱は汚れもせずピカピカだろ。十五のガキの考えることは、理解できない」
「何を言ってるんだ。自分たちのことだろう。それでこれは、アーク、どうやって開けるんだい?」
アークは、ルィランに向けて眉をくいっと上げた。
簡単に開けられるようなら、嬉しいのだが…
「結婚指輪のことはもういいよ。ともかく婚約指輪だ」
「そうだな」
アークはジェライドに答え、ルィランの婚約指輪の箱を改めてしげしげと眺めた。
これと同じデザインの箱か…。
いったいどこにいってしまったのだろう?
結婚指輪もここにあったのだし、ここにあるものと思ったのに…
それでも、あんな出来の悪い指輪をサエリに贈らねばならないことを思うと、出てきて欲しくないと本気で願ってしまう。
「なあジェライド、もしも指輪がどうしても見つからなかったら…どうなる?」
「当然、婚約も結婚も正式には認めてもらえないね」
「それって、正式に認められなくても、結婚はできるってことか?」
「そんなわけないだろ。君は自分の立場を忘れてるのか? 君は聖なる血筋の生まれ、聖賢者となるべきひとなんだよ」
「それじゃ、どうしろっていうんだ?」
ルィランに指輪の箱を返したアークは、むっとした顔でジェライドに向き直った。
ジェライドはアークの目を見返し、おもむろに口を開く。
「いいかいアーク。もしこのことが賢者達の耳に入ったら、きっととんでもない騒ぎになるよ」
「騒ぎ?」
「ああ、彼らは…まあ、私もそのメンバーのひとりなわけだけど…全員総出で、それぞれ得意な手段を講じて、なんとしても探し出そうとするだろうね。そりゃあもう、国の隅々まで探し回るさ、どれだけの年月を掛けても、見つけ出すまで」
「最悪だな」
ルィランが言い、アークは彼に振り返って顔をしかめた。
「それってつまり、大切な指輪の箱を君が失くしたことが、国中に広まるってことなんじゃないか?」
とどめの様なルィランの言葉に、アークは眩暈がした。
「ともかく、今一度、過去を思い出してみようよ」
アークはジェライドの意見に頷き、過去を思い起こしながら周囲を眺めまわした。
鏡のような水面を見つめていたアークは、ジェライドの喘ぐような「ああっ」という叫びに驚いて振り返った。
「ジェライド、どうした?」
「そうだよ。あれだよ、あれっ」
「あれってなんだ? はっきり言ってくれないか?」
「この池に浮かべた舟を覚えてないか? あれは、アーク、君が十二の時だったろ?」
「あれがどう…あ、ああ、そういえば、君ら宝箱に…」
ルィランがそう口にしたところで、ようやくアークも思い出せた。
そうだった。宝箱と称した大きな箱に、アークとジェライドはそれぞれの指輪の箱を入れて船底に置いたんだった。
ルィランも一緒にいたが、彼は指輪の箱ではなく、別のものを入れた。
「だが、あの舟は…」
アークは池の水面を見つめてそう口にし、顔を暗くした。
「そうだぞ。あの舟は沈んだんだ。この池はかなり深いんだぞ。それに、もう何年も前の話だし…箱は腐っているんじゃないか?」
あってほしくないルィランの言葉だが、それが現実となっている確率は高い。
アークはどっと疲れた。
箱は木箱だった。水の中では朽ちて当然だ。とすると、指輪の箱は池の底…泥の中に埋もれているかもしれない。
「指輪の箱は、どうだろうな?」
最悪の事態を怖れつつ、アークはジェライドに尋ねた。
「確信はないけど、魔力がこめられている特別な箱のわけだし、たぶん大丈夫だと…」
「それが本当ならいいんだが、もし箱が朽ちていたら」
「そんなことになっていたらことだぞ。池はこの広さだ。泥の中から、小さな指輪を見つけだすのは、至難の技ということになるな」
ルィランと目を見交わし、アークはいまの現実を受け入れた。
自ら作った罠にはまった気分だが…過去の自分を責めても仕方がない。
それに、諦めるわけにはゆかないのだ。
「アーク、どうする?」
ジェライドに問われ、アークは肩をすくめた。
どうするもこうするも、池に潜って捜すしかあるまい。
すぐさま上着を脱ぎ捨てたアークは、ふわっと宙に浮き、池の中央まで進んだ。
「沈んだのはどのあたりだったか覚えてないか?」
「もぐって捜すのか?」
池の縁から叫んできたジェライドに、アークは当然というように手を上げてみせた。
「あのあたりだったように思うが…」
ルィランは指さしながらそう口にすると、池の縁を駆けてゆき、ためらいもなく池の中に飛び込んだ。
すでに池の中にもぐってしまった友を見て、アークは苦笑した。
「ルィランときたら…まったく、付き合いがいいな」
いつの間にやら、ジェライドもアークの側に浮いていて、そんな言葉を残し、ルィランの後を追う。
もちろん、アークもすぐさまふたりに続き、水の中へと飛び込んだ。
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