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第七話 色々ありのお買い物
「どうしたのかしら。なかなか戻ってこないわね?」
ジェライドが消え、陽奈を連れてすぐに戻ってくるものと思っていたのに、なかなか現れない。
人通りのないいまなら、戻ってくるチャンスなのだが。
「そろそろやってくるさ」
アークは、周囲にあるものに興味津々の視線を向けているところで、気もそぞろに返事をする。
彼にすれば、ここは気になる観察物が多すぎるのだろう。
ジェライドや陽奈が現れたときの心配など、まるでしていない。
「サエリ。あの、自動車というのは、どのくらい種類があるんだい?」
見える範囲にある車を眺め回しながら、アークが聞いてきたが、そんなもの彼女だって知らない。
「何種類かなんて知らないわ。国産車だけでも、かなりあるんだろうと思うけど……」
「コクサンシャ?」
「ええ。外車……」
説明しているところで、携帯が鳴り出し、沙絵莉は眉をひそめてバッグから携帯を取り出した。
いったい誰から……母だろうか? まさか、ジェライドさんに何かあったとか?
確認した沙絵莉は、「うっ」と思わず声に出し、顔をしかめた。
なんと、親友の由美香からではないか。
しまった。戻ったことをすぐにも知らせなければならなかったのに……
あまりに色々あって、由美香と泰美のふたりに連絡するのをすっかり失念していた。
ど、どうしよう。
心配してくれていただろうに、連絡するのを忘れてたなんて、どれだけ怒らせてしまうか。だが、出ないわけにはいかない。
「サエリ、どうしたんだい? ケイタイに出なくてよいのか?」
カタコトのようにアークがケイタイと口にし、その語り口があまりに可愛らしい。こんな場合なのに、ふっと笑みを浮べてしまい、沙絵莉は急いで口元を引き締めた。
「で、出るけど」
沙絵莉はごくりと唾を呑み込み、腹を括って携帯に出た。
「も、もしも……」
「沙絵莉? もおっ、どういうことよ! どれだけ心配したと思ってんのよっ!」
「ご、ごめん。連絡しようと思ってたんだけどね……も、もう、なんというか。そりゃあもう、色々あって」
「いま、あんたのお母さんに電話して、昨日無事戻って来たって聞いて……も、もおっ。ほんとにほんとに、心配させてぇ。どうしてくれんのよっ!」
予想通りのご立腹だ。激しく叱られて、身の置き所なく小さく身を縮めてしまう。
そのとき、目の前にジェライドと陽奈が現れた。
「ご、ごめん」
みんなから顔を逸らしながら、沙絵莉は由美香に謝った。
「泰美にも知らせないと」
「泰美には、私からするから」
「そのほうがいいわね。それで? いったいぜんたい何があったのよ? お母さんに聞いても、なんかはっきりしなくて……全然わけわかんなかったんだけど」
「それがね……携帯とかじゃ説明しづらいの。会って話すから」
「いま外出してるんでしょう? そのついでにどこかで会えない? あんたの顔を見て安心したいし」
由美香の気持ちは、痛いほど嬉しい。だが、これから買い物をすることになっているわけで……
この場にいるみんなも、沙絵莉の電話が終わるのを待っているし。
「ねぇ、四時半くらいにアパートに戻るから。そっちに来てくれないかな?」
「四時半。わかった、行くわ。泰美も一緒に」
「うん。待ってるね」
携帯を切り、沙絵莉は自分を待っている三人に向いた。
「ごめんなさい。友達に戻ったことを知らせてなくて。あの、もう一人連絡したいんだけど」
「ああ、構わない。連絡するといい」
アークの言葉に頷き、すぐに泰美にも電話をかけたが、電源がどうとかで繋がらなかった。
沙絵莉は、泰美に戻ったことを知らせる短いメールをし、さらに由美香にも泰美に電話が繋がらなかったとメールで連絡した。
「待たせてしまってごめんなさい」
携帯をバッグに仕舞い込み、みんなに頭を下げた。
「いや。それよりサエリ。君のご友人には、私もお会いして無礼を働いた謝罪をしたいのだが」
アークはひどく恐縮して言う。
沙絵莉もそうだったと思い出した。
アークは、沙絵莉が大怪我をしたとき、ふたりが邪魔で思わず突き飛ばしたらしい。さらに記憶までも封印したと。
「アーク様?」
経緯を知らないジェライドが、アークに問うように呼びかける。
「いずれ話す。さあ、陽奈さんもお待ちだ。サエリ、さっそく買い物に行かないか?」
「ええ、そうね」
沙絵莉は改めて陽奈に目を向けた。
陽奈はとても可愛らしい服に着替えていた。
「陽奈ちゃん、さあ行きましょう」
もじもじしている陽奈の手を取り、沙絵莉はジェライドとアークを促し、大型スーパーの入口へと足を向けた。
店内に入った瞬間、アークもジェライドも、度肝を抜かれたようだった。
それでもスーパー内を無言で歩いているうちに、ふたりは少しずつ衝撃から抜け出たようだ。
アークは、見るものすべてが正体のわからないものばかりで、質問する余裕すらないようだった。
質問攻めされても、のんびり答えてなどいられないのだが……
沙絵莉は三人を連れて、アークに似合いそうな服の揃っている店に入った。
「アーク、私が選んでもいい?」
「あ、ああ。もちろんだ。私では……よくわからない」
陳列されている服を眺め、戸惑っているアークに頷き、沙絵莉は彼に似合いそうな服を探して店内を回った。
お金は、両親それぞれから……特に父から遠慮なくたっぷりいただいたので、予算は充分ある。
リーズナブルな服ならば、かなり買えてしまうし、陽奈の服も買ってあげられる。
「お客様、どんな服をお探しですかあ?」
その声は沙絵莉の背後から聞こえ、上着を選んでいた彼女は振り返ってみた。
女性店員が、アークにかなり接近して声をかけている。
まあ、それはいいのだが、その女性店員をジェライドが鋭い目で見つめているのに気づき、沙絵莉はぎょっとした。
アークに触れでもしたら、どんなことになるか!
「あ、あのっ、自分たちで選びますから」
沙絵莉は叫ぶように言いながら、慌てて女性店員とアークの間に割って入った。
事情を知らない女性店員は、沙絵莉の態度に、明らかに気分を害したようだった。
「あら、そうですか? でも」
女性店員は、沙絵莉に向けてそっけなく言うと、沙絵莉を回り込むようにして、またアークに近づく。
「あなたに、とってもお似合いの服があるんですよ。この店の服はすべて把握しておりますし、お任せくだされば……」
「任せる気はない!」
アークが不機嫌を込めてぴしゃりと言い、女性店員は面食らった顔になった。
「私は彼女に選んでもらいたいんだ。君は我々の邪魔でしかない」
邪魔者扱いしたアークに、彼に対しては愛想の良かった女性店員の表情から笑みが消えた。
「ア、アーク、他の店に行きましょう」
これ以上、この場にいられず、沙絵莉はアークの腕を引っ張るようにして、そそくさと逃げ出した。ジェライドと陽奈もついてくる。
「サエリ。私は何か悪いことをしたのか? あの者の態度は、君に対してとても失礼だと感じたんだが……」
「まあ、そうだったけど……」
ジェライドはまだ先ほどの店員が気になるようで、視線を向けている。気を抜いていたら、背中に不意打ちの攻撃を受けるかもしれないと、疑ってでもいるみたいだ。
彼女は、同じような事態に陥らないように、次は男性店員ばかりの店を選んだ。
アークもジェライドも、相変わらず人目を引いていたが、今度はほぼ問題もなく買い物ができた。
そして購入した服に、試着室で着替えさせてもらうことにした。
「サエリ、私の姿はおかしくはないか?」
「おかしくなんかないわ。とっても似合ってる」
いや、もう似合いすぎている。カジュアルな服に身を包んだアークは、これまで以上に、外国の映画俳優か、メンズモデルのように見えた。
店を出て歩いているうちに、沙絵莉は着替えさせたことを後悔することになった。
周りの注目を集めているアークと並んで歩くのが、なんとも辛い。
「サエリ? どうかしたのか?」
内心の思いが表情と態度が露骨に表れてしまったようだ。アークから少しでも離れようとしてしまい、それに気づいたアークが眉をひそめて問いかけてきた。
「う、ううん。なんでも」
「私のこの姿が、やはりおかしくみえるんじゃないのか?」
沙絵莉は慌てて首を横に振った。
「そんなことないわ。安心して。ほ、ほら、子ども服の売り場よ。ジェライドさん、陽奈ちゃん、どんなのがいい?」
「サエリ様。……やはり、私は子どもサイズの服ですか?」
ジェライドが、残念そうに言う。
そ、そうだった。ジェライドさんは、本当は子どもじゃなくて……
「ジェライド」
「わかっていますよ。ちょっと聞いてみただけですよ」
アークから釘をさすように呼びかけられ、ジェライドは拗ねたように答えた。
ふたりのやりとりに、沙絵莉はくすくす笑った。
ジェライドの服は子どもサイズのものになったが、いま着ているような子どもっぽい服ではなく、シックなデザインのものにした。アークと同じに着替えさせてもらえ、可愛いクマちゃんから解放されたジェライドは、明らかに嬉しそうだ。
ジェライドを女の子だと思い込んだ店員には、少々不愉快な思いをしたようだったが……
まあ、沙絵莉としても、その勘違いは仕方がないものだと思う。
そして陽奈の服は、陽奈の控えめな希望で、ジェライドが選んでやることになった。
ジェライドは陽奈に似合うと、オフホワイトのワンピースを選んだ。そして、今度はジェライドの希望で、陽奈もまた試着室で着替えさせてもらうことになった。
「うん、可愛いわ。陽奈ちゃん」
「うん。とっても良く似合うよ。ヒナ」
「姫君のようですよ。陽奈さん」
三人からそれぞれお褒めの言葉をもらい、頬を桃色に染めてもじもじと恥ずかしがっている陽奈は、天使のように愛らしかった。
服を買い終わった後は、時間のある限り、色んな店を回り、それはもう色々なものを買い込んだ。
アークは、それらのものをすべて、自分の世界に持って帰るつもりらしい。
ジェライドは何か買うたびに、自分が荷物を持つと言ってきかず、手を焼いた。
子どもの姿のジェライドばかりに、大量の荷物を持たせるなんて、できるわけがない。
ここはあなたの世界とは違うのだから、この世界の常識に従ってほしいと頼み込み、物凄く渋々で納得してくれた。
「サエリ。これらの品を購入するのに使った貨幣はお返しできないが、同等と思える品と交換ということでいいだろうか?」
「アーク、言ったでしょ。これは私の両親の好意として受けとってって」
「サエリ。そうはいかない。受け取るばかりでは、これらのものをいただけなくなる。どうあっても同等のものを受け取ってもらいたい」
「うーん……それなら、あの通信の玉でいいわ。あれを両親にあげてくれない?」
そうすれば、向こうに行っても連絡が取れる。
咄嗟に思いついたことだか、いいアイデアだと思えた。
かなり高価な玉のようだから、取り引きとしては割に合わないのかもしれないけど……
「通信の玉か……」
「やっぱり無理? あれって、かなり高いものなのね?」
「いや。そういうことを言っているのではないんだ。……そうだな。なんとかしよう」
アークの返事は、ひどく歯切れが悪い。それでも、なんとかしようと言ってくれたのだから、素直に甘えることにした。
食料品売り場でも、あれこれ買い込み、四人は帰ることにした。
陽奈とジェライドは、それぞれ同じお菓子を手に持っている。欲しいお菓子を買ってあげると陽奈に言ったら、それならジェラちゃんもと、陽奈が言ったのだ。
ジェライドは、かわいらしいパッケージのお菓子を、かなり複雑な表情で受け取り、沙絵莉は笑いを堪えるのに必死だった。
けれどアークのほうは、笑いを堪えようともしない。それどころか、ジェライドの鋭い睨みにも、笑って返していた。
「ねえ、アーク。こっちの荷物、私のアパートに持って行ったほうがいいと思うの。母のところに持って行っても、邪魔になるだろうから」
テレポのために人のいない場所まで移動したところで、沙絵莉はアークに提案した。
「そうか。それでは、そうしようか。君の友人も、あの家にやってくるんだな」
「ええ」
「それなら……。ジェライド」
アークは、陽奈とふざけ合っているジェライドに呼びかけた。ジェライドと陽奈は、すっかり打ち解けてしまったらしい。
ジェライドはすぐに背筋を伸ばし、アークに向く。
「なんですか?」
「お前は、陽奈さんを連れて、先に戻ってくれ」
「おふたりは、一緒に戻らないのですか?」
「この荷物をサエリの家に持っていく。そのあと、彼女のご友人とお会いして。話を終えたらすぐに戻る。なんら危険はないし、何かあれば、飛んでくればいいさ」
「そうですか。それならば」
飛んでくればいいと言われて納得できたらしく、ジェライドは素直に頷くと、持って帰る荷物を手にして陽奈の手を取った。その瞬間、ふたりは掻き消えた。
「は、早いわね」
あまりの素早さに驚いてしまい、沙絵莉はくすくす笑ったが、次の瞬間には自分もまた、大量の荷物とともにその場から消えていた。
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