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第一話 それってつまり…?
泣きじゃくっているサエリを胸に抱きしめ、アークは彼女に癒しを施した。
通信に力を使いすぎたために、彼女は魔力を減じてしまったのだ。
癒しを施さねば、また意識を失ってしまうだろう。
だが、サエリには、性急に話さねばならないことがある。
彼女の身体に埋め込まれた魔力の核のこと。それがために、彼女の身体は上手く機能しなくなっていること。そして…彼女の国に、すぐには戻れないことも…
魔力の核を作ったために、サエリの身体の魔力は核に貯蔵されたまま、滞ってしまっている。
核から魔力を取り出す術を習得させないことには、この現状がずっと続くことになるのだ。
だが本来、取り出す術など習得する者はいない。
誰だって本能的にできることなのだから…
それでも、ポンテルスは訓練の方法があると言っていた。
サエリの魔力に秩序を学ばせるとも…
とにかく、まずはポンテルスに頼んで、訓練を…
そうだ…婚約指輪を探し出すようにと、父上から言われていたのだったな…
「ごめんなさい。アーク」
アークの胸から顔を上げ、彼と一瞬目を合わせてサエリが言った。
泣いたことが恥ずかしいのか、それとも泣いたために瞼が腫れてしまっているのが恥ずかしいのか、すぐに顔を伏せてしまう。
それでも、アークから身を離そうとはしないことが嬉しかった。
「謝ることはない。それより、サエリ、気分はどうだ?」
アークからやさしく問いかけられ、沙絵莉は「大丈夫」と答えた。
彼の胸に縋って泣いてしまって…いまもまだ、彼の胸に寄り添っている。
恥ずかしいけど、アークに抱きしめられていると、とっても安心できる。
先ほどまで、ひどく気分が悪くなってたのに、もういまはなんともない。
たぶん、またアークに癒しを使わせてしまったのだろうと思えた。
まったく、ため息をつきたくなる。
早く帰るために、アークには、魔力を使わないようにしてもらわなければならないのに…
「私、どうしてこんなに疲れるのかしら?」
沙絵莉はため息混じりに言った。
「魔力を使い切ってしまったからだ」
「魔力?」
沙絵莉はきょとんとして、彼の言葉を繰り返した。
いまのアークの言い方だと、まるで私が魔力を使い切ったみたいに聞こえる。
魔力なんてもの、持っていないのに…
「アーク…」
「サエリ」
そんなもの持っていないわと言おうとした沙絵莉は、アークのひどく真剣な眼差しを見て、口を閉じた。
「君に…話さなければならないことがある」
「話? いったい何?」
「君の怪我は、命を危うくするほどのものだった」
「え、ええ。癒しの技で助けてもらえたおかげで…」
そうだわ。癒しの治療費のことを…
「あ、あの、アーク…治療…」
「君の種族は、魔力の核がない」
話の腰を折られたうえに、話題が変わり、沙絵莉は戸惑った。
「ええ。…そんなものはないでしょうね」
魔力の核がどんなものなのかもわからないが、沙絵莉は頷いて答えた。
「ないことを、やはり把握しているのか?」
なぜかアークは驚いたように言う。
沙絵莉は眉をひそめた。
ふたりの会話は、まるで噛み合っていない。
「把握とかじゃなくて…ともかく、そんなものは持っていないわ」
「サエリ」
どうしたというのか、アークは顔をひどく強張らせている。
「はい?」
「いま、君は持っている」
沙絵莉は言われた意味がわからず、アークのじっと顔を見つめた。
いま…アークはなんと言ったのだ?
君は、持っている? 持っているって…何を?
彼女はきゅっと眉を寄せた。
私たち、いま、なんの話をしていたんだったかしら?
「魔力の核を、いま、君は持っている」
「魔力の核? それ…なんなの?」
「魔力の核は、魔力を貯蔵するものだ。我々は、貯蔵した魔力を必要に応じて取り出して使う」
「へーっ、そんなのがあなたたちの身体にはあるのね。だから魔法を…」
納得して口にしていた沙絵莉は、アークが語った言葉を思い出し、眉をひそめた。
その魔力の核を…君は持ってると、いま彼は言ったんじゃ…?
魔力の核を持っている? わ、私が?
沙絵莉は瞼をパチパチさせ、口を半開きにしてアークを見つめた。
「持ってるって、私が? その、魔力の核とやらを? 貴方、そう言ったの?」
「ああ。そうだ」
きっぱりとアークは言う。
沙絵莉は顔の前で、否定して手を振った。
「も、持っていないわよ…」
「いや、いまは持っているんだ。君の命を救うためには、魔力の核がどうしても必要だった。だから、作った」
「やだもう、冗談、でしょ?」
彼女は笑いながらアークに言った。だが、アークは相変わらず真剣な表情で首を振る。
沙絵莉は笑みを消した。
「ほ、本当に?」
自分の身体に目を向けた沙絵莉は、思わず胸のあたりを手のひらで撫でさすっていた。
いったい、そんなものが、どこにあるというのだ?
身体の中に入ってるっていうの?
そんな、途方もないこと、にわかには信じ難いのだが…
けど、ここは魔法の世界…途方もないことでも、現実になりうるのかもしれないが…
「で、でも…そんなものどうやって? つ、作れるものなの?」
「父と大賢者ポンテルスの手で、行なった」
「貴方のお父様と、大…賢者…?」
「魔力の核を作ったことで、君の怪我は完治させられたが、核を作ったことで、いま、君の身体はうまく機能しなくなっている」
「き、機能しなくなっているって、あの…ど、どういうこと?」
「普通は、必要に応じて核に貯蔵されている魔力を使うんだが、君はそれができないでいる。だから、これから君は、核の魔力を取り出す術を学ぶ必要が…いや、その前に、まずは君の魔力に秩序を学ばせる必要が…」
「ち、ちょっと待って…」
アークの話にまるでついてゆけず、沙絵莉は頭が痛くなってきた。
いま彼女の頭の中は、処理できない困惑でいっぱいだというのに、そんな説明をされても理解できやしない。
ともかく、まず理解しなければならないのは…
「私の身体の中に、魔力の核ってものが、…その、いまはあるってこと?」
「ああ、そうだ。ちょうど心臓と触れ合う位置に…」
「し、心臓と触れ合う位置?」
彼女は手のひらを心臓のあたりに当ててみた。
「こ、ここに?」
「そうだ。感じられるか?」
「感じられるかって、魔力の核をってこと?」
「ああ」
沙絵莉は、目を上に向けて、心臓のあたりになんらかの感覚があるか感じようとしてみたが、もちろん何も感じない。
彼女は唇を突き出した。
「別に、何も…」
「そうか」
アークは手を差し伸べてきて、沙絵莉の手の上に手のひらを当てた。
そして、感覚を感じようとしているようだったが、きゅっと眉を寄せた。
沙絵莉は、不安を覚えた。
「アーク、ど、どうしたの?」
「いや…ともかく、早く魔力に秩序を…」
「秩序って?」
「いまの君の魔力は、まるでまとまりがないんだ」
「魔力って、まとまりがあるものなの? けど、手のひらを当てただけで、まとまりがないって、貴方はわかるの?」
「ああ。感じるし、見えるから…」
「み、見える…の? なんで?」
「なんでと言われても…。沙絵莉、話を進めたいが、いいかい?」
沙絵莉は反射的に首を横に振っていた。
「ちょっと待って。魔力の核があるって話だけで、いっぱいいっぱいよ。いまは…」
「気持ちはわかる。だが、魔力に秩序を持たせ、魔力を使えるようにならなければ、君は、君の国に帰れない」
沙絵莉は、驚いてパチパチと瞬きした。
「アーク、帰れないってどういうことなの? わ、わけが…」
「魔力の中には、人が生きるうえで必要不可欠なエネルギーである、気の魔力がある。気の魔力が全身に巡ることで、人の身体は正常な働きをするんだ」
「気の魔力? でも、私は魔力の核なんてものがなくても…」
戸惑いつつ言った沙絵莉に、アークが真剣な顔で頷く。
「これまでの君は、核の無い状態で、正常に身体が機能していた。だが、君を救うために…」
「魔力の核を作ったのよね?」
沙絵莉は、アークの言葉を引き継いで言った。
「そうだ」
「それじゃ、核を取り出せばいいんじゃないの? もう怪我も治ったんだし…」
「サエリ。もしまた君に癒しが必要な状況になったら、またこの核が必要だ。それに、一度作ったものを取り出すというのは、君の身体に悪影響を生み出すことも考えられる」
どうやら、一度作った核を取り出すのは、ひどく難しいことのようだ。
しかし、魔力の核なんてもの、いったいどうやって作ったのだろうか?
でも、核を作ってくれたのは、私を救うためなのよね。
ともかく、核のせいで、沙絵莉の身体はうまく機能してなくて、うまく機能するようになるまで、ここにいなければならないってことなのだ。
いま彼女にできることは、核をうまく機能させるために…
「アーク、その魔力の核というのを、うまく機能させるために、私は何をすればいいの? それって、どのくらいで機能させられるようになるものなの?」
「訓練を積むことになるんだが…どれほどかかるか、私も…たぶん誰にもわからない。それでも、大賢者ポンテルスによると、手立てがあるそうなんだ」
「ポンテルスさん?」
「ああ」
何がおかしかったのか、アークは笑いを含んだ返事をする。
「なにか、おかしなこと言った?」
「いや、大賢者ポンテルスを、君があまりに親しげに呼ぶから…」
「親しげに? そう? でも、親しげに読んではいけないひとなの?」
「そんなことは…たぶん、大賢者ポンテルスは喜ぶだろうと思うよ」
「そ、そう? それで、そのひとに…私は必要なことを教えていただけるの?」
沙絵莉の問いかけを聞き、アークは急に考え込んだ。
「アーク?」
「君のご両親に、安心していただくためにも、毎日、君と通信できるようにしよう」
「そうしてもらえたら嬉しいけど…あの、何日もかかるということなの?」
「すまない。沙絵莉、それはわからない」
そうだった。さっき彼はそう言っていたんだった。
顔をしかめた沙絵莉は、あることを思いついて、きゅっと眉を寄せた。
私の身体の中には、いま、この世界のひとたちと同じように、魔力の核というものがあるのよね?
それってつまり…?
魔法が…つ、使えるようになるってことじゃないの?
頭の中に、魔女に変身した自分がポンと浮かんだ。
とんがりぼうしをかぶり、魔法の杖を持ち、振り回しながら呪文を唱えると、目の前にパッと美味しそうなお料理が出てきたり…
「サエリ?」
アークの呼びかけに、沙絵莉は彼に視線を向けた。
彼女を見て眉をひそめているアークを見て、彼女は自分がにやついているのに気づき、顔を赤らめた。
や、やだ、私ったら……
「そ、その…魔法が使えるようになった自分を想像しちゃって…」
照れ笑いしつつ、沙絵莉は言った。
だが、魔力の核とやらを作ってもらえたからって、魔法が使えるようになるわけじゃないはず。
魔法の世界というのはかなりシビアなようだ。
空中に浮かぶ出し物を見物していた客達は、沙絵莉同様に、ショーを楽しんでいた。
つまり、普通のひとは、たいした魔法は使えないってことなのだ。
アークのような魔法使いの弟子ならば、色々できるんだろうけど…
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