クリスマス特別編
2018
2 唐変木にめまい


さて、そろそろ二時になるか……

パソコンの画面に表示されている時刻を確認し、道隆はちらりと部下の安井を窺った。

そわそわとして、見るからに落ち着きがない。

実は、二時に澪が打ち合わせにやってくるのだ。
安井はこのチャンスに、なんとかして澪に会い、彼女を誘うつもりでいるはず……

以前は、澪の打ち合わせは午前中にしていたのだが、安井がランチに誘おうとするので、それを阻止するために午後に変更したのだ。

澪は安井を友達としてみているが、安井はそうじゃないからな。

澪と道隆が付き合うことになる前のことなのだが、ふたりは彼の知らないところで、何度かランチを一緒にしていたらしい。

付き合う以前のことだとしても、むかつくことに変わりない。

「深沢課長、どうしたんすか?」

苦い顔をしていた道隆は、不意に声をかけられて顔を上げた。いつの間にやら安井が目の前にやってきていた。

「何かまずいことでもあったんすか?」

手に持っていた書類を遠慮がちに差し出しながら、いくぶん心配顔で聞いてくる。

道隆は「いや」と否定して首を振り、書類を受け取った。

書類に目を通し、安井を見る。

「ミ、ミスがあったっすか? 何度も何度も見直して、そんなはずはないと思うんですけどぉ」

こっちは何も言っていないのに、先走って言ってくる。

「ミスはない」

まったくもって珍しい。

ミスがあれば、いますぐ修正しろと厳しく命じ、さっさと澪のところに行くつもりだったのに……

「で、ですよね。よっしゃーっ!」

右の拳に力を込めて、勢いよくガッツポーズをする。

そして、「澪ちゃん、そろそろですよね?」と聞いてきた。

「それが?」

そっけなく答えてやる。

「もうっ、またまたぁ。深沢課長ときたら、相変わらずいけずっすねぇ」

楽しそうだ。

道隆はそんな安井を無視して立ち上がった。

二時五分前になった、もう行かねばならない。

「あっ、そろそろ澪ちゃんがくる時間っすよね。俺、その荷物持ちますよ」

安井は道隆が用意した澪との打ち合わせに必要な紙袋を手に取ろうとする。
もちろん、そうはさせない。

「お前は自分の仕事をしろ!」

強めに言い、道隆は安井の手が触れる前に紙袋を取り上げた。

「ちょっとくらいいいじゃないっすか。澪ちゃんに一言挨拶したら、すぐに退散しますって」

「必要ない」

すげなく言って、オフィスを後にする。だが、今回は諦めるつもりがないようで、安井はついてくる。

苛立った道隆は、足を止めて安井に振り返った。

「安井、いい加減に……」

「今日一時間、無償残業しますから。お願いしますよ。このとおりです」

両手を合わせ、必死な形相で頼み込んでくる。

はあっ。
もういっそ、澪との関係をバラそうか?

どのみち、伝えることになるんだし……

「安井、実はな……」

伝えようとした瞬間、あろうことか安井は飛んで逃げるように道隆を追い越していった。

「こ、こら、安井っ!」

怒鳴るが安井はあっという間に見えなくなった。

あの野郎!

苛立ちマックスで、道隆は安井の後を追った。

澪との打ち合わせの場所にやってくると、すでに澪はやってきていて、安井と何やら話をしている。

「安井っ!」

腹立ち交じりに呼び掛けたら、安井はこちらに向き、気まずそうに笑う。

澪の手には、安井から渡されたに違いないイルミネーションのパンフレットが握られていた。

澪と目が合った。彼女は困り顔をしている。

「水木さん」

呼びかけながら、ふたりに歩み寄っていく。

まず澪を打ち合わせの部屋に入らせ、安井と対峙しよう。

と思ったのだが……

「それじゃ澪ちゃん、駅前で待ち合わせってことで」

「えっ?」

澪が驚きの声をあげ、道隆を見る。

道隆は、そのまま駆け去っていこうとする安井の腕をつかんだ。

「安井、待て」

「なんすか? 俺、すぐに仕事に戻るんで。あっでも、一時間の無償残業はちゃんとやりますからね」

澪を誘ったことに達成感でも感じているのか、テンション上げ気味に言う。

「あのなぁ安井。お前、水木さんが困っているのに気づかないのか?」

「え」

安井は戸惑い顔で澪を振り返った。

「水木さん、安井に誘われたんでしょう?」

「……あ」

どうしたのか、澪は真っ赤になり、慌てふためいたように安井に駆け寄り、持っていたパンフレットを彼に押し付けた。

「み、澪ちゃん?」

「行けません。行きません」

「ああ、そうか。深沢課長に見られちゃったから、恥ずかしかったんだね。大丈夫だよ、深沢課長のことなんて気にしなくて」

安井……

言う言葉が見つけられない。

こいつときたら……澪にその気はないと、どうしてわからないのだ。

あきれ返っていたら、澪が自分の左手をぐいっと安井に向けて突き出した。

安井は澪の左手をまじまじと見る。
するとその表情が、徐々に固まっていく。

「わ、わたし、婚約したんです。なのでお友達であっても、他の男の人のお誘いに乗ったりとかしたくないんです。安井さん、ごめんなさい」

「こ、婚約? した?」

「はい」

澪はこくりと頷く。

なんというのか、照れるというか……もちろん彼女がはっきりと口にしてくれ、やはり嬉しい。

だが、安井は……

申し訳ないような気持ちが湧き、安井を見ると、その表情は傷心したようにこわばりを増していく。

こういう様を見ると、なんとも不憫というか……胸がチクチク痛むな。

「あ、相手は? いったい誰なの?」

その問いに、澪は無意識だろうがちらっと道隆に視線を向けてきた。

それにつられたように安井も道隆を見てくる。

ついにバレたな。

だがまあ、よかった。と、ほっともした。

なのに……

「課長、すんませんけど、こういう場合部外者はちょっと遠慮してくれませんか? 澪ちゃん、課長がいると話しづらそうなんで……」

はあっ?

ぶ、部外者だと?

めまいがしてきた。

この唐変木め!

道隆は、血の巡りの悪すぎる安井をギロリと睨みつけたのだった。





つづく






   
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