クリスマス特別編
2018
3 元気を注入


ああ、よかった。

安井さん、わたしの付き合っている相手がフカミッチーだってことに気づいてないみたいだ。

安井から相手はいったい誰なのかと問われて、思わず道隆のことを見上げてしまったから、これはもうバレたと青くなったのだが。

フカミッチーは、会社のひとたちには内緒にしておきたいみたいだものね。

仕事相手である澪と付き合っていることを知られたら、やはり立場的に困るんだろうと思う。

そうでないのなら、道隆は安井に話しているはずだ。

それにしても、安井さんてば、フカミッチーのこと部外者って……

思い出して小さく笑ってしまう。

深沢さんですよって言いたいけど、ここは我慢だな。

「お相手のひとは、わたしのヒーローなんです」

安井に向けて言ったが、道隆にも聞かれているわけで、頬がじんわり染まる。

「ヒーロー?」

戸惑ったように安井さんは言葉にする。

「そうなんです。わたしのピンチに颯爽と現れて、窮地から救ってくれたんです」

「そ、そうなんだ」

安井さんは面食らった様子ながらそう言うと、しょぼんと肩を落とした。

そんな姿を見ると、どうにも申し訳ない気持ちになる。

安井さんには、この仕事をさせてもらうようになってから、ほんとよくしてもらったのに……ランチを食べながら仕事の相談にも乗ってもらって……

「そうか……婚約したんだ」

床に向かって呟くと、安井は澪に小さく頭を下げ、それから道隆に向かって「仕事戻ります」と告げ、その場からいなくなった。

ふたりきりになり、道隆を見上げる。

すると道隆も澪を見つめてきて、何も言わないまま打ち合わせの部屋のドアを開けると、中に入るように促してきた。

部屋に入ると、道隆は澪に椅子を勧め、自分も腰かけた。

澪が椅子に座ると、「では、打ち合わせをしましょう」と、すぐに仕事に入った。

今の出来事について、この場で語るのはやめておこうってことみたいだ。

澪もその方がよかった。ここは会社だし、プライベートの話は帰ってからでもゆっくりできる。

だが、仕事の話を真剣にしつつも、頭の中で安井に告げた言葉がチラチラする。

ヒーローだって言っちゃって、フカミッチーどう思ったんだろう?

けど、事実だものね。
フカミッチーが救ってくれなかったら、とんでもなく怖いことになっていたかもしれないのだ。

まあ、知らない部屋で目覚めて、隣に男の人が寝てたのには、仰天動転だったけど。

それがフカミッチーで、ほんとにほんとによかったよ。

「水木さん、聞いてますか?」

安堵の気持ち満タンでいたら、道隆に呼び掛けられ、澪はハッとして彼に目を向けた。

「す、すみません。き、聞いてませんでした」

顔を真っ赤にして謝る。

もおっ、わたしってば大失態だ。

仕事中なのに、ほかのこと考えて、話ちゃんと聞けてないとか……

肩身が狭く、身を縮こめていたら、くすくす笑う声が聞こえる。

急いで顔を上げると、道隆はそれはもう楽しそうに笑っていた。

「フカミ……ふ、深沢さん」

つい咎めるように呼びかけてしまう。

「ごめん。さあ、仕事の話に戻ろう」

「は、はい。今度はぼおっとしてないで、ちゃんと聞きます」

誓うように告げ、澪は仕事に集中した。


「それでは、よろしく」

打ち合わせが終わり、いつものように仕事に必要な紙袋を手渡しながら道隆が言う。

澪は、「はい」といくぶん畏まって答えて、それを受け取った。

道隆に見送られて、先に部屋を出る。

いつも思うことだけど、打ち合わせの時の道隆と、家で一緒に過ごしているフカミッチーは別人みたいだ。

だから、打ち合わせの時は、付き合う以前のままでいられるんだと思う。





家に帰った澪は、さっそく仕事に取り掛かることにする。

クリスマスもやってくるし、年末はあれこれ忙しい。年始だって予定がいっぱいだ。お正月には、道隆の実家と澪の実家、両方に顔を出さなきゃならない。

だから、いまのうちに頑張っとかないとね。

明日は、もう羽歌乃おばあちゃん家のパーティーなんだし……

そのことを考えると、どうにも不安が頭をもたげてくるわけで……

うーん、楽しみにも思ってるんだけどなぁ。

顔をしかめて考え込んでいた澪は、ハッと我に返って首を横に振った。

いけないいけない。
意味もなく悩んでいちゃ、時間がもったいないよ。

仕事仕事。

頭を切り替え、本気モードで仕事に取り掛かる。

夢中でやっていたら、ドアをコンコンとたたく音がし、澪はぎょっとして顔を上げた。

し、しまったー!
またやっちゃった。

なんと、すでに八時になってしまっている。

慌てて立ち上がり、椅子を蹴倒した。

ガターンと大きな音をさせてしまったところで、ドアが開けられた。

道隆が顔をのぞかせる。

「そんなに慌てなくていいぞ」

「ご、ごめんなさい。まだ夕食の支度できてなくて……」

情けなさに俯いて唇を噛んだら、歩み寄ってきた道隆に頭を撫でられた。

「外食も悪くないよ」

思いやりいっぱいの言葉に涙ぐみそうになる。

ほんと、道隆優しすぎる。
甘えたくなるけど、それじゃダメだ。

「ううん、大丈夫。フカミッチー、先にお風呂に入って、その間に支度するから」

「無理しなくていいんだぞ。疲れてるだろ?」

心配そうな道隆のまなざしに、疲れなんてすべて吹っ飛ぶ。

「全然!」

元気よく叫んだ澪は、さらに元気を注入するべく、爪先立って道隆の唇にキスをし、弾むようにキッチンへと急いだのだった。





つづく






プチあとがき

いま思い出したけど、前回はあとがきを書き忘れましたな。
さて、第3話はまた澪サイドでお届けさせていただきました。安井さん、ついに失恋です。これで彼も前へと進めるでしょう。愛されるキャラなので、いつかかわいいお相手が見つかるに違いない。
と、安井さんのことはまあ、いいんですけど……さて、次回はついに羽歌乃さんのクリスマスパーティーです。
道隆は、そのことについてどう思っているのか?
たぶん、4話は道隆サイドでお送りすると思います。
読んでくださってありがとう。少しでも楽しんでいただけていたらうれしいです♪

トップでもお知らせいたしましたが、誕生日の今日を記念に、改名しました。
どうぞよろしくです(^.^)

帆風 環(2018/12/18)
   
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