クリスマス特別編
2018
5 しまったぁ


澪は、運転に集中している道隆をちらりと見た。

スーツの道隆は仕事先で見ているが、今日はいつもよりシックで高級感あふれるデザインスーツ。

つまり、フカミッチーのかっこよさが何倍にも引き立ってるんだよねぇ。

それにしても、フカミッチーって、ほんと脚が長いよね。
こうして運転席に腰かけてる、すらりとした脚のラインに惚れ惚れしちゃうんですけど…

うん?
今日履いてる靴、これまで見たことないやつかも。

「フカミッチー、その靴、とってもおしゃれね」

「うん? ああ、この靴か」

道隆は自分の靴に一瞬だけ視線を向ける。

「姉夫婦にもらったものだ。あのふたりは、誕生日にいつも靴をくれるんだ」

「へーっ、そうなの?」

「こいつは洒落すぎてるだろ? 会社に履いていくにはどうかと思って、ずっと箱に入れたままにしてたんだ」

「そうだったの。けど、パーティーにはぴったりね」

「そうだな……ところで、澪」

「はい?」

「その……今日は、フカミッチーと呼ばないようにしてくれると嬉しいんだが」

頼み込むように言ってくる。

ふたりきりの時はいいけど、人前でフカミッチーと呼ばれるのは恥ずかしいみたいなんだよね。

別に恥ずかしいような呼び名ではないと澪は思うのだが、当事者の道隆が嫌なのではしょうがない。

「わかった。絶対呼んだりしないから安心して」

約束するように答えたら、道隆は安堵の表情になる。

そんなにほっとするとか……

これは間違っても口を滑らせたりしないように、気を付けないといけないみたいだ。

よし、フカミッチーは絶対封印!





カーナビの案内のまま車を進めて行くと、閑静な住宅街へと入った。

さらに進んで行ったら、羽歌乃おばあちゃんのお屋敷の屋根が見えてきた。

「フカミッチー、お屋敷が見えたよ。あそこ」

そう口にして、いくぶん緊張してきた。

いったいどんなパーティーなんだろう?

参加者はそんなに大勢じゃないはずだよって、苺は言ってたけど……

大勢じゃないという人数が、いったいどれくらいなのかわからないし、『はず』ってのは曖昧すぎる。

それで、もっとはっきりさせたくて、『ざっくりでいいから、どのくらいの人数なの?』って尋ねたら、『えーっとね、うちの家族と、爽の家族と……あとは別に聞いてないから、きっとそんくらいだよ』と、なんとも適当すぎる返事で、澪は頭を抱えた。

『別に聞いてない』ところの人数がはっきりしないのでは、数十人規模なのか、実は百人に上る規模なのか、わかりようがない。

羽歌乃おばあちゃんに、はっきりとした人数を聞いてみてほしかったが、苺もずいぶんと忙しそうな感じだったし、そこまでは頼めなかったのだ。

道隆も、どのくらい参加者がいるのか気になっているようで、聞かれたけど、苺から聞いたままの返事しかできなくて……

ついにお屋敷に到着した。
門の前にただ広い駐車場があり、何台か車が並んでいる。

「ここに駐車していいのかな?」

「いいと思う。藤原さんの車はあれだったと思うし」

正直、車種とかよくわからないんだけど、藤原さんのはあんな感じだったと思う。

「どれ?」

澪は黒い車を指さした。

「そうか」

ちょっと含みのある言い方で、気になる。

「フカミッチー?」

呼びかけたが、道隆はまた別の車を指さす。

「こっちの車は、鈴木さんの家族のものじゃないのか?」

「えっ? ああ、そうかな?」

苺の家族の車がどんなやつだったかなんて覚えていないが、色は、お父さんの車は白で、お兄さんのは黒だったと思う。

こいつは白だから、苺のお父さんの車かもしれないけど……

「ごめんなさい。よくわからないの」

「ああ、別にいいさ。それより、他のところにも駐車場があるんだろうな?」

尋ねられるが澪は知らない。

「わからないけど……あるのかも」

「だよな。この屋敷の規模で、これだけの駐車場では……」

ああ、そうだよね。

ここにある車は数台だ。別のところにある駐車場に、招待客の車はあるに違いない。

「それじゃ、降りて行くか?」

道隆は澪を促し、先に車から降りた。澪もすぐに降りる。

冷たい風に触れ、澪は急いで手に持っていたコートを羽織った。
道隆の方も、後部座席からコートを取り出して羽織っている。

ふたりは肩を並べ、正面玄関に向かって歩き出した。

「それにしても、君から聞いて想像していた通りの屋敷だな」

改めて屋敷に目をやり、道隆はそう言って笑う。

「さて、君の言う、厳格な執事殿の顔を拝みに行くとしよう」

道隆は笑い交じりに言ったけれど、真柴さんの名が出たことで、澪は一気に固くなってしまう。

そんな澪の変化に彼はすぐさま気づいてくれ、「澪?」と気遣うように呼びかけてきた。

澪は照れ笑いしながら肩をすくめた。

「そんなに怖い印象のひとなのか?」

「ま、まあね……会えばわかってもらえると思うけど……」

屋敷の方をちらちら見ながら言ったら、なんと彼は澪の手を取り、勇気づけるようにぎゅっと握りしめてくれる。

それだけのことで、ずいぶん緊張がほぐれた。

ひとりじゃないものね。フカミッチーが一緒なんだもん。

道隆がまた歩き出し、澪も歩を進めたが……驚いたことに、彼は手を繋いだまま歩いていく。

すぐに手を放してしまうと思ったのに……

こんな風に外で、道隆の方から手を繋いで歩いてくれるなんて初めてのことだ。

胸がいっぱいになったその時、「澪ぉ」と呼ぶ声がした。

あっ、苺だ!

こちらへと駆けてくる友を視界に入れ、澪は手を振り返した。婚約者の藤原さんも一緒だ。

しかし苺はいつもの彼女じゃない。それはもう素敵なドレスを身にまとっている。

「いらっしゃ~い、澪。すっごい素敵だよぉ」

こっちから言うつもりだった言葉をいただいてしまい、澪は照れて笑った。

「苺もすっごい素敵だよ。そのドレスとっても似合ってる」

「えへへーっ、ありがと、澪。あっ、フカミッチーさんもいらっしゃい。苺です。はじめましてです。会えて嬉しいです♪」

満面の笑顔の苺は、苺らしさ満タンの言葉でもって道隆のことも歓迎してくれたが……

し、しまったぁ! ……と、強烈に焦る。

フカミッチーと呼ばれてしまった道隆から、「ぐっ」という喉を詰まらせたような音が漏れ聞こえてきたわけで……

普段、苺と道隆のことを話す時、お互いフカミッチーって呼んでて……

その呼び名を使うのはやめてくれるよう、前もって苺にお願いしとくべきだったよ。

だが後悔しても、もう遅い。

恐る恐る道隆を見上げると、彼の顎のラインは明らかにこわばっていたのであった。





つづく






ぷちあとがき

ついに苺と爽登場となりました。とは言っても、爽はまだ一言も発しておりませんが。

しかし、まさか、苺からその呼び名で呼ばれるとは思いもしなかったであろう深沢氏。彼の心中やいかに。いや、察するに余りある……か。笑

なんにしても、イブですよ。みなさま、メリークリスマス☆彡

さて、クリスマス特別編、ここまで5話お届けしましたが、もう少し続く予定です。

読んでくださってありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけていたら嬉しいです♪

帆風環(2018/12/24)

   
inserted by FC2 system