笑顔に誘われて…
第10話 しあわせな自慢話



「浮気をしていないというのが本当に真実なのか、それがポイントだな」

大型スーパーへと向かいながら、由香から、病院での靖章とのやりとりを聞いた吉倉は、思案しつつ口にした。

「でも、私は真実だと思えました。義兄は嘘をついていません」

「平気な顔で嘘を言う人間もいますよ」

由香は肯定して頷いた。

「そうですね。でも、義兄はそんなことのできるひとではないと思います」

「だが、そうなると…貴方のお姉さんは、ありもしない浮気を信じこんだことになってしまいますよ。なんの理由もなく、信じ込むかな? それが原因で離婚まで」

運転中だから、由香が目にしているのは吉倉の横顔なのだが、彼の厳しい指摘は由香の胸に堪えた。

なんとなく、理不尽な気分が湧いてきてならず、由香は吉倉を横目で睨んだ。

「高知さん?」

「な、なんで、私がやりこめられなきゃならないのかなって…」

「やりこめているわけでは…」

「相談に来たのは貴方なのに…。私が相談に乗ってもらって、なんでかやりこめられてて…理不尽です」

「流れでこうなったんです。致し方ないでしょう」

こんなに落ち着き払って言われては、どうしたって、さらにむかつく。

「綾美ちゃんの相談は? もういいんですか?」

むかつきに駆られた勢いで、由香は言っていた。

「それは…綾美のことについて、貴方には私に話してくれるつもりがないと感じられたんですが…違うのかな?」

由香は顔を歪めた。

このひと、す、鋭い!

「綾美の様子がおかしいのがなぜなのか…たぶん…男だろうと思うんですが…」

由香は頬が引きつった。

どうやら、墓穴を掘ったらしい。
綾美のことを持ち出したのは大間違いだった。

残念ながら、いまの由香は頭にちょっとばかし血が上っている状態。
かたや相手はこんなにも冷静で…明らかに勝負がみえてる。

「高知さん、貴方は何かご存知なんでしょう?」

「い、いえ。全然、何も」

顔の前で手を振りながら由香は答えたが、吉倉はくすくす笑い出した。

このひと、何もかもお見通しのようだ。

「分かりやすいひとだな…」

その言葉は、ひどく子ども扱いされてるようで、面白くなかった。

「私は何も…」

「話してもらえると、私も安心出来るんだが…」

吉倉は、綾美の好きな相手の事を何もかも知っていると思い込んでいるらしい。

「あの、ち、違います。私はほんとに何も知ってなんかいなくて…」

「大丈夫ですよ。無理に聞き出したりはしませんから」

「いえ、本当なんです。相手の方のことは何も…」

「ふむ、やはり」

吉倉の相槌に、由香は顔をピキンと固めた。

し、しまったぁ〜、失敗したぁ〜。

「貴方が知らないとなると、仕事関係者の中に、好きな相手がいるわけではないということかな?」

仕事の関係者?

由香は頭の中で、工房にやってくる若い男性たちをひとりひとり思い浮かべてみた。

「それはないと思いますけど…」

由香はそう告げ、気に掛かっている問いを吉倉に向けてみることにした。

「あの、綾美ちゃん、もう家に帰ってますよね?」

「さあ…どうかな」

あやふやな答えに、由香は不安になった。

ま、まさか、思いを寄せている男性に、パーティ会場からお持ち帰りされたなんて…な、ないわよね?

「綾美とは、昼まで一緒にいたんですよ」

「えっ?」

一緒? それってパーティでってこと?

「私は先に出てきてしまったが…知人に妹のことは頼んできたので、彼が家まで送ってくれたはずです」

な〜んだ、そうなんだ。

けど…彼って?

「頼んできた方って、信用の置ける人なんですか? 綾美ちゃんとも親しい方だったりするんですか?」

「妹と親しいというほどではないが…顔見知りではありますよ。彼は信用のおけるやつです…私は…」

どうしたのか、吉倉は話の途中で小さく吹き出した。

「吉倉さん?」

「いえ…先ほどの貴方と同じ事を言っているなと思ってね。…ねぇ、高知さん、明日の遊園地、私もご一緒させてもらえませんか?」

「は?」

「私が彼と話してみようかと」

「よ、吉倉さんが?」

「ええ、貴方ひとりより、もっと情報が得られるかもしれない。同じ男である私にならば、話やすいこともあるんじゃないかな?」

確かにそれは言えるかも。

元妻の妹という立場の由香には言えないことも、同性の彼にならば、胸にある事を話しやすいかもしれない。

「彼の言うとおり、浮気が真実でないのなら、同じ男として無実を晴らしてやりたいし、彼のしあわせのために、力を貸したい」

由香に向けられた吉倉の目には、疑いようもない誠実な光があった。

「で、でも…無関係の吉倉さんを連れていくというのは…」

「そうだな…では、無関係でないということにすればいい」

「えっ、それってどういう…?」

「つまり、貴方と私が付き合っていることにすればいいんですよ。明日一日、貴方の恋人として同行すれば、一緒に行ってもおかしくはないでしょう?」

「それはまあ…でも…」

今日会ったばかりの男性に、ここまでしてもらうってのは…

「縁なのですよ」

「はい? 縁?」

「必要な時に、必要な繋がりを得る。こういうことは、よくあることですよ」

よ、よくあることなのか?

自信に満ちた吉倉を見ていると、その言葉を素直に受け入れればいいような気がしてくるから不思議だ。

「吉倉さんって、不思議な人ですね」

「私はいたって普通の男ですよ。益はあっても、害はないと思いますよ」

目元に楽しげな笑みを浮かべ、吉倉は言ったが、普通の男性とは思えなかった。





閉店ぎりぎりの時刻だというのに、大型スーパーの店内には、まだお客の姿が多かった。

入口から中へと入り、ともかく間に合ったといったんはほっとした由香だったが、よく見ると、専門店の半分ほどはすでに店じまいしている。

「な、なんか専門店閉まっちゃってますね」

由香はエスカレーターへと小走りに向かいながら、彼女と肩を並べている吉倉に言った。

「ですね。店によっては早目に終わるんでしょうね」

とすると、あの宝飾店も…

「ともかく、早く行って確認しましょう」

吉倉は由香の手を握り、走る速度を上げ、エスカレーターすら駆け上ってゆく。

息が上がった由香は、はあはあと息を吐きながら宝飾店に近づいていった。

どうやらまだやっているようだった。電気がついている。

「あの、すみません」

店頭で、閉店の作業に入っている店員に、由香は話しかけた。

「はい」

顔を上げてきた店員は、残念なことに由香の知っているひとではなかった。

店頭には男性店員がこのひとを含めてもうひとりいたが、やはり知らない顔。

なにより残念だったのは、レジのところは空で、イチゴちゃんの姿もなかったこと。

どうやら、すでに帰ってしまったらしい。

「あの、ラッピングを頼んでて」

「ああ、そうでしたか。お客様、お名前の方は?」

このひとも、とても感じのいい店員さんだ。

「高知です」

「高知様ですね。少々お待ち下さい」

店員は急いで店の奥へと入っていく。

「どうしたんですか?」

吉倉が首を傾げて尋ねてきた。

「はい?」

「いえ…間に合ったのに、なんとなく憂い顔をしているから…」

う、憂い顔?

由香は、思わず頬に手を押し当てていた。

そんなに顔に出しちゃってたのか?

「実は、この店に、どうしても会いたかったひとがいて…いなかったらがっかりしちゃったんです」

「…この店の店員に?」

「はい」

レジ向うのドアが開き、人が出てきた。

先ほどの店員かと思ったが、違った。

「あ、あのひと」

イチゴちゃんではなかったが、中性的な店員さんではないか。

中性的な店員さんは、すぐに由香に気づき、笑みを浮かべて急いで近づいてきた。

きっと由香が買った商品が入っているのだろう紙袋を提げている。

「お客様。お待ちしておりました」

「間に合ってよかったです。もう間に合わないんじゃないかと心配しながら来たんですよ」

中世的な店員さんに、由香は笑顔いっぱいで答えた。

紙袋が差し出され、由香は受け取ってすぐ中を覗きこんだ。

「わあっ」

イチゴちゃんが由香のために選んでくれたリボンに包装紙。

ラッピングされた細長い箱を由香は取り出した。

あまりに見事で、すぐには言葉が出てこなかった。

リボンがふんだんに使われ、まるで虹のような色合いになってる。

「す、素敵です」

「喜んでいただけましたか?」

「もう最高です。…あの、イチゴちゃんは、もう?」

「はい。彼女は夕方までの勤務ですので」

「そうなんですか。…もう一度、イチゴサンタのイチゴちゃんに会いたかったのに、残念です」

「イチゴサンタ?」

隣で吉倉が呟くように言い、由香は彼に顔を向けた。

「ここのレジに、イチゴ柄のサンタちゃんがいたんですよ。このラッピングをしてくれたんです」

由香の説明がうまくなかったのか、吉倉は要領を得ないようで、ぎゅっと眉を寄せた。

「イチゴサンタの衣装は今日でおしまいですが、お客様に、これからもおいでいただけましたら、彼女も喜びます」

「ええ、もちろん。お正月は福袋とか販売なさるんでしょう?」

「はい、予定しております」

由香は頷き、「それじゃあ」と頭を下げ、吉倉と店頭を後にした。

「貴方が会いたかったのは、ラッピングをしてくれた女性なわけですか?」

「吉倉さん、残念でしたね」

「残念?」

「とってもきれいな子なんですよ。こんな大きなイチゴの柄のサンタの帽子もかぶってて…それに、見てこれ」

由香は、笑顔満面で、ラッピングされた箱を吉倉に差し出して見せた。

「誰へのプレゼントなんですか? 相当に高価な品を買われたようですね」

見当外れの吉倉の言葉に、彼女はくすくす笑った。

「高価なんかじゃないですよ。五千円です。それに、これは自分への贈り物なんです」

吉倉が驚きに目を見張る。

「五千円ですか…その値段に見合わない豪華なラッピングだな」

「でしょう。それがあのお店の凄いところなんです。お客さんをとってもしあわせな気持ちにしてくれるお店なんです」

まるで自慢するように由香は言っていた。

そんな由香を見つめ、吉倉はクックッと楽しげに笑い出した。





   

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