] ハッピートラブル happy trouble 続編 |
|||
第22話 ありがたい叱責 「よーもーぎ」 ベッドに腰かけてぼおっとしていた蓬は、その呼びかけに顔を上げた。 丸美がドアを開けて、こちらを覗き込んでいる。 いま、両親を見送ったばかりで、どうしても返事ができず、丸美の顔を見つめ返した。 喉が張り付いていて、声が出せない。 声を出せたとしても、いまは物を言う気力がない。 そのまま視線を外すと、丸美がそっと歩み寄ってきた。 「どったの?」 丸美らしい問いかけだった。明るいけれど、気遣いが含まれている。 蓬は大きく息を吸った。そして、ゆっくりと息を吐き出して、重く澱んでいる心をなんとか軽くしてみる。 「蓬の父と母、なんの話をしてったの?」 そっと聞かれ、蓬はもう一度息を吸って吐き出す。 正直、泣きそうだ。 少しでも気を緩めたら、もう駄目だろう。 「蓬の父と母はさ、蓬をすごく大事に思ってるからさ。蓬に意地悪言うはずない。つまり、いま蓬がどどーんと落ち込んでいるのは……立ち向かわなきゃならない問題ができちゃったってことかな?」 立ち向かわなきゃならない問題? 蓬は笑みを浮かべた。 「丸美」 「うん」 「いつも、とことん鈍っちいのに、不思議な子だね、丸美って」 「は? な、何よそれ? にぶっちぃだ? こんなにも心配してやってんのに!」 キーッと、癇癪を起したような顔をしている丸美に、蓬はがばっと抱き着いた。 「よ、蓬?」 蓬は「ふーっ」と息を吐き出した。 丸美の体温に慰められてしまい、先ほどとは違う意味で泣きたくなる。 母の言葉がずっと、頭の中でリフレインしている。 『もし……蓬、もしもよ。……あなたが圭様に受け入れられない体質だったら……あの方は、それでもあなたを愛してくれたかしら?』 それでも愛してくれたと言いたい。そう思いたい。 けど…… たぶん、そんなことはなかっただろう。 受け入れられない体質だったら、蓬は柊崎に会えてもいない。 もしどこかで偶然会えたとしても、それだけだっただろう。知り合いにすらなれていない。 愛してくれたはずがない。それが現実だ。 「蓬の両親は、今夜、杏子さんの家に泊まることになってて……蓬も、明日柊崎さんと、杏子さんの家に行くんだよね?」 「うん」 「柊崎さんは、蓬に怪我をさせたことを、蓬の両親に謝罪する」 「うん」 「蓬のお父さんとお母さんは、娘に怪我を負わせた柊崎さんのことを、いまだに怒ってるってわけじゃないんだよね?」 「うん」 「けど、付き合いを反対してる?」 「……まあ、そう」 「ふふ」 迷って返事をしたら、丸美が笑い、蓬は顔を上げた。 「やっと、違う返事したなって思ってさ」 「あ……ああ」 「ショックを受けたときってさ、時間の経過で少しずつ楽になるもんだよ」 その言葉に、今度は蓬が「ふふっ」と笑ってしまう。 「おー、笑ったぁ。時間経過のおかげだな。ちょっとほっとした」 「丸美」 「はい?」 「ありがとう」 お礼を言ったら、丸美が真面目な顔で見つめ返してくる。 話せることなら話してほしいと、丸美の思いが伝わってくる。 蓬は頷いて口を開いた。 「柊崎さんの体質。もし、わたしが……柊崎さんに受け入れられなかったとしても、愛してもらえたと思うかって……言われた」 ぼそぼそと伝えると、丸美は呆気に取られた顔をし、「はあっ?」と叫んだ。 「丸美の両親ってば……そりゃぁ、ちょっと違うでしょうよ」 「違う?」 「違うじゃん。わたしゃ、そこんとこ、問題視する必要性を感じないけど」 「えっ? ど、どうして?」 「どうしてって……あのさ、人を好きになるのってさ、会話したり、触れ合ったりしてこその、結果じゃない?」 「う、うん」 「蓬と柊崎さんも、それを経て、好きだなって感情を互いに抱いた。だから、付き合おうってことになったんだよ。蓬が柊崎さんに拒否反応が起きなかったことが、始まりだとしても、別にいいじゃん」 「い、いいのかな?」 丸美に言われると、そうかなという気になってしまう。 「いいんだよ。実際そうだったんだからさ。それが現実なのに、それを否定して……それでも愛されたかなんて、考えるのはおかしいよ」 確かに、丸美の言う通りだと思えてきた。 ……けど、ほんの少し、心にひっかかるものがある。 「ねぇ、丸美」 「なあに?」 「……丸美が言ってくれたこと、わたしもそういうふうに思う」 「うんうん、なら……」 「でも……」 「えっ、でも? でもって……?」 「何を言ってるのって、丸美に言われそうだけど……わたし、お母さんの言ったことに、言い返したかったんだよね」 「言い返したかった? いったい何を?」 「それでも、柊崎さんは、絶対にわたしを愛してくれたって……言い返したかった。体質うんぬんなんて、そんなもの関係ないって……そうでないと」 「う、うん。そうでないと?」 「もし、わたしのほかにも拒否反応が起きないひとがいたとしたら……柊崎さんは、そのひとを好きになったかもしれないよね?」 丸美は黙り込んだ。 こだわっても仕方のないことだとわかっている。いま、柊崎に愛されていることを、素直にしあわせだと思っていればいいのかもしれない。 けど……拒否反応が起きないことが、愛された根底だとすれば……未来が不安になるのだ。 「うん。……そっか。蓬の気持ち、わかったよ」 唇を突き出して、むっとしたように言った丸美は、次の瞬間、憤りをぶつけるように力一杯床を叩いた。 バンと大きな音がし、蓬はぎょっとして身を引いた。 「ま、丸美?」 「いいかい、蓬さん」 丸美は、蓬の鼻先に、ひとさし指をつきつけてくる。 いまにも攻撃をしかけてきそうな指先を見つめ、蓬は、「う、うん」と頷いた。 「恋愛ってのは確固としたものじゃないんだよ! どちらかの心が揺らげば、もうそれだけで関係はぐらぐらになるの」 丸美に叱責され、蓬はハッとした。 「だから、どんなにしあわせそうなカップルでも、いつの間にやら別れたり、離婚したりもするんだよ!」 そうだ。丸美の言う通りだ。 わたし……貪欲すぎた。 「そうだよね……」 誰でもない、圭さんに愛されるのは自分だけだって思いたかった。そうじゃないとは、思いたくなかった。 「は、恥ずかしい」 顔を赤らめて俯くと、丸美が肩をバンバン叩いてきた。 「い、痛い!」 「いやー、ちょっとばかし、真面目ぶっちゃけちゃったわ」 ぶっちゃけちゃった? 「丸美……その場合は、『ぶっちゃけちゃった』じゃなくて、『真面目ぶっちゃった』でいいんじゃないかな」 「ええーっ! なんで、ここで、足元すくうようなことを言うのよぉ。いいじゃん、ぶっちゃけだろうと、ちゃっちゃけだろうと」 無茶苦茶な文句を言われ、蓬はくすくす笑った。 あれほど重かった心が、愛すべき友のおかげで、すっかり軽くなっていた。 |