苺パニック


注:こちらのお話は、書籍になるにあたって削除されたものです。
  サイト掲載時のものを、改稿してあります。

  書籍になるにあたって、大きく改稿したために、書籍の内容とは異なっています。
  そのことを踏まえた上で、お楽しみいただけたら幸いです。


                        
その5 変身完了



「さて」

店長さんが、おもむろに立ち上がった。

化粧の結果に迷いを感じていた苺は、思わず店長さんに追いすがりそうになる。

けど、もう一回最初からやり直させてくれと頼んでも、店長さん、うんとは言わないだろう。

エロっぽい女装店長さん……その姿で病室から出て行っていいんだろうか?

不安を覚えて店長さんの動きを追っていると、彼は紙袋を取り上げている。

それは岡島さんが持ってきたやつで、残りの変身グッズが入っているはずだ。

さっきは開けてみようとして止められたけど……こいつも、ついに解禁ってことなのだろう。

しかし、どんなウイッグが入ってるか、興味津々だ。

岡島さんと藍原さん、どっちが用意したものなんだろうか?

そわそわしつつ店長さんを注目していたら、袋を抱えて苺の横を通り過ぎてしまう。

「えっ、店長さん、どこに?」

戸惑って呼びかけたら、店長さんは立ち止まり、苺に振り返ってきた。

顔をまともに見てしまい、ちょっと引く。

その目で見つめられると、こっぱずかしい。

「どうしたんです? なぜ顔を隠しているんです?」

「え、えっと……」

思わず両手で顔を覆ってしまっていた苺は、人差し指と中指の間に隙間を作り、店長さんと視線を合わせた。

「直視したくないほど、ひどいですか?」

店長さんは自分の顔を指さして苦笑する。

その思い違いに苺は慌てた。

「ひどくはないですよ」

「それならどうして、そんな風に顔を隠して、指の隙間から私を見ているんです?」

「こ、これはその……つい反射的に……。あの、店長さん、お化粧した顔、鏡を見て確かめないんですか?」

店長さんは肩を竦めて、首を横に振る。

「見たら気分が悪くなるに決まっていますからね。わざわざ見るつもりはありませんよ」

「そ、そうですか?」

「ええ」

店長さんは口角を上げ、笑みを浮かべた。

「うほっ」

思わずおかしな叫びが飛び出てしまう。

すると店長さんは、苺の反応をどう受け取ったのか、くっくっとおかしそうに笑い出した。

「な、なんで笑ってるんですか?」

「いえ……いまの私は、よほどひどい顔なんだろうと思いましてね。怜との約束を果したら、すぐに落としますから、苺、もう少し我慢してください」

「我慢とか、そんなことないですよ。店長さん、綺麗ですって」

そりゃあもう、充分すぎて、どっさりお釣りがくるほどに。

「やれやれ、そんな風に貴女に気を遣わせては、申し訳ないな。ともかく、さっさと支度をして帰るとしましょう」

店長さんは荷物を抱え、浴室に入ってしまった。

苺の態度のせいで、勘違いさせちゃってるけど……

店長さん、自分の顔を見た方がいいのか、見ないほうがいいのか……

う、うーん……これは決めかねるな。

あれっ、そういえば、苺の変身はどうなったんだ?

全然、指示してくれないし……

苺は浴室のドアに駆け寄った。

トントンと軽くノックすると、「なんです」と返事があった。

「苺の変身ですけど」

「ああ、ちょっと待っていなさい。すぐに支度を終え……ああ」

話の最後の方、なにやら安堵の交じった声が聞こえた。

「店長さん?」

気になって問いかけたら、「怜でしたよ」と明るい声が返ってきた。

怜でした?

どういう意味だろうと思ったところで、ハタと気づいた。

「ああ、わかった。おかしなウイッグじゃなかったんですね?」

「ええ。まとも、でしたよ」

店長さんは、笑いながら答える。

まあ、まともであっても、女装は女装。

「よかったですね」

ドア越しに話しかけると、「ええ」と返事があり、苺はくすくす笑いながらソファに戻った。

座っておとなしく待っていると、五分ばかりで浴室のドアが開いた。

ドアの開く音に気づいて、パッと立ち上がる。そして、変装を終えた店長さんを待ち受ける。

えっ!

ストレートのボブのウイッグに、女物の淡いピンクのパンツスーツ。

「まさかスーツがピンクとはね。怜もやりますね」

さらりと口にし、店長さんはスタスタと歩み寄ってくる。

いやいや、ちょっと待ってほしい。

ここで普通にしていてほしくないんですけど。

店長さんってば、スーパーモデルのようじゃないか。

エロっぽかった顔は、ストレートのボブのウイッグのおかげで、いまは上品っぽく見える。

さらに、スーツの方も、くすんだピンクだからか、上品さを醸し出してて。

苺的には、あのエロっぽい顔には、ロングのカールした金髪ウイッグとかで、さらに妖艶さを増すアイテムが似合うと思ったのだが。

できれば服のほうは、キラキラなラメのついた紫色の妖艶ドレスとかで……

うーむ。藍原さんであれば、そこらあたり狙ったかもと思うと、ちょっとばかし残念になる。

もちろん、口には出さないけど。

「では、苺、貴女はこれを」

店長さんとは思えない、スーパーモデル店長さんに見惚れていた苺は、ひょいと紙袋を差し出され、思わず受け取った。

苺は眉を寄せた。

これって、森川ってひとが持ってきたやつだ。

「あの。これって、なん……」

なんなんですかの問いを最後まで口にする前に、苺は気づいた。

「わかりました。これ、苺の分の変身グッズですね?」

「そうですよ。さあ、貴女も変身してください」

そう口にする店長さんは、ずいぶんと意味深に苺を見る。

その眼差し、これはとんでもなく凄い変身グッズが入っているということじゃないのか?

苺はワクワクしながら、大きな紙袋に入っている中身に手をかけた。

いったい苺は、どんなへんてこな姿に変身するんだろう?

それにしても、このでっかい硬いものはなんなんだろうな?

一番上に入れてあるものを両手で抱え、苺は取り出した。

大きさの割には重くない。

「これってなんなんですか?」

ぷちぷちにしっかりと包まれているものをテーブルに置きながら尋ねる。だが、店長さんはもう一個の紙袋の中身を取り出しているところだった。

「なんか、いっぱいあるんですね?」

「いいから苺、貴女は自分の分を早く開けなさい」

店長さんは苺に命じつつも、袋から取り出したものからぷちぷちを剥がし始める。

よくわかんないけど……とにかく、こいつを開けてみればすべてわかるってことなんだろう。

苺は店長さんに負けじと、プチプチを剥がしていく。

「わおっ」

こ、これは!

「やーん、かわいいっ」

苺は取り出したものをぎゅっと抱きしめた。

くるるんと大きな目をしたネコの頭だ。それもブチネコ。

「気に入りましたか?」

「はいっ。すっごい可愛いです。苺、ブチネコさんになるんですね」

まさか、着ぐるみを着ることになっていたとはね。

ビックリだよ。

「ええ。私はこれですよ」

えっ?

苺は首を回し、店長さんを見る。

「ええっ?」

な、なんと、店長さんの頭が可愛いネズミになっている。

「店長さんも、被るんですか?」

「ええ」

「で、でも、わざわざ化粧したのに……ああっ」

そうか。店長さん、女装姿を誰にも見られないように、着ぐるみを用意したのか。

なんという、策士!

「けど、岡島さんとの約束、やぶっちゃっていいんですか?」

「ちゃんと女装していますよ」

ああ、そういうことか。

店長さんは始めからそのつもりだったんだ。

だから、女装姿を見るのは岡島さんだけだと言ったんだ。

「岡島さん、話が違うって怒るんじゃないですか?」

「約束は、女装をするということだけです。その上から着ぐるみを着ないという約束はしていませんよ」

したり顔で言う。

まったく店長さんってば。

苺はケラケラ笑いながら、ブチネコの着ぐるみで全身を覆い、あっという間に変身を完了させたのだった。





   
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