苺パニック


注:こちらのお話は、書籍になるにあたって削除されたものです。
  サイト掲載時のものを、改稿してあります。

  書籍になるにあたって、大きく改稿したために、書籍の内容とは異なっています。
  そのことを踏まえた上で、お楽しみいただけたら幸いです。


  
(こちらのお話は、書籍ではP87スペースの辺りになりますが、ストーリーが違いますので、ご参考までに)


                        
その14 残念無念



スタッフルームに入ったら、その途端、店長さんは頭からウイッグを取り去った。

そして、それをテーブルの上に置きながら、「鈴木さん」と呼びかけてきた。

指示された通り、更衣室に向かおうとしていた苺は、足を止めて店長さんに向く。

「はい」

「鈴木さん。それを脱ぐより先に、私のこの化粧を落としなさい」

「もう落としちゃうですか?」

「当然でしょう。こんな姿、もう一秒たりとしていたくない!」

嫌悪を滲ませて店長さんは吠える。

「ええーっ、でも……」

もったいない。

「いいから、さっさと落としなさい!」

そう吠えなくても。と心の中で思いつつ、店長さんに急かされて苺専用の更衣室に入る。

苺はドレッサーに歩み寄り、クレンジングを手に取った。

ソファに腰かけた店長さんに歩み寄りながら、苺はいいことを思いついた。

「ねぇねぇ、店長さん。せっかくだし、落としちゃう前に、記念写真を撮りましょうよ」

苺の提案を聞いた店長さんは、苺を冷たく見つめてきた。

ぞぞっと、背筋に震えが走る。

「早く落とせ、と言っている」

こっ、この口調は……お怒りが、マックス……

ま、まずいっ!

ありえないほど怒らせちゃったらしいよ。

「は、はい。いますぐ」

ビビって返事をした苺は、店長さんと目を合わせずに、近づいた。

クレンジングの蓋を外しつつも、どうにも記念写真を諦めきれない。

「て、店長さん、ちょっと質問してもいいですか?」

「なんです?」

噛みつくように言われ、苺はくじけそうになりつつも、踏ん張る。

怒りをあらわにしながらも、ちゃんと質問を受けつけてくれてるし……聞くだけ聞いてみなきゃ、噛みつかれ損だ。

「また、お化粧したりする機会って……」

「鈴木さん。無駄口を利かず、遊んでいるその手を動かしてはどうです?」

「だ、だって……こんな機会がもうないなら、なおさら記念写真を……」

バン! と、店長さんが物凄い力でテーブルを叩いた。

苺は衝撃を食らったかのように飛び上がった。

「命が惜しくないようですね?」

「そんな怒んないでくださいよ。苺はただ、記念に残しておきたいなって……」

「そんなに笑いものにしたいんですか?」

笑いもの?

「笑ったりしませんよ。ただ、もったいなくて……」

「もったいない?」

「はいです。だって、もう二度と見られないみたいだし……」

「いいですか? 本来、男は化粧などしないのですよ」

店長さんの言葉で、苺の脳裏には女装姿の兄健太がポンと浮かんだ。

くねくねと身体を捻り、どぎつい化粧をした健太が真っ赤な唇を突き出し、むふっと笑う。

げげっ! き、きしょく悪っ!

「た、確かにそうですね。お兄ちゃんの女装なんて見ちゃったりしたら、苺、熱が出て、三日三晩うなされそうです」

いまの妄想だけでも、充分熱が出そうだった。

苺は、気持ちの悪い妄想を必死に頭から追い払った。

けど、剛なら、店長さんや岡島さんくらい綺麗かも。

「熱? そこまで言いますか? それでは、今夜は熱を出すんじゃないでしょうね」

苺は笑いながら手を振った。

「お兄ちゃんは、ぜったい女装なんてしないから、苺も熱を出すことなんてありませんよ」

「いま、私を見ているじゃありませんか?」

「店長さんで熱が出たりはしませんよぉ」

「……それは、他人だからですか?」

むっとしたように店長さんが言い、苺は首を傾げた。

どうしてか店長さん、先ほどまでとは違う種類の不機嫌になったようだ。

「他人とか関係ないですよ。ああ……でも、兄だからってのはあるのかもですね。けど、兄の女装は他人でもだれでも受け入れられないと思いますよ。ほら、藍原さんには悪いですけど、たぶん藍原さんの女装は、苺熱が出ちゃうかもしんないです」

話の流れで思うまま口にしてしまった苺は、藍原さんに対して失礼なことを言ってしまった気がして、気まずくなった。

「あ、あの。店長さん、いまの言葉、藍原さんには言わないでくださいね」

「くくくっ」

急に店長さんが笑い出した。

「要ですか……確かに、彼では女装は無理そうだ」

「似合う人と、似合わない人がいるんですよ」

苺は、笑い出した店長さんにほっとしつつ、言葉を添えた。

少し機嫌が良くなったらしい。

「さあ、苺、話はもういいから、早く落としてくれませんか」

「で、でしたね」

けどなぁ……

「あ、あの。苺、なんでも店長さんの言うこと聞くですから、写メ一枚だけでも……」

「しつこいですね。写真など残したくないに決まっているでしょう。どこで誰に見られるかわかったものではない」

「苺、誰にも見せませんよ。約束しますから」

「どうして、私の女装写真など欲しがるんです」

「だから、もったいなくて……」

「もういい!」

店長さんは、苺が掴んでいるクレンジングを奪い取った。

「ああっ」

「これを? どうすればいいんです?」

「ぬ、塗るんです……」

渋々答えると、店長さんはすぐにクレンジングを顔に塗る。

ぐちゃぐちゃと顔全体に塗りたくり、妖艶な店長さんはあっけなく消えてしまった。

あーあ、記念写真……

「それで?」

店長さんが催促してくる。

残念無念な気持ちを抱え、苺はコットンで拭き取ってあげたのだった。





   
inserted by FC2 system