苺パニック


注:こちらのお話は、書籍になるにあたって削除されたものです。
  サイト掲載時のものを、改稿してあります。

  書籍になるにあたって、大きく改稿したために、書籍の内容とは異なっています。
  そのことを踏まえた上で、お楽しみいただけたら幸いです。


  
(こちらのお話は、書籍ではP87スペースの辺りになりますが、ストーリーが違いますので、ご参考までに)


                        
その19 飽きるまでお付き合い



ラーメン屋についたとき、時刻は一時近かった。

そして駐車場は満杯。

平日の月曜日だけど、この時間はちょうど仕事の合間にお昼を食べるひとで一杯なのだ。

「困りましたね」

店長さんは失望したように言う。

「大丈夫ですよ。もう一時だしピークはすぐに過ぎますって。ちょっと待ってれば、食べ終わったお客さんが出てきて、駐車場も空きますよ」

苺の言葉に納得し、店長さんは車を邪魔にならないところに停めて待つ。

「あのお、店長さん?」

「なんです?」

周囲を見回しながら店長さんは聞き返す。

「今日、予定がいっぱいって、ラーメン屋のほかに、どんな予定があるですか?」

「聞きたいんですか?」

店長さんは気のない問いを向けてくる。上の空って感じだ。

「そ、そりゃ、聞きたいですよ。どこに行くか知らないでいるより……」

「うん? あそこが空きそうだ」

店長さんが嬉しそうに口にする。

店長さんの視線の先に目をやると、確かに仕事着姿のおじさんが、軽トラックに乗り込もうとしている。

あれっ? あれって……?

軽トラはすぐに動き、駐車場の入口辺りにいる苺たちのほうに進んでくる。

「偶然だぁ」

苺は、軽トラの運転手さんに向けて、笑顔で手を振った。

「苺?」

「おじさんですよ。あれ、伊藤のおじさんです」

「伊藤? あ、ああ、本当ですね」

伊藤のおじさんのほうも、苺と店長さんに気づき、驚きの顔をしたあと、楽しそうに笑った。

「こりゃあ、偶然だなぁ」

車を真横に停め、伊藤のおじさんは窓を開けて、愉快そうに声を張り上げる。

「はい。本当に」

店長さんも窓を開け、伊藤のおじさんに返事をする。

「しかし、あんたみたいなおひとが、こんな店にくるとは、驚いちまったよ」

「店長さんは、この店のじょうれ……」

「い、苺っ!」

ひどく慌てた様子で、店長さんは苺の言葉を止める。

苺を睨んだ店長さんは、伊藤のおじさんに顔を戻した。

常連話で、店長さんをからかいたかったのに……

まあ、この店長さんをからかうのには、それ相当の覚悟が必要だけど。

「ここのチャーラー、気に入っているのですよ。とても美味しいですからね」

「あ……ああ、チャーラーかい。へえっ、藤原さんでも、チャーラーなんて頼むんだねぇ」

伊藤のおじさんは、感心したように言う。

「ところで、伊藤さん」

「うん、なんだね?」

「トラマメのことですが」

「うん、トラマメ?」

伊藤のおじさんがきょとんとして答える。

店長さんが急にトラマメのことを持ちだし、苺も戸惑った。

「トラマメがどうしたね?」

「元気でしょうか?」

「元気……まあ、元気というか……普通にしとるが……?」

店長さんを窺いつつ、伊藤のおじさんは口にする。

なんで、その話を持ち出してきたかの、おじさんも真意がわからず戸惑っているのだろう。

「会いに行ってもよろしいですか?」

苺は眉をひそめた。

会いに行く?

「トラマメにかい?」

「はい」

「店長さん、なんでトラマメに会いたいんですか?」

「会いたいからですよ」

「おおっと、いかん。後ろから車が来とる」

伊藤のおじさんはそう言うと、慌てて車を動かしはじめ、もう一度顔を向けてきた。

「それじゃあな、ふたりとも。いつでもいいから、来たけりゃ来るといい」

「今日、これからでも?」

早口に言った伊藤のおじさんに、店長さんも早口で問う。

こ、これから?


「ああ、それはかまわんが……」

「それでは、昼食を終えてから……」

会話の途中で互いの車は離れ、伊藤のおじさんの軽トラは、ゆっくりと走り去っていった。

苺は伊藤のおじさんに向けてバイバイと手を振った。

おじさんを見送り、店長さんに顔を戻す。

「店長さん、ほんとに行くですか?」

「ええ、行きますよ。伊藤さんの了解もいただけましたし」

「でも、今日は予定がいっぱいだって、言ってたじゃないですか?」

「どうしても今日でなければならない予定ではありません」

その言葉にむっときた。

あんなに予定が予定がと口にして、苺のことを、責め立てのに……

「何をしているんです、苺。早く降りなさい。置いてゆきますよ」

苺がむっとしているうちに、車は駐車場に停められた。

車を降りた店長さんは、苺をせっついてくる。

嫌味のひとつも言ってやりたいけど……まあ、ここは我慢してやるか。

店長さんがあれほど楽しみにしていたラーメン屋にやってきたのだ。

ここは苺が大人になろう。

身勝手な店長さんを許してやることにし、苺は店長さんとラーメン屋に入った。

店内はまだまだ満員。入り口にもふたりほど客が待っていたが、すでに客が引いてゆくタイミングで、すぐにテーブルに座れた。

賑やかな店内、少し待たされたあと店員が注文を取りにきた。

「いらっしゃいませ。ご注文は?」

忙しいもんだから、せかせかと聞いてくる。

注文は常連さんになりたい店長さんがしたいに違いないと、気を利かせて黙っていたのだが、店長さんは黙りこくっている。

「店長さん? 注文しないですか?」

「え? ああ、ええ。……それじゃ、チャーラーで」

どうしたのか、店長さんの声には、まったく張りがなく、苺は首を傾げた。

「はい、チャーラー」

店員が繰り返し、苺のほうに向いてきた。

「わたしもチャーラーで」

と注文する。

「チャーラーふたつう」

大きな声で注文を復唱し、店員は店の奥に戻りながら、「チャーラー二つは入りましたぁ」と大声を張り上げた。

苺はおしぼりで手を拭きながら店長さんを窺った。

店長さんはつまらなそうな顔で、コップを握りしめている。

「店長さん?」

「はい?」

「あの、どうしたんですか?」

「どうもしていませんよ」

握り締めたコップを右に左に軽く振りながら答える。

やっぱり、つまらなそうだ。

「でも……なんか元気ないみたいに見えますけど?」

「いえ。……多いですね」

店長さんは、周囲を見回しながら呟く。

ため息すら聞こえてきそうだ。

「この時間は、そりゃあ多いですよ」

「カウンターが良かったのに……」

「店長さん、カウンターに座りたかったんですか?」

「あなたはそうじゃないんですか?」

「苺? 苺はどこだっていいですけど」

「そうなんですか?」

驚いたように聞かれ、戸惑いながら頷く。

「今日は……常連として認識していただけそうもありませんね」

店長さんは寂しそうに言う。

ああ、そうか。そうだよ。

店長さんは、店員さんに常連さんとして扱ってほしかったんだ。

なのに店はお客でいっぱいで、そんな雰囲気じゃなくて……がっかりしたんだなぁ。

しょんぼりしている店長さんの様子に、苺の胸が切なく疼く。

て、店長さん、い、いじらしい。いじらしすぎるじゃないか!

「これからですよ。常連さんへの道はこれからです」

そう元気づけると、店長さんは苺に顔を向け、顔をしかめた。が、すぐにふっと笑みを浮かべてくれた。

「そうでしたね。そうだ。もっと回数を増やしましょう」

「えっ? 増やすって、あの、どのくらい?」

「そうですね。すでに常連の方に負けない回数……一週間に三回くらいではどうでしょうか?夜もやっているんですよね?」

「よ、夜も?」

「ええ。そうだそうしましょう」

店長さんはすっかり元気になった。

別に、夕食にラーメンを食べることに反対じゃないし……

苺は、先ほどのいじらしい店長さんの姿を頭に思い浮かべた。

まあ、飽きるまで付き合ってやるとしょうかな。

苺は、ウキウキとおしぼりで手を拭いている店長さんを見て、笑いを堪えたのだった。





   
inserted by FC2 system