苺パニック


注:こちらのお話は、書籍になるにあたって削除されたものです。
  サイト掲載時のものを、改稿してあります。

  書籍になるにあたって、大きく改稿したために、書籍の内容とは異なっています。
  そのことを踏まえた上で、お楽しみいただけたら幸いです。

  
(こちらのお話は、書籍「苺パニック6」、P104の20『愉快なナビ』の前のお話になります。書籍とは流れが違います)


第7話 何気に阻止



病院に到着した。

すでに七時前で、駐車場は電灯があるところ以外、真っ暗だ。

空は曇っているようで、星もまったく見えない。

店長さんが車を降り、苺も降りた。車を回ってふたりは歩み寄った。

肩を並べて病院の入り口に向かう。

そういえば……

わたし、店長さんと藍原さんが同窓会の会場まで迎えに来てくれて……

そのあと着替えを取りにワンルームに寄ってから、ここにやってきたわけだけど……

眠っちゃってて、そのときの記憶ってないんだよね。

目が覚めて目を開けたら、なんとそこにマスクマンがふたりいて……

すぐに、店長さんと藍原さんだと気づいたけどさぁ。

あんときは、ほんとびっくりさせられたよ。

しかも、エレベーターの中だったし。

ふたりともわけありっぽい感じで、もう謎の匂いがプンプンしちゃってさ。

あのときは、ドキドキしたなぁ。

おまけに、ゆっくり歩けだの、気配を消せだの真剣に命令されて……

まるで、極秘潜入捜査官みたいな気分に浸れた。

ようやくそこが病院だとわかって、病室のベッドに寝ているひとは、いったい誰なんだろうと思っていたら、まさかの岡島さん。

ほんと、いまさらだけど、店長さんときたら、とんでもないよね。

入院患者のくせして病院を抜け出して、部下に身代わりをやらせるなんてさ。

でも、苺のことを迎えにきてくれたんだもんね。

まあ、考えたら、別に店長さんが病院を抜け出す必要なんてなかったわけだけど……

藍原さんに迎えに来てもらって、病院まで連れてってもらえばすんだのだ。

それなら、あんな風にこそこそ潜り込むようなこともせずに……

ああ、それじゃあ、ドキドキ体験できなかったか……

つまり、あのときの店長さんは、ドキドキ体験が目的だったのか?

「苺、売店はどちらです?」

「こっちですよ」

店長さんを促がし、ふたりして売店に歩いて行きながら、苺は店長さんに話しかけた。

「ねえ、店長さん?」

「なんですか?」

「病院を抜け出したとき、どんな風だったんですか? ドキドキしたんじゃないですか?」

「ああ。……あのときは、ハンカチで口を押さえて、ひどく具合が悪そうな演技をして、病院から出ましたね」

「へーっ! 藍原さんもですか?」

「いいえ」

否定した店長さんは、含み笑いを見せる。

「店長さん?」

「藍原が貴女を迎えに行くために病室を出たとき、私はシャワーを浴びると嘘をついて、浴室で着替えを終えていたんですよ」

そう説明した店長さんは、眉をひそめた苺を見てしたり顔をし、話を続ける。

「脱いだ患者用の寝間着を岡島に渡し、これを着て私の身代わりをしておくように命じて、病室を出たんです。なんとか、車に向かっている藍原に追いつけました」

えーっ! 店長さんときたら。

「藍原さん、怒らなかったんですか?」

「すでに病院から出ていましたからね。駐車場で言い合いを続けても意味はないと判断したようです。もちろん、いい顔はしませんでしたが……」

「それはそうですよ。ドキドキ体験したかったにしても、あのときの店長さんは病人だったんですから、ベッドで安静にしとくべきでしたよ」

気難しい顔で言うと、店長さんは「ドキドキ体験?」と呟き、不本意そうに苺を見る。

「そんな体験をしたくて、病院を抜け出したわけではありませんよ。私は、ただ……」

「ただ?」

話の先を促がしたが、店長さんはそのまま口を閉じてしまった。

「店長さん?」

「……貴女から話を聞いたときから、同窓会を行う喫茶店を見たかったのですよ」

苺は顔をしかめた。

「そんなに見たかったのなら、退院したあとに、いくらでも見に行けたですよ」

「あのとき、どうしても見たかったんですよ」

まったく、我が侭店長さんだよ。

「それで、どうだったんですか?」

「はい? どうだったとは?」

「だから、そんなにまでして見たかった喫茶店のことですよ。で、どうだったんですか? 見ての感想は?」

「あ、ああ。……」

相槌を打ったものの、店長さんは黙ってしまう。

「店長さん?」

「いまはそんなことより、売店ですよ。こっちの方向でいいんですか?」

店長さんに言われ、進行方向に視線を向ける。

「はい。そこを曲がったらあるですよ」

苺は店長さんの手を取り、手を繋いで角を曲がった。

「ほら、あそ……あ、ありゃっ?」

なんと、格子の扉が下りている。

「おや、もう閉店のようですね」

「ええーっ! まだ七時なのに」

「七時までのようですよ。ここに営業時間が書いてあります」

「ほんとだ」

なんだ、がっかりだよ。

「おばちゃんに会えると思って、楽しみにしてたのに」

苺が、がっくりと肩を落としたそのとき、「ああ、お客さん」と声がかけられた。

「ここはもうお終いなんですよ。でも、中央にある大きな売店に行ってもらえば、十時まで……」

「おばちゃん!」

苺は大喜びで、声をかけてくれたおばちゃんに飛びついた。

おばちゃんは驚いたものの、苺の顔を見て、「あらま」と言う。

「会えて嬉しいよぉ。苺、おばちゃんに会いに来たの」

「まあまあ、嬉しいじゃないの? それで、あんたが心配してたひとは……もしかして、このひとかい?」

おばちゃんは、スーツ姿の店長さんを指し、苺に聞いてくる。

苺は笑顔で頷いた。

「うん。このひとが店長さんです。昨日、退院できたの」

「そうかい、そうかい。よかったねぇ。……それにしても……」

おばちゃんは、店長さんをほれぼれと見る。

「ずいぶんといい男じゃないかい」

おばちゃんときたら、豪快に称賛する。

けど、おばちゃんらしいや。

苺が笑っていると、店長さんは苦笑しつつ前に出てきた。

「どうも。苺がお世話になったようで、ありがとうございました。……貴女にいただいた飴も、ふたりでいただきましたよ」

「おやおや、仲がいいんだねぇ」

おばちゃんは驚きを見せつつも、嬉しそうにふたりに聞いてくる。

「ええ。私たちはとても仲がいいのですよ」

店長さんは、ご機嫌で冗談めかして答える。

すると、なぜかおばちゃんは、ほっとしたような顔になった。

「似合いとは言い難いから、無理じゃないかと思ったんだけど……」

なにやらおばちゃんは、ブツブツ口にしていたが、最後に「よかったわ」と、にっこり笑った。

「おばちゃん、よかったって?」

「なんでもないよ。それにしても、嬉しいじゃないの。わざわざ会いに来てくれるなんて」

「おばちゃんに、店長さんは元気になったよって報告したくてさ」

「うんうん。あんたはいいのをめっけたわ」

いいのをめっけた?

それって、店長さんのことを言ってるのか?

つまり、苺と店長さんの仲を、おばちゃんに誤解させちゃった?

「あの、苺とてん……」

苺と店長さんは、ただの上司と部下だよと、誤解を正そうとしたら、店長さんに肩を抱くようにされて、苺は口を閉じた。

「店長さん?」

「それにしても、あの飴の味は、意外でとても驚いたのですよ。ねぇ、苺」

飴の話題になり、苺は頷いた。

そのあと、飴の話で盛り上がる。

売店のおばちゃんは商売柄か、色んな飴の種類を知っていて、とっても面白かった。

満足するだけおしゃべりしたあと、苺たちはおばちゃんと再会を約束してお別れした。

苺は店長さんと手を繋ぎ、胸を弾ませながら車に戻ったのだった。





   
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