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第7話 何気に阻止
病院に到着した。
すでに七時前で、駐車場は電灯があるところ以外、真っ暗だ。
空は曇っているようで、星もまったく見えない。
店長さんが車を降り、苺も降りた。車を回ってふたりは歩み寄った。
肩を並べて病院の入り口に向かう。
そういえば……
わたし、店長さんと藍原さんが同窓会の会場まで迎えに来てくれて……
そのあと着替えを取りにワンルームに寄ってから、ここにやってきたわけだけど……
眠っちゃってて、そのときの記憶ってないんだよね。
目が覚めて目を開けたら、なんとそこにマスクマンがふたりいて……
すぐに、店長さんと藍原さんだと気づいたけどさぁ。
あんときは、ほんとびっくりさせられたよ。
しかも、エレベーターの中だったし。
ふたりともわけありっぽい感じで、もう謎の匂いがプンプンしちゃってさ。
あのときは、ドキドキしたなぁ。
おまけに、ゆっくり歩けだの、気配を消せだの真剣に命令されて……
まるで、極秘潜入捜査官みたいな気分に浸れた。
ようやくそこが病院だとわかって、病室のベッドに寝ているひとは、いったい誰なんだろうと思っていたら、まさかの岡島さん。
ほんと、いまさらだけど、店長さんときたら、とんでもないよね。
入院患者のくせして病院を抜け出して、部下に身代わりをやらせるなんてさ。
でも、苺のことを迎えにきてくれたんだもんね。
まあ、考えたら、別に店長さんが病院を抜け出す必要なんてなかったわけだけど……
藍原さんに迎えに来てもらって、病院まで連れてってもらえばすんだのだ。
それなら、あんな風にこそこそ潜り込むようなこともせずに……
ああ、それじゃあ、ドキドキ体験できなかったか……
つまり、あのときの店長さんは、ドキドキ体験が目的だったのか?
「苺、売店はどちらです?」
「こっちですよ」
店長さんを促がし、ふたりして売店に歩いて行きながら、苺は店長さんに話しかけた。
「ねえ、店長さん?」
「なんですか?」
「病院を抜け出したとき、どんな風だったんですか? ドキドキしたんじゃないですか?」
「ああ。……あのときは、ハンカチで口を押さえて、ひどく具合が悪そうな演技をして、病院から出ましたね」
「へーっ! 藍原さんもですか?」
「いいえ」
否定した店長さんは、含み笑いを見せる。
「店長さん?」
「藍原が貴女を迎えに行くために病室を出たとき、私はシャワーを浴びると嘘をついて、浴室で着替えを終えていたんですよ」
そう説明した店長さんは、眉をひそめた苺を見てしたり顔をし、話を続ける。
「脱いだ患者用の寝間着を岡島に渡し、これを着て私の身代わりをしておくように命じて、病室を出たんです。なんとか、車に向かっている藍原に追いつけました」
えーっ! 店長さんときたら。
「藍原さん、怒らなかったんですか?」
「すでに病院から出ていましたからね。駐車場で言い合いを続けても意味はないと判断したようです。もちろん、いい顔はしませんでしたが……」
「それはそうですよ。ドキドキ体験したかったにしても、あのときの店長さんは病人だったんですから、ベッドで安静にしとくべきでしたよ」
気難しい顔で言うと、店長さんは「ドキドキ体験?」と呟き、不本意そうに苺を見る。
「そんな体験をしたくて、病院を抜け出したわけではありませんよ。私は、ただ……」
「ただ?」
話の先を促がしたが、店長さんはそのまま口を閉じてしまった。
「店長さん?」
「……貴女から話を聞いたときから、同窓会を行う喫茶店を見たかったのですよ」
苺は顔をしかめた。
「そんなに見たかったのなら、退院したあとに、いくらでも見に行けたですよ」
「あのとき、どうしても見たかったんですよ」
まったく、我が侭店長さんだよ。
「それで、どうだったんですか?」
「はい? どうだったとは?」
「だから、そんなにまでして見たかった喫茶店のことですよ。で、どうだったんですか? 見ての感想は?」
「あ、ああ。……」
相槌を打ったものの、店長さんは黙ってしまう。
「店長さん?」
「いまはそんなことより、売店ですよ。こっちの方向でいいんですか?」
店長さんに言われ、進行方向に視線を向ける。
「はい。そこを曲がったらあるですよ」
苺は店長さんの手を取り、手を繋いで角を曲がった。
「ほら、あそ……あ、ありゃっ?」
なんと、格子の扉が下りている。
「おや、もう閉店のようですね」
「ええーっ! まだ七時なのに」
「七時までのようですよ。ここに営業時間が書いてあります」
「ほんとだ」
なんだ、がっかりだよ。
「おばちゃんに会えると思って、楽しみにしてたのに」
苺が、がっくりと肩を落としたそのとき、「ああ、お客さん」と声がかけられた。
「ここはもうお終いなんですよ。でも、中央にある大きな売店に行ってもらえば、十時まで……」
「おばちゃん!」
苺は大喜びで、声をかけてくれたおばちゃんに飛びついた。
おばちゃんは驚いたものの、苺の顔を見て、「あらま」と言う。
「会えて嬉しいよぉ。苺、おばちゃんに会いに来たの」
「まあまあ、嬉しいじゃないの? それで、あんたが心配してたひとは……もしかして、このひとかい?」
おばちゃんは、スーツ姿の店長さんを指し、苺に聞いてくる。
苺は笑顔で頷いた。
「うん。このひとが店長さんです。昨日、退院できたの」
「そうかい、そうかい。よかったねぇ。……それにしても……」
おばちゃんは、店長さんをほれぼれと見る。
「ずいぶんといい男じゃないかい」
おばちゃんときたら、豪快に称賛する。
けど、おばちゃんらしいや。
苺が笑っていると、店長さんは苦笑しつつ前に出てきた。
「どうも。苺がお世話になったようで、ありがとうございました。……貴女にいただいた飴も、ふたりでいただきましたよ」
「おやおや、仲がいいんだねぇ」
おばちゃんは驚きを見せつつも、嬉しそうにふたりに聞いてくる。
「ええ。私たちはとても仲がいいのですよ」
店長さんは、ご機嫌で冗談めかして答える。
すると、なぜかおばちゃんは、ほっとしたような顔になった。
「似合いとは言い難いから、無理じゃないかと思ったんだけど……」
なにやらおばちゃんは、ブツブツ口にしていたが、最後に「よかったわ」と、にっこり笑った。
「おばちゃん、よかったって?」
「なんでもないよ。それにしても、嬉しいじゃないの。わざわざ会いに来てくれるなんて」
「おばちゃんに、店長さんは元気になったよって報告したくてさ」
「うんうん。あんたはいいのをめっけたわ」
いいのをめっけた?
それって、店長さんのことを言ってるのか?
つまり、苺と店長さんの仲を、おばちゃんに誤解させちゃった?
「あの、苺とてん……」
苺と店長さんは、ただの上司と部下だよと、誤解を正そうとしたら、店長さんに肩を抱くようにされて、苺は口を閉じた。
「店長さん?」
「それにしても、あの飴の味は、意外でとても驚いたのですよ。ねぇ、苺」
飴の話題になり、苺は頷いた。
そのあと、飴の話で盛り上がる。
売店のおばちゃんは商売柄か、色んな飴の種類を知っていて、とっても面白かった。
満足するだけおしゃべりしたあと、苺たちはおばちゃんと再会を約束してお別れした。
苺は店長さんと手を繋ぎ、胸を弾ませながら車に戻ったのだった。
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