苺パニック


注:こちらのお話は、書籍になるにあたって削除されたものです。
  サイト掲載時のものを、改稿してあります。

  書籍になるにあたって、大きく改稿したために、書籍の内容とは異なっています。
  そのことを踏まえた上で、お楽しみいただけたら幸いです。

  
(こちらのお話は、書籍「苺パニック6」では、P104の20『愉快なナビ』の前のお話になります。書籍とは流れが違います)


その8 突然のお誘い



「そうだ。苺、家に帰るのが遅くなってしまいましたし、ご実家に一度連絡を入れたほうがいいのではありませんか?」

病院の駐車場、車に乗り込んだところで店長さんが勧めてきた。

「そうですね。電話しとくですよ」

苺はバッグから携帯を取り出し、実家に電話した。

お母さんじゃないといいんだけどなぁ。

何かというと、小言じみたことを言うから、面倒なんだよね。

「はい。鈴木でございます」

おっ、真美さんだ。ラッキー♪

「真美さん、苺だよ」

「ああ、苺さん」

「いまね、ちょっと仕事帰りに寄り道してて。でも、これからすぐに帰るからさ」

「そうですか。待ってますね」

「あっ、ねぇ真美さん。今夜のおかずは、なあに?」

「今夜はおでんですよ」

「おおっ、おでん。いいじゃん」

一瞬にして、口がおでんを待ち望む。

あー、早く食べたーい。

なんだか、急激にお腹空いてきちゃったよ。

「それじゃ、早いところ帰るからねぇ」

電話を終え、携帯をバッグに戻す。

あっ、おでんなら、店長さんを誘ってもよかったかなぁ?

いつも、大きなお鍋で余るくらいどーんと作ってるし……

そう考えつつ、店長さんに顔を向ける。

「店長さんは、お屋敷に戻ってご飯を食べてくるんですよね?」

お屋敷の、ボスシェフさんの作るご飯は、とんでもなく豪華だからなぁ。

おでんで誘うってのも……

「ええ」

返事をした店長さんが、苺をちらりと見てくる。

何か言いたそうだ。

「なんですか?」

「いえ……鈴木家の夕食は、おでんなのですか?」

「そうみたいです」

この反応?

もしや、店長さんもおでんが食べたいとか?

「おでん、食べに来ます?」

「いえ。そういうつもりで言ったのではありませんよ」

「そうですよね」

お屋敷で、豪華な夕食が待ってるんだもんな。

「……おでんがどんなものかは、もちろん知っていますが……これまで食べたことがなかったので……興味が……」

「はい?」

店長さんの言葉にめんくらい、苺は運転している店長さんの横顔をまじまじと見てしまう。

「そんなに驚くこと……」

「驚くことですよ! ひゃぁーっ、店長さんって凄いですね」

「凄い? その表現はおかしいでしょう?」

「だって……苺の周りで、おでんを食べたことのない人なんて、ひとりもいませんよ」

「……そう言う言い方をされると、気分がよくありませんね」

どうやら不機嫌になったらしい。

「だって、おでんなんてポピュラーな料理。食べたいと思えば、いくらでも食べられるじゃないですか。ボスシェフさんだって、食べたいってリクエストすれば、すぐに出してくれますよ」

「味気ないですよ」

「味気ない?」

「私は屋敷では、基本ひとりで食べていますからね」

その言葉に、苺は、今更納得した。

そうなんだ。店長さん、あのお屋敷でいつもひとりでご飯食べてるのか?

もちろん、善ちゃんやボスシェフさんや、たくさんスタッフさんがいるんだけど……

みんなは、店長さんと一緒には食べないんだな。

「善ちゃんと食べたらいいじゃないですか? 藍原さんとか岡島さんとかも」

「彼らは……いえ、この話題はもうやめましょう」

「えっ、どうしてですか?」

「今度、大平松におでんを作ってもらいましょう。それで、貴女が一緒に食べてくれればいい」

「ああ、はい。苺は構わないですよ。だいたいボスシェフさんのおでんってのに、凄く興味が湧くですよ。ボスシェフさんはいったいどんなおでん作るんでしょうね?」

「苺、おかしな期待はしないでもらえますか?」

「えっ? おかしな期待?」

「普通がいいのですよ。そうだ、苺」

「なんですか?」

「今夜のおでんのレシピを、真美さんからいただいてきてくださいませんか? 大平松には、その通りに作ってもらいますので」

「ええーっ」

「お願いしましたよ」

きっぱり言われ、いまいち納得できなかったが、苺は頷いた。

店長さんは、鈴木家のおでんに興味があるってことなんだろう。

つまり、庶民の味に、ってことかな。

あっ、そうだ。

なら、おにぎりと一緒に、今夜のおでんを少し持ち帰ってやろう。

それを食べたら、店長さんは満足するに違いない。


そうこうしていたら、鈴木家に到着した。

「それじゃ、店長さん」

「ええ、では今夜は九時頃に、迎え……」

うん?

どうしたのか、店長さんが急に口をつぐんだ。

苺に向いていた視線が、苺の後方に向いている。

何を見ているのだろうと、苺は後ろを振り返ってみた。

「あっ」

剛のバイクがある。やって来ているらしい。

あんにゃろう。

自分の家はすぐそこで、歩いてこられる距離だってのに……わざわざここにバイクを乗り入れるとは……

苺に見せびらかそうとしてのことなんじゃないのか?

「苺、あのバイクは?」

「剛のですよ。来てるみたいですね」

まったく、いつ見ても憎たらしい図体だ。持ち主にそっくりだよ。

唇を突き出してそんなことを思い、苺は店長さんに顔を戻した。

おにぎりの具は何がいいか聞かないと……

「ねぇ、店長さん、おに……」

うん?

店長さんはどうしたのか、やたら鋭い目をしてる。

苺の視線に気づいた店長さんは、すぐにいつもの顔に戻った。

「あの、苺」

「はい?」

「……いえ……では、九時に」

何か言おうとしていたようなのに、店長さんは考え直したみたいに言う。

「は、はい」

返事をし、苺は車を降りた。

運転席側に回り、運転席に座っている店長さんを窓越しに見る。

店長さんは苺に軽く頷き、ハンドルに手をかけた。

いましも行ってしまいそうになったところで、あることを思い出し、苺は焦って呼びかけた。

「店長さん、ちょっと待ってください!」

店長さんは窓を開けて「なんですか?」と聞いてきた。

「おにぎりですけど、梅干しとおかかと……ほかに何か入れてほしいものあるですか?」

「……それなら……いや……」

店長さんは何やら言いかけて、口ごもった。

その店長さんの目は、ちらりとバイクに向く。

なんだ? 店長さん、剛のバイクが気になるみたいだけど……?

「苺、あの……私と一緒に、屋敷で夕食を食べませんか?」

「えっ?」

突然のお誘いに、苺は驚いた。

店長さんは顔をしかめ、今度は「すみません」と言う。

「へっ?」

なんで謝ってんの?

「それでは、九時に」

いやいや、よくわかんないし。

このまま行かれたら、苺、すっごく気になるよ。

苺は開いている窓の枠を、両手でぎゅっと握りしめたのだった。





   
inserted by FC2 system