苺パニック


注:こちらのお話は、書籍になるにあたって削除されたものです。
  サイト掲載時のものを、改稿してあります。

  書籍になるにあたって、大きく改稿したために、書籍の内容とは異なっています。
  そのことを踏まえた上で、お楽しみいただけたら幸いです。

  
(こちらのお話は、書籍ではP123、23『泣き笑い』の前のお話になります。書籍とは流れが違います)


その7 いやおうなしに



刺激の第一歩と羽歌乃おばあちゃんが叫んだ直後、ドアが開き、お屋敷のスタッフさんふたりが大きなテーブルを抱えて入ってきた。

見たところ、ずいぶんと重そうだ。

スタッフさんは、よいしょ、こらしょというように部屋の中央まで運び込み、それはそれは慎重に床に下ろした。

なんだ?

「羽歌乃おばあちゃん、これが刺激の第一歩なんですか?」

「何を言っているの苺さん。テーブルそのものは、刺激とは関係ありませんよ」

小馬鹿にしたように言われ、さすがの苺もちょっとムッとした。

けど、確かにテーブルと刺激が関係あるわけがないかと、納得する。

「なら、何が……?」

質問の途中で、別のスタッフさんふたりが、何やら大きなものを抱えて入ってきた。

今度のは、真四角で、さほど厚みのない箱だ。

「ん」

苺の隣に座っている店長さんが、なにやら意味深に声を漏らした。

それが気になってちらりと見ると、ふたりの目が合った。

店長さんは眉を寄せていたが、苺を見ると、なぜか愉快そうな表情になった。

うん?

店長さんの変化に気を取られている間に、運ばれてきた箱はテーブルの上に置かれた。

段ボールの箱だが、何も書いていない。

「これ、中身なんなんですか?」

たぶん、これこそが羽歌乃おばあちゃんの口にした刺激の第一歩なんだろうけど。

「開けてごらんなさい」

羽歌乃おおばちゃんが機嫌よく言い、苺は澪に目を向けた。

「澪、開けてみる?」

「わ、わたしはいいよ。苺が開けて」

開ける役目を譲られたが、大きい箱だし、とてもひとりでは開けられそうにない。

それに正直、苺はこいつを開けたいわけじゃない。

「苺もいいよ。なんか、とんでもないものが出てきそうだし……」

なにせ、羽歌乃おばあちゃんが用意したもの。

なによりこいつは刺激の第一歩。

「苺、開けたところで何も起こりませんよ。開けてごらんなさい」

羽歌乃おばあちゃんではなく、なぜか店長さんが口元に笑みを浮べて勧めてきた。

「なら、店長さんが……」

「私は中身を知っていますからね。羽歌乃さんも、私よりも貴女方のどちらかに開けてもらいたいだろうと思いますよ」

「もちろんよ。ほら、ふたりで開けなさい。開けないと、始まらないわ」

「これを開けると、何かが始まるですか?」

「……」

羽歌乃おばあちゃんは、苺の問いに口を閉ざしたまま、店長さんと目を合せる。

「な、なんなんですか? やっぱり、こいつからは、とんでもなく変なものが出てくるんですね?」

「勘ぐりすぎよ」

「ええ。勘ぐりすぎですよ。羽歌乃さんは、開けた貴女たちの反応が見たいだけなのですから、さっさと開けなさい」

店長さんは、じれたように催促する。

「反応が見たいのは、わたしだけではないでしょう?」

あてこする様に羽歌乃おばあちゃんから言われ、店長さんは苦笑することで肯定した。

「ほらほら、ぎゃっと叫んで尻餅をつくほど、驚きゃしないわ。早くお開けなさい」

羽歌乃おばあちゃんから執拗に催促され、苺は澪とふたりして、恐る恐るといった調子で、向かい合って箱の蓋に両手をかけた。

「そ、それじゃ、澪。一気に行くよ!」

「う、うん」

「それじゃ、いっせーのっ」

苺の号令に合わせ、ふたりは蓋を持ち上げた。

蓋はそんなに重くなく、勢い任せに頭の上まで高々と抱え上げてしまう。

そしてその姿勢のまま、苺は箱の中身を見た。

なんじゃ、こりゃ?

「どう? 苺さん、澪さん」

どうって?

「これって、なんなんですか?」

そう言っているところで、こいつを運んできたスタッフさんのひとりが、蓋を受け取ってくれる。

「ああ、どうも」

「あら、まだわからない?」

おばあちゃんから意外そうに言われ、苺は首を傾げた。

「わかんないですよ。ジラ……じゃない。ジルママ……じゃない。あれ、なんだっけ?」

「苺、もしや、ジオラマと言いたいのでは?」

助けの手が、頼りになる店長さんからすかさず差し出され、苺は笑顔でポンと手を打った。

うんうん、ジオラマだよ。さすが店長さん。

「それです、それ。ジ、オ、ラ、マ。これ、ジオラマでしょう?」

「違いますよ」

羽歌乃おばあちゃんがこともなげに否定し、苺は拍子抜けした。

なーんだ、当たりだと思ったのにさ。

「これ、なんなんですか?」

澪が改めて問う。

羽歌乃おばあちゃんは、「むふふ」と嬉しそうに笑った。

「むふふじゃ、わかんないですよ。おばあちゃん」

そのとき、店長さんが苺の肩に手を置いてきて、苺は店長さんを見上げた。

「苺、これは……」

期待に胸を膨らませたのだが、羽歌乃おばあちゃんが、「爽さん、駄目よ」と止める。

「簡単に教えては楽しくないわ」

「ほんじゃ、複雑でもなんでもいいから、早く教えてほしいですけど」

「わかったわ。千佳子さん」

羽歌乃おばあちゃんの言葉で、苺は部屋に千佳子さんがいるのに気づいた。

部屋の隅にいた千佳子さんは、羽歌乃おばあちゃんに頷き、苺たちに歩み寄ってきた。

千佳子さんは、手に何か持っている。

よく見ると、なにやら色違いの同じ形のものを四つあるようだ。

千佳子さんは、その中から赤いのを苺に差し出してきた。

受け取った苺は、それをしげしげと観察した。

なんかゲーム機のリモコンみたいだけど?

「これ、リモコン?」

澪が苺に聞く。

澪が持っているのはピンクのやつだ。

店長さんは黒。

羽歌乃おばあちゃんは……と見ると、なんと、虹色。

「おばあちゃんの、虹色なんですか?」

苺は驚いて聞いた。

「ええ。これはわたし専用よ」

でも、さっき千佳子さんは四つ持ってて……その中に虹色は?

そう思って千佳子さんに向くと、千佳子さんは青色のやつを手にしている。

「えっ。千佳子さんのぶんもあるですか?」

「ええ。五人でやるのよ」

「やるって、これって、やっぱりゲームなんですか?」

「苺、これは、羽歌乃さんプロデュースのゲーム盤なのですよ。昨年、祖母がスタッフに無理を言って作らせたものです」

「もおっ爽さん。簡単にバラし過ぎちゃ、楽しみがなくなると言ってるのに」

羽歌乃おばあちゃんは、店長さんを睨み、ぶつぶつ言う。

しかし、そうか。ゲーム盤なのか。それにしても……

「それじゃ、このゲームって、世界にこれ一個しかないってことですか?」

「もちろんよ。今年もやろうと思って用意しておいたの。でも、なかなかやる機会がなかったのだけど……澪さんが参戦することになったから、急遽、それように作り直したのよ」

「わ、わたしが?」

「作り直したって?」

「ゲームを始めれば、わたしの言っていることがおのずとわかるわよ。さあ、駒はここよ。さっそく取り付けるわね」

いそいそと、羽歌乃おばあゃんは、ゲーム盤の上に、手にしているものを置く。

「苺さんは、ここがスタートよ」

ゲーム盤の角に、羽歌乃おばあちゃんが駒を置き、苺は駆けよって確認した。

「わわわっ」

イチゴみたいな、二等身の人形だ。

正直な感想を言うと、変てこ。

「澪さんは、イメージで妖精にしたわ」

えっ、妖精?

苺は澪の駒のところにゆき、妖精の駒を見てみた。

「わっ、澪の駒、すっごく可愛いっ!」

二等身の妖精さんだ。頭に花冠をつけている。

こいつかわいくて、いいなー。苺もこんなのがよかったかも。

しかし、そうなると店長さんはなんなんだろう?

「では、次は爽さんの駒ね」

羽歌乃おばあちゃんは、もうひとつの角に歩み寄った。

苺は興味津々で、羽歌乃おばあちゃんが置く駒を見る。

「おわっ!」

思わず叫んだのは、羽歌乃おばあちゃんが置いたのは、真っ黒な駒だったからだ。

これはどう見ても……

「それ……悪魔っぽいですね?」

「ぽいではなく、そのままですよ。これは悪魔です。苺」

そっけなく店長さんが言う。

「もしかして、店長さん、去年もその駒だったんですか?」

「ええ」

な、なんとも。

か、かわいそうだ……

それにきっと、店長さん、このゲームで大敗をきっしたんじゃなかろうか?

それにしても、かわいくない悪魔だよ。

ずいぶんと悪そうな薄笑いを浮かべている。

うーむ。確かにこうしてみると、雰囲気というか……店長さんに似ていなくも……

「苺」

店長さんに呼びかけられ、ぎょっとした苺は、「は、はい?」と焦って返事をする。

「言っておきますが、去年は、この悪魔が大勝したのですよ。ねぇ、羽歌乃さん」

呼びかけられた羽歌乃おばあちゃんは、ずいぶんと面白くなさそうな顔をする。

「まあそうよ。だから、なおのことリベンジしなきゃ。いいこと、貴女がた、一致団結して、なんとしてでも、わたしたちでこの憎らしい悪魔を倒すのよ」

「つまり、悪魔を倒すゲームなんですか?」

「まあ、そう捉えてもらっても構わないわ」

羽歌乃おばあちゃんが言うと、店長さんは鼻白んだ。

「よく言いますね。私にどうやっても勝てそうにないものだから、ルールを捻じ曲げるわけですか?」

「何を言ってるの。いいこと、これはわたしの作ったゲーム盤。ルールはわたしが決めるのよ。さあ、ごたごた言ってないで、ゲームスタートよっ!」

てなわけで、羽歌乃おばあちゃんの気合いの入った掛け声により、苺たちはよくわからないゲームに、いやおうなしに参加させられることになったのだった。





   
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